森のおともだち 1
ルーカスとココを交えた夕食は、ルルが森で暮らし始めてから一番にぎやかなものとなった。
だからこそ、皆もこの楽しい時間を過ごすことで、ひと時でもそれを忘れていたのかもしれない。
夕食を終え、食後にルルお手製のハーブティーを飲みながら、皆がほどよく落ち着いたところを見計らって、ココが話を切り出すまでは……。
「それでは、そろそろリリィの手紙によって、私がここへ伝えに来たことを話しましょうか?」
ルルの心臓がドクンと、大きく音を立てた。
それを察して、ルーカスがさり気なくルルの隣に腰を下ろした。
実は、夕食中は普段の席順だったのだろうか、ちゃっかりルルの隣の席にアランとライアンに陣取られてしまっていた。
ルーカスとてただそれだけなら、特にそのことに異論はなかったのだが、テーブル端に座った自分のかたわらには、まるでヴィリーが監視するかのように同じく食事をとっていたのだ。
しかし、そんなルーカスをアランが放おって置くわけもなく、すかさずルルの反対側に陣取ろうとした、その時……。
もふっ……!
「うっ、ぷ……! ヴィリー? こ、こら……じゃ、邪魔するな。お前は、ルルの足元に定位置がある、だろ!?」
なんと、おもむろにルルとアランの間に、ヴィリーが割って入ってきたのだ。
これまでちょくちょくアランの行動を少々力づくでいさめてきたが、ここで暮らすようになってからは多少認めてくれるようになったのか、少しのことなら見逃してくれるようにもなっていたはずなのに……。
てっきり、応援してくれていると思っていたヴィリーからの、思わぬ横槍に驚くアラン。
しかし、ルルからさらに驚愕の真相を告げるのであった。
「ふふふ、ヴィリーは最初に出会った時から、ずっとアラン様を慕っていましたから」
「えっ!?」
「その……、あの、そのアラン様が私を思ってくださっている時は、ヴィリーも静かに見守ってくれていたんだと思います。けれど、今回……」
珍しく歯切れの悪い説明のルル。
すると、そこへライアンまでもが割り込んできた。
「ちょっとぉ! 油断も隙もないあったもんじゃないわねぇ! ルルの言いたいことは分かるわっ! 要は、主であるルルのためにアランとのことはこれまで静観していたけれど、フラれちゃったから、ヴィリーにとってルルへの遠慮もなくなったから、晴れて猛アピールを開始したってところでしょ?」
ここまで、見事にヴィリーの思考を言い当てたライアンに、さすがのルルもびっくりした表情を見せると、ライアンは当然といった様子でこう言った。
「フンッ、それくらい分かるわよ。だって、アタシが今まったく同じことを考えてたんだから!」
しかし、それに対してアランは、さすがにそれはライアンのバカバカしい想像だろうと思っていたのだが、当のヴィリーは、涼しい顔をしたままおもむろに彼の膝の上にズシリと上半身を預けると、そのままくつろいだ様子で動こうとはしなかった。
それには、アランもさすがにどういった対応をしていいか分からないといった様子であった。
けれど、そんなやりとりに、正直、胸の内に大きな不安も抱えていたルルも、思わずほっこりとしてしまった。
ルルとて楽観視をしているつもりはなかったが、ヴィリーとアラン、それにライアンとサマンサ、ここにいてくれる皆と力を合わせれば、どんな困難なこともきっと乗り越えられるのではないか、そう思えてならなかったのだ。
そして、ルルにとって欠けていた存在とも言えるルーカスと、今ぴったりと重なり合っているような、お互いの深い結びつきを感じていた。
だから、ココの話を自分はきっと受け止めることが出来るという覚悟が出来た。
そんなルルに、ココは優しい眼差しのままひとつ頷くと、語り始めたのだった。
「この手紙でリリィは、とある森の中で気になる植物を見つけた。と、綴っております。きっとこの森のことでしょう。故郷の村で暮らしていた時に、何かで見たような気がする。
けれど、村を離れ、子どもだった頃よりも『特別な力』と呼ばれるものが薄れているのかもしれない。はっきりとは分からないけれど、時折、ふいに森が騒ぐような気がする。と……」
そこで、ココは話を一旦切ると、まずアランが口を開いた。
「なるほど、その時からすでにルルの母親は、この森に小さな違和感みたいなものを感じていたのですね。しかし、それなら何故この森に家を……」
「リリィもまた故郷の気質を受け継いでいたのでしょう。好奇心旺盛な子でしたから……。そして、ロイも負けず劣らずの探究心の持ち主でありましたし、実際、薬師にとってこの森は最高の環境とも言えます」
