巡る想い
「原因は、この蔦にあると考えております。信じるかどうかはルル達次第になりますが、私にはこれがリリィの手紙によって導かれた答えだと思えてならないのです」
正直まるごと信じるとまでは言えないルルであったが、心のどこかではココの話に納得しかけている自分もいた。
でも、そんな彼女の背中をまるで優しく押してあげるかのように、ルーカスが優しく語りかけたのだった。
「もしかしたら、この世には奇跡はいくつも転がっていて、けれどその時それに遭遇できる人間は限られているのかもしれない。だからこそそれらは語り継がれ、その願いや想いは、その時まで巡り巡っていくのかもしれない」
「ルーカス様……」
「それは森の妖精のように濁ってしまう時もあれば、ルルの母親のように娘を愛する想いが、今こうして困難に立ち向かうルルを救う道へと繋げてくれたのかもしれない」
そういった巡り合わせというものもこの世にはあるのかもしれないと、今のルーカスは身に沁みてそう感じているのだ。
「こうして君と出会えて想いが重なったことも俺にとっては、奇跡のひとつだと思っている。辛いこともたくさん経験してきたけれど、だからこそ惹かれ合い、お互いを想う気持ちが、この巡り合わせを手繰り寄せていたんだと、今はそういうふうに思えることもできるようになった」
そんなルーカスの言葉が、ルルの胸にもまた優しく染み込んでくる。
現に、今自分の身体に起こっている困難な状況に、四年前に亡くなった母の手紙がココへと届き、今こうしてひとつの答えを提示された。
母の愛が、いま時を超えてルルに届いたのかもしれない。
そして、きっとそれは母だけの想いではないのだろう。
ルーカスやアラン、その他にも自分を想ってくれているいくつもの愛が導いてくれたものだと、ルルはいまそう感じるのだった。
両親が亡くなり、あの忌まわしい儀式にも巻き込まれ、もうこのままヴィリーとこの森で誰にも会わず暮らしたいとさえ思った。
けれど、気がつけばルルは新たな出会いを重ね、いくつもの愛にまた包まれていたのだ。
瞳の奥から熱いものが込み上げてきそうになったルルを、ルーカスが優しい眼差しで受け止めてくれた。
ルルの小さく震える肩をルーカスがそっと抱き寄せると、少女はその温かな胸のなかに素直に包まった。
そんなふうにやっと安心して寄り添える居場所を見つけたかのようなルルを、アランもまたほんの少し胸の痛みを抱えながらも、優しい眼差しで見守っていた。
願わくばそれが、自分の腕の中であってくれたのなら嬉しかったけれど……。
それでも、それは紛れもなく彼が見たかったルルの姿でもあった。
ほんの少し切なさも過ぎったが、ふいに膝の上に身体を預けていたヴィリーが身じろぎをすると、何やらあやすかのようにその顔をアランのお腹に擦りつける。
(……まさか、本当にアピールをされているのか!?)
正直、そこまでヴィリーに好かれているとは今の今まで気が付かなかったが、まるでアランを慰めるかのようなその仕草に、半信半疑といった感じだ。
しかし、当然それを快く思わない人物がもうひとり……。
ヴィリーとは反対側の隣に座っていたライアンが負けじとアピール合戦に参戦。
熱っぽい視線を送りながら、その屈強な手でおもむろにアランの髪を梳きはじめたが、その一瞬で言うまでもなくアランに鳥肌が立つ。
正直、どちらも今でこそ自分にとって頼もしすぎる存在だ。
一人の人間として慕われるというのも悪い気はしないが、そういう方面で猛アピールされるのなら普通の女の子に好かれたいと、切に思うアランであった。
何やら眉間にしわを寄せて黙りこくってしまったアランに、今の話をよほど真剣に考え込んでいるのだと心配したライアンは、励ますつもりでこう言った。
「じゃあ、その蔦の根を引っこ抜けば、ルルも元気になるのよね!」
「……」
「…………」
「な、何よぅ? アタシ変なこと言ったぁ? 大体さぁ、呪いだとかまどろっこしく考え過ぎなんじゃないのぉ」
拍子抜けするほど至極簡単にそう言ってのけたライアンに、思わず呆れたような視線を向けてしまった。
けれど悔しいかな、実はアランの胸に妙にストンとその言葉がおりてきたのも事実だった。
確かに、それがどのようにしてそうなったか、今となっては自分達の想像で推測することしか出来ないが、原因が判明したのならば、それを取り除けば道が開けるかもしれないということでもある。
「ええ。蔦はいたるところに伸びていますが、根本は1本のはずです。そこを断てばおのずと枯れていくでしょう。そうすれば、ルルの体調も快方に向かうと考えて……」
「ほらぁ!」
しかし、ココが言い終わらないうちに、ライアンが自信満々の表情でそう言ったことによって、それに素直に頷くのは何だか癪に障る気がしてしまうアランでもあった。
「ただ、話はまた呪いの類に戻ってしまい恐縮ですが、ここに来る途中蔦が不自然に丸まって、まるで罠のような形になっているのを見かけました。正直、ルル以外の者を妨害しているような、何らかの“意思”みたいなものを感じずにはいられません」
蔦の目的がルルだとしたら、それ以外の人間は森から排除するように、何らかのコントロールみたいなのが働いていて、だからこれまで“迷いの森”と呼ばれてきたのかもしれない。
「なるほど。では、ルルは蔦の根本まで問題なく行けるということか」
アランの言葉に、頷くとココはもうひとつの存在を付け加えた。
「そして、ヴィリー。君も恐らく根本まで辿り着ける存在でしょう」
「ヴィリーも?」
「ええ。これまで森でルルが無事に過ごしてこれたのも、ヴィリーの存在が大きかったのでしょう」
確かに、この森で暮らしていて不便なことはあっても、本当に危険な目にあったことはなかったかもしれない。
森の少し奥へと行ったこともあるが、その時は全てヴィリーの先導によるものだった。
もしかしたらヴィリーはこの蔦の根本へ、ルルを近づけないようにしてくれていたのかもしれない。
「残念ながら私もヴィリーの正体までは、何とも言えません。けれど、リリィが付けた名前が全てを物語っているのかもしれません」
「母さまが?」
「“ヴィリー”は、ある国では“守護者”という意味があるそうです。リリィは何の気なしに付けたように思えて、実は何かしら感じるものがあったのでしょうかね。きっとこの森の守護者を担っている存在なのかもしれませんね」
あくまでも“かもしれない”である……。
しかし、そこまで考えたココだったが、結局その先を考えるのはやめておくことにした。
ルルとの間に築かれてきた信頼は紛れも無い本物であり、それをむやみに波立たせる必要はないだろう。
きっと、リリィにその名を与えられたその瞬間から、その名で呼ばれる限り“ヴィリー”としての生を全うするのだろう。
「ルルとヴィリーが根本に辿り着くのは、そう難しくないでしょう」
「なるほど、はぐれる可能があるのは俺達……」
「おそらく、ルルの足手まといになってしまうような、何らかの症状に陥ってしまう可能性も大きいので、細心の注意を払わなければなりません」
みんなに危険が及んでしまうかもしれない不安に襲われるルル。
けれど……。
「大丈夫。どこまでも一緒だ」
そう言って、自分の手をぎゅっと握り締めてくれる、その暖かくて力強いルーカスの手に励まされて、ルルもまたそれに負けないくらいの想いを込めて、握り返した。
――うん。きっと、大丈夫。




