ささやかな仕返し 1
お互いの気持ちが、やっと通じあったルルとルーカス。
しかし、しばらく離れ離れで過ごしてきたので、一旦落ち着くと妙にギクシャクしてお互いの普段の距離感というものが、何となく掴めないでいた。
そうこうしているうちに、気がつけば日も傾き始めていたので、ライアンの提案でとりあえず夕食にしようということになった。
すると、夕食の支度を始めたルルに、ルーカスはすぐさま手伝いを申し出る。
こういう小さな事から、少しずつ距離を縮めていきたいと考えたのだった。
しかし、ルルからはやはりというか、怪我人にそんなことはさせられないと遠慮されてしまった……。
ところが、意外にもそこへアランが口添えをしてくれた。
「そこを何とか、手伝わせてやってくれないか、ルル」
「アラン様……」
「ルーカスも、これまでのことを振り返って、今は少しずつ君の力になりたいといったところだろう。その気持ちを、汲んでやってくれないか?」
アランが自分のためにそこまで言ってくれたことに、不覚にも胸を打たれたルーカスだったが……。
「……分かりました。アラン様が、そう言うなら……」
と、自分の申し出には遠慮していたルルが、アランの言葉には素直に頷いたことに、ほんの少しだけもどかしさを感じてしまった。
「では、ルーカス様。すみませんが、そこの棚にしまってある2番目に大きなお皿を出してもらえますか?」
とりあえず、気を取り直してルルの言われた通りに行動を開始した。
しかし、久し振りに訪れたルルの家の中は、物も少し増えており、ところどころ配置も変わっているようで、自分の記憶とは違うその様子にルーカスは手間取っていた。
すると……。
「ルーカス、そこじゃない」
そんなルーカスを横目に、アランが颯爽と目当ての食器を取り出した。
「ルルが欲しい皿は、これだな。あ、それから、次はこれも必要だろう」
しかも、次の調理行程に必要なものまで用意してやっている。
「ありがとうございます。アラン様」
実に、息の合ったやりとりを、ここぞとばかりに見せつけてくるアラン。
ルルと過ごしてきた時間の差を、突きつけられる。
「すまないな、ルーカス。少し前に模様替えをしたから、お前が場所が分からなくなっていたのも無理はない。気にするな」
(……くっ! こいつ、もしや……)
悔しそうな表情のルーカスに、アランはルルからは見えない角度で「ざまぁみろ」とでも言うように、ニヤリと笑った。
先ほどのアランの言葉に、純粋にフォローしてくれたのかと、胸が震えるほど感動したのだったが、ただの嫌がらせだったことに気がついたルーカス。
だが、そもそもこうなった原因は自分にあり、文句が言える立場ではない。
これも、ルルを傷つけてしまった当然の報いだと思い、甘んじてその仕打ちを受け入れようとぐっと堪えるルーカスだった。
ところが、その仕打ちはアランからだけではなく……。
「ルル、ちょいとこの煮込みの味をみてくれんかね」
「わぁ、すごく美味しいです! サマンサ様、今度レシピを教えてくださいね」
同じく台所に立っていたサマンサと料理について、楽しそうに意見交換をしている。
本来なら、祖母と仲良くしてくれるのは喜ばしいことなのだが、今サマンサが作っているのは、ルーカスが小さい頃から苦手な物が入っている料理だった。
ふと、祖母と目が合うと、アランと同じようにニヤリと笑った。
「……」
我慢、我慢のルーカスに、追い打ちをかけるようにライアンが……。
「ねぇ、ルル。こっちの出来上がった料理は、もうあっちに運んじゃうわよー?」
「ありがとうございます、ライアン様」
台所のテーブルが手狭になってきたのに気がつくと、ライアンは出来上がった料理の皿をひょいと持ち上げ、居間の大きなテーブルに運ぶ。
当然のごとく、ライアンもまたすれ違いざまに、ニヤリと笑った。
「……っ!」
自分の入り込む隙など、どこにも見つからないテキパキとしたその見事なチームワークに、ルーカスはすっかり手持ち無沙汰の状態。
すると、そんなルーカスにルルが、ついに……。
「あ……、ルーカス様。お手伝いの気持ちは嬉しいのですが、こちらは大丈夫みたいなので、やっぱりまだ怪我も治っていませんし、あちらに座って休んでいてください」
ルルは純粋に、やはりルーカスの体調が思わしくないから、他の三人に比べて思ったように動けないでいるのではと心配しての言葉だったが、言われた当のルーカスは、何やら自分が役立たずの烙印を押されたような、何とも言えない気持ちになってしまった。
しかし、それも全くの自業自得なので仕方のないこと……。
自分がルルのそばにいてやれなかった間、アランにライアンやサマンサとこんなふうに過ごしてきた日々が、ルルを支えてきたのだろう……。
そう思うと、ルーカスは三人がそうしてきたように、自分も焦らず時間をかけてルルとの関係を築き上げていこうとあらためて決意し、とりあえず今はルルの言葉に素直に従うことにした。
しかし、ルーカスの試練まだ続いていた……。
居間へと移動したルーカスに、今度はココからの事情聴取が待っていた。
穏やかな微笑みに、けれど何やら有無を言わせないような圧を感じるのは、気のせいだろうか……。
ただ、ココからはルルとどうこうということはあまり聞かれず、主にルーカス自身のことを尋ねられた。それは家族構成から始まり、仕事や収入面、交友関係や健康状態、そして将来の生活設計にまで話が及ぶ。
正直、先のことはまだあまり考えていない状態だ。
しかし、ルルの亡き母リリィのかわりにと言われれば、ココの質問にも真摯に向き合いながら答えていくルーカスであった。
そして、実は一番気になっているのは、ヴィリーである。
先程からじーーーっとルーカスを視界に捉えたまま、時折、ビタン、ビタンと尻尾を床に打ち付けているヴィリー……。
ヴィリーからして見れば、自分は散々ルルを振り回したうえに、傷つけた張本人である。
ルーカスを家の中に入れてくれたということは、一応認めてはくれているのかもしれないが、そのことに怒っていても何ら不思議ではないのであった……。