「それでも、今まで行方をくらますくらいに複雑な思いを抱いている故郷へ、手紙を書いていたのですよね? ただの気のせいで済ませるとは、思えないのだが……」
結局は、リリィ本人がその手紙を出すことはなかった。
しかし、リリィが故郷に宛てる手紙の筆をとったということは、それなりに何かを感じ取っていたと言えるのかもしれない。
けれど、そんな時ふいにルーカスが言葉を発した。
「それだけ、幸せだったということなんじゃないかな」
そう言って、ルーカスはルルに視線を注いだ。
「ルルのお母さんは、家族との平穏な暮しがこれ以上にないくらい幸せだったんだと思う。確かに懸念もあったけど何の確証もないうちに、わざわざ自分の居場所を知らせるような、そんな危険を冒したくなかったのかもしれない」
ルルのなかの母親は、いつも元気いっぱいで怖いものなど何もないといった様子で、ルルの心配や不安も、その大きな笑顔で吹き飛ばしてくれたものだった。
「愛しているからこそ、それを失くしてしまうことが怖くてたまらなかったのかもしれない。俺も、そうだったから……」
「ルーカス様……」
ルルが母親の涙を見たのは、父が亡くなった時と、自身が亡くなる間際にルルを心配して流した、その二回だった。
母の涙は、自分よりも愛する人のためのものだった。
ルーカスの今の言葉によって、ルルは当時よりも母の強い愛をあらためて深く思い知らされたような気がした。
そして、ココもまた感慨深さを感じていた。
「私は、怖いもの知らずだった頃のリリィしか知りませんでしたが、リリィも家庭を持って、母親になって……。ルーカスさんのおっしゃる通り、そんなふうに思ったりしていたのかもしれませんね」
「ちょっとは、まともことも言えるようになったみたいだな」
まだ棘が含まれているものの、アランもルーカスの考えをちょっとは認めた様子だ。
そして、ココに話の続きを促した。
「そして、リリィの手紙には、その植物のスケッチも添えられました」
ココが差し出した手紙の絵を見て、ルルはすぐに「あれ?」と思った。
それは最近、森のあちらこちらでよく見かけるようになった蔦植物だった。
皆にもその絵を見てもらうと、やはり日常的に見覚えのあるその蔦で間違いないようだった。
「ルルの森から出られない原因は、この蔦にあるのかもしれません」
「え?」
蔦が原因と言われても、すぐにはピンと来なかった。
その植物は至るところに伸びてはいるが、花や実などは確認されておらず、他の植物に巻き付いて光を遮ったりといった生育不良の要素にはなっていても、実際これまで蔦の近くで作業をしていた事もあるが、特にそれが原因の体調不良を感じるようなことはなかったが……。
毒性のあるものではないという判断をしていたが、もしかして即効性がないタイプだったのだろうか。
しかし、例え何らかの作用があったとしても、森から離れると異常がでるという症状の病気は、ルルも聞いたことがなかった。
ルルは、まだ自分が知らないだけでその蔦には何らかの作用が潜んでいるかもしれないと、ココの話の続きに耳を傾けていたが、次に彼から告げられたのは予想外の言葉だった。
「皆さん、その昔この国には魔法が存在したということは、ご存知でしょう」
ここにきて突然出てきた「魔法」という言葉に、ルルをはじめその他の者も一同にきょとんとしてしまった。
「ええ、ですが、それはおとぎ話のなかの……」
ルルの困惑しているような言葉に、ココも少し苦笑いをしながら再び口を開く。
「そんな顔をされるのも無理はありません。しかし、誰も見たことがないからといって、存在しないとは言い切れないのかもしれません……」
「というと?」
「何故この国に、これほど魔法の信仰が残っているのか、何もかもが作り話、お伽話というわけでもないのかもしれないということです。
魔法の要素となるものは、普段から空気中に漂っていると言われております。その昔、妖精がそれを操る方法を一部の人間に教えたとか……。そしてその者達は魔術師と呼ばれるようになったそうです」
そう言うと、ココは懐から一冊の絵本を取り出した。
「この絵本は、私の村で読み継がれてきた伝承のひとつです。まず読んでいただければ、私の言いたいことのおおよそがわかると思います」
ココに見せたれた絵本の表紙には、緑に囲まれた二人の少女が描かれている。
しかし、その絵をよく見ると少女を囲んでいる植物は、母がスケッチしたあの蔦によく似ていたのだ。
タイトルは『森のおともだち』とあった。




