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森のおともだち 3




 読み終わったココは絵本を閉じると、神妙な顔で聞いていたルル達を見回した。


「この時点で、何か質問はあるでしょうか?」


 そう聞かれたが、正直に言うと困惑していて誰も口を開けなかった。


 それも仕方ない。

 ココはその絵本に描かれている蔦が、この森に生息しているあの蔦だと言っているのだから……。

 魔法だとか、妖精だとか、しかもお伽話のなかの蔦が今ここに存在しているだなんて言われても、それをまるごと信じるというのも無理な話であった。


 しかし、ルル達がそのような反応を示すのも無理もないということは、ココも十分に承知していた。


「思うことは沢山おありかと思いますが、もう少しだけ話にお付き合いください」


 ひとまず、そう言うと話しを続けた。


「この終り方だと、これからも二人は仲良く幸せに過ごしていくように思えるでしょう。しかし、こういった伝承というのは、長い年月の間その時々によって真実を隠し、都合の良いように書き換えられているものかもしれません」


 そう、ココの村ではかつてこのように伝承を耳障りよく書き換え、子どもたち……特に特別な力を宿した子には、赤ん坊の頃から森や村とともに生きる教育と称して、いくつもの絵本を熱心に……それはもう熱心に読み聞かせていた。


 しかしそれは、時に偏った思想を植えつけることにも繋がり、暗に村に縛り付けるようなものでもあった。

 この絵本も、かつてそのように扱われていたひとつだ。

 だからこそ、このような行為を“透明な檻”とココは称したのだった。


「森の妖精は“ともだち”を得て、その喜びと寂しさを知りました。もっと会いに来て欲しいという気持ちでいっぱいの精霊は、アイナの成長に力を注ぎましたが……。しかし、彼女がした事は本当にそれだけだったのでしょうか?」


 ココは、本来の話の内容を知っていた。


「いくらアイナを育てたところで、人間の少女の周りで困ったことが起こらなければ森に訪れることはない……」


 そこまでいうと、ルル達もおのずと同じ考えに思い当たる。

 その様子が見て取れると、ココはゆっくりと頷いた。


「皆さんのご想像通りです。妖精は考えたはずです。“ともだち”が森に来てくれるようになるには、どうしたらいいのかを……」


 そのあとに続く言葉が、自然とルルの口からついて出た。


「その、妖精さんがわざと困る事を引き起こしていた……?」


「ええ。怪我や病気はもちろんその他にも困ったことがあれば、少女は必然的に妖精に助けを求めて森へ行くことになります」


「妖精は純粋な存在でもあります。しかし、その寂しさが執着心となれば、そこから次第に“穢”が生まれ……。やがて、そのような行動に走ってしまったのかもしれません」


 しかし、そもそもの引き金を引いたのは人間の方だった。


 最初に少女が森に迷い込んだというのは、偶然ではなかった。

 村の水不足を救う手段として、妖精から“まほう”を聞き出すため、もしくは贄として送り込まれたのだろう。


 そして、彼女には運良く素質というものがあったのか “まほう”を習得することで、再び村に帰ることが許された。


 しかし、人間に“まほう”を教えるのは、妖精にとっては最大の禁忌であった。

 それを破れば当然、罰として“呪い”を受けることになる……。


 けれど、その人間の少女の存在が、妖精にとってそれさえも厭わないほどの気持ちを宿らせてしまったのだ。


 確かに、自分達に災難が降りかかることにはなるけれど、それでも村の大人達にとってみれば、思う壺だったのかもしれない。

 その見返りとして“まほう”が手に入る。彼らにとってはそっちの方が、多大な利となるのは明白だった。


「そんな……ひどい」


 妖精の心を利用するようなやり方に、ルルの胸は痛んだ。

 そして、大人達の思惑や妖精の想いを知りながら、人間の少女はどんな気持ちで森に通い続けていたのか……。

 けれど彼女もきっと、そうしなければ村にはいられない境遇だったのかもしれない。


 それが実際にあったことかどうかはわからないが、素直に話を聞いての感想であった。


「最期には、呪いと穢に苦しみながらも妖精は、アイナに自身の力すべてを注ぎ込み消えてしまいました。そして、そのあと蔦植物にはそんな精霊の切なる思いが宿り、今でもずっと“ともだち”を待っている。と云われております」


 話が終わると、ここまで大人しく話を聞いていたが、理解のいち速いアランはたまらず声をあげた。


「それじゃあ、何か……!? ここ数年の特に深刻なルグミール村の雨不足も、四年前村を襲った流行り病も、これまでルルが巻き込まれた一連の事態は、全部あの蔦の呪いか何かのせいだと、あなたは言うのか!?」


