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癒える時 1




 全ての話を聞き終えると、森はもう夜が更けていた。


 自分の知らなかった両親の事情から、自身の体調不良の原因に迫るような話まで、ルルにとってあまりにも重要な話を一気に聞くことになり、さすがの彼女もまだ内容の全てを消化し切れてはいなかった。


 しかし、亡き母の手紙によって、一筋の道標が見えてきたのだ。

 にわかには信じ難い部分もあるが、何も手がかりが掴めずにいた状況に比べたら、ようやくひとつの進むべき方向が定まったことに、不安な胸の内にほんの少し光が差し込まれたような気がしていた。


 これからそれに向けての計画の話し合いや、準備に取り掛からなければならないのだが……。

 ほんの少しほっとしたことによって、疲労と睡魔がどっと押し寄せてきたのである。


「今夜はこれくらいにして、そろそろ休もうか」


 そんなルルをルーカスが気遣う。


「いえ、大丈夫……です。それより、これからの話し合いを……」


 体はとっくに疲労を訴えていたが、どこか(はや)るような気持ちが先にきてしまい、つい話の続きを促したが、そんなルルにルーカスが優しく諭す。


「無理は禁物だよ。時間が掛かっても、一歩ずつしっかりと前に進んでいこう」


 その意見に、アランも同意する。


「そうだな。疲れていては思考も判断も鈍る。休息をとるのも重要なことだ」


 普段はとても素直な性格なのだが、秘められたその芯の強さゆえに頑張り過ぎてしまうところもあるルル。


 これまでルーカスとアランは、心配しながらも何だかんだとルルのそんな気持ちを尊重してきた。

 しかし、黙って見守るだけではなく、時にはこうやって周りが冷静に状況を考えて、休息をとることも大事なんだと教えてあげるのも、また大切なことなのだとルーカスもアランも身をもって学んだ。


 ルルにはとことん甘くなってしまう二人の少しばかり成長を感じるような意見に、最初から二人とは違うスタンスで、自然とルルにそんな意見が出来ていたライアンは、何やら偉そうにふんぞり返りながらうんうんと頷くと、最後に畳み掛けるのだった。


「そぉよ! しっかり休んどかないと、いざというとき動けなくなるわよ。そうやって周りに迷惑かけるのはルルが一番したくない事でしょ?」


 三人の言葉に、今度は素直に首を縦に振るルル。

 ルルとて本来なら諭される前に気づけたことなのだが、どうやら本当に疲れてしまっているようだった。

 だから、三人の言葉に少し休んでも大丈夫なのだと、どこかほっとしたように肩の力が抜けると、あっという間にまぶたが重くなった。


 ただ、そこである問題が発生する。


 ココとルーカスの分のベッドが足りないのである。

 普段、寝室ではルルのベッドの隣にはライアンが持ってきた三人分の簡易ベッドのひとつを用意して、サマンサが滞在しているときは彼女がそこを利用し、アランとライアンは居間に用意して寝泊まりしていた。


 本来なら、客人であるココには寝室をまるごと使ってもらいたいのだが、申し訳なくも相部屋をお願いして、居間の長椅子を整えれば何とかもうひとつ確保することができるのだが、それでも一人分足りないのである。


「残念だが、ルーカスお前は一旦ルグミール村に帰れ」


 アランが真面目な顔で無茶を言う。


 あたりはすでに真っ暗だ。

 ヴィリーの案内があったとしても、夜間に森の中を歩くなど危険すぎる。

 しかも、ココの話を聞いたばかりである。


 もちろんアランとて本気ではなく、ただのささやかな仕返しの延長線で言ったに過ぎないのだが……。

 まだ包帯の残るルーカスの体を心配したルルが真に受けてしまい、心底悲しそうな顔をしたのであわてて取り繕うはめになってしまった。


 そこで、ライアンが思い切った提案をする。


「じゃあ、この際、男性陣と女性陣で別れたらいいじゃない。ルーカスとアランとココが居間で長椅子と簡易ベッドで、サマンサはいつも通り寝室の簡易ベッドで、アタシがルルのベッドで一緒に寝れば、はい! これで解決!」



 ――は?