 そんな馬鹿げた話があるかと一蹴りしたい気持ちでいっぱいのアランだったが、そんな彼をルーカスがなだめる。


「正直、俺だってアランと同じように思う部分が大きい。だが、信じられないと言うだけでは、解決に結びつかない」


「……っ! それは、そうだが……。フンッ、偉そうに!」


 八つ当たり気味にブツブツとルーカスに悪態をつくアランだが、一応その言葉には納得した様子を見せたので、ココは「これはあくまでも、私の推測に過ぎませんが……」と前置きをして、自身の考えを語り始めた。


「小さい時、ルルは両親の仕事にもついて行き、この森でよく遊んでいたそうですね。森と相性が良いというのも、きっとリリィの血を引いているからなのでしょう。

 この絵本の少女も“まほう”を習得できたくらいに、何らかの素質があったと思われます。そして時を経てこの森で、リリィ譲りのルルが持つ不思議な力が、不運にもその蔦植物に伝わってしまった。まるでかつての“ともだち”ではないのかと……」


 このような話を、何の疑いもなく信じてもらえるとは思えないが……。

 しかし、目に見えるものだけが世界の全てではない、理から外れたものも存在していることをココは身を持って知っている。

 けれど、それはルル達の問題とは何も関係はなく、これ以上彼らに無用な存在を背負わせるつもりはなかった。


「良くも悪くも、この国にまだ魔法への信仰が残っています。我々の目には見えないだけで、今でもそういった不思議な力が存在しないとは言い切れません」


 そう言われると、ルルとてこの森の暮らしのなかで、説明のつかない不思議をいくつも体験している。


 それに、雨乞いの儀式が中止されたにも関わらず、自分は森に移り住むことになってしまい、今は森から離れることができない状態になってしまっていることも、また事実。

 これまで自身に起こったことをココの話と照らし合わせてみると、どこかそれに納得しかけている部分もある。


 しかし、それだけのことを引き起こすだけの力が、あの蔦植物にあるとはにわかに信じ難い。


「ええ。もちろん、全てがそのせいだとは言いません。ただ、ほんの些細なことがきっかけとなって、不運が重なりこのような事態に陥ってしまったのではないかと」


 ココは身を持って知っていることでも、それを他の人に認めさせるのは困難を極める。

 そこでココはもうひとつの可能性に方向性を変えて、話を切り出してみたのだ。


「一旦、呪いだとかを外して別の角度から考えてみましょう。蔦植物にはいまだ私たちにも解明できていない何らかの作用を引き起こす成分があり、この森で多くの時間を過ごしてきたルルの身体に、大きく影響しているのかもしれない。そして、それは個人の体質によって、症状も違うとしたら……」


 するとその考えには、ルルもすぐにハッとさせられるものがあった。

 この際、呪いとか何とかいうものはひとまずおいて、そう考えてみるとすんなり胸におりてくるような気がした。


「あの、ずっと不思議に思っていたのですが、この森では私とヴィリー以外はいまだにこの家にはたどりつけないみたいですが、それも個人差の症状のひとつだと考えることもできるのでしょうか?」


 先ほどとは打って変わって、話に食いついてきたルルに、ココもわずかにホッと胸をなでおろす。


「ふむ。幻覚と言ってしまうと大袈裟になってしまいますが、感覚を鈍らせるというのであれば十分に考えられるでしょう。反対に、刺激させてしまい感情を昂ぶらせる可能性もあるかもしれません」


 その言葉を聞いた瞬間、ルルの全身に衝撃が走った。

 そして、一瞬にしてある考えが急速に膨らんでいく。


 ココのいう蔦の成分が関係していると仮定して、ルルはもう一度あの時のことを考えてみた。


 いくら水不足で追い詰められたからといって、あの儀式の時の村の大人達の様子は尋常ではなかった。

 もちろん、極限状態がそれを引き起こしたのかもしれない。


 しかし、祭壇は森の近くに作られている。

 もしも、あの時その蔦植物の何らかの成分とやらが風で運ばれたと、考えてみればどうだろうか。

 それが極限状態の村の大人達に激しく反応して、その作用によってあそこまで感情が昂ぶってしまったとしたら……。


 それはただの希望的観測かもしれない。

 けれど、それでいいのではないだろうか。

 今のルルにとっては、真実がどこにあるのかは重要ではないのかもしれない。


 もしも、それが個人とは関係のない、別の何かの副作用によってそうさせられていたのだと、そう考えられることも出来たとしたら、ルルの心に重苦しく横たわっていた村の者達に対しての複雑な思いも、ほんの少しは拭われるような気がしたのだった。




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