「……ちょっと待て。誰が、ルルと、一緒のベッドに寝るだって?」


 一瞬、耳を疑うようなライアンの言葉に、けれど今その事に戸惑っているのはルーカスだけであり、その問いかけにわざわざ答えてやる者もいなかった。


「確かに、今夜のところは、それしかないな。充分な用意が出来なくて申し訳ないが、ココ殿もそれで構いませんか?」


 アランはすんなりライアンの意見を受け入れると、もう眠気が限界に近いのかとろんとした目でうつらうつらし始めたルルのかわりに、ココにその説明を始めた。


「いえいえ、こちらこそ突然訪ねてきてしまったばかりに、ご迷惑をおかけします。お言葉に甘えて、お世話になります」


「あ……じゃあ、せめて長椅子に毛布の、よういを……」


 今にもつぶれそうなまぶたをこすり、たどたどしい足取りでベッドの準備をしようとするルルを、アランが引き止める。


「あとの支度は俺がやっておくから」


 そう言ってルルを安心させると、ライアンに目配せをした。


「さぁ、もう寝ましょ。ルル、寝室まで歩ける? もう、しょうがないわねぇ……」


 ルルの様子を見かねたライアンがため息まじりにそう言うと、ひょいっとルルの体を抱き上げた。


「いや、ちょ……ちょっと、待って!」


 自分ひとりこの状況に置いてきぼりをくらい、どんどん話が進んでいくのを茫然として眺めていたルーカスだったが、そこで再度声を上げたのだった。


「もぅ、何よぉ、ルーカス? ルルを早く寝かしてあげたいんだけど!」


 ルーカスとて、ルルを休ませたい気持ちは同じなのだが……。

 迷惑そうな表情を浮かべ、やや当たりの強い態度のライアンに、ルーカスは一旦矛先をアランに変えてみた。


「おい、アラン! お前は、いいのか?」


「何がだ?」


 ところが、まったく動じていない様子のアランに、信じられないような面持ちで詰め寄る。


「何って……! ルルとライアンが一緒のベッドで寝るって、アイツ心は乙女でも体はれっきとした男だぞっ!」


「ま! 失礼しちゃうわ! ルーカスなんかほっといて、ほら女性陣はもう寝るわよ」


 ルーカスの言い放った言葉に憤慨しながらも、ライアンはそう言い残すと、ルーカスを一瞥しただけで、そのままルルを抱きかかえて悠然と寝室に向かった。

 そして、ヴィリーとサマンサも素直にそれに続いたことにも衝撃を受けた。


「お、おい! 誰も、止めないのか……」


「別に、ルルとライアンはこれまでも何回か一緒に眠っていたから、特に珍しいことでもないし、問題もない」


 またもや驚愕の事実を突きつけられ、愕然とするルーカスであった。


 しかしそう言われてみると、眠気が勝っているとはいえ、ライアンに抱きかかえられたルルは特に抵抗感もなく、むしろ少し安心したような様子だったような気までしてくる……。


 ただ、ルーカスの前ではさらりとそう言ってのけたアランではあったが、彼もまた最初は同じような心配をしていた。

 しかし、これまで森の家で共に過ごしてきた今となっては、その点に関してだけは信頼がおけるという判断を下すことが出来るまでになっていた。


 だが、その胸の内では、ライアンへ羨望と恨めしい気持ちがくすぶり続けていたのも事実。

 ところが、ここにきて自分と同じような苦悩に陥ったルーカスの表情に、何だかやけに胸のすく思いがしたのだ。


「俺達も寝る準備するぞ。さっさと手伝え、ルーカス」


 動揺しまくりのルーカスに、アランはこれでもかというほど余裕たっぷりにそう言ってやると、踵を返してさっさとベッドの用意を始めた。


「お、おい、待ってって! 何回もって……」


「ぐずぐずするな!」


 狼狽するルーカスに、一喝してやりながら……。



 ――ふむ、これも使えるな!



 また新たな仕返しの種が出来たことに、ほくそ笑むアランであった。




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