今、君と 3
――どうして、自分なのだろう……。
そこまでしてルルが求めてくれることに、このうえない喜びと戸惑いがルーカスを駆け巡る。
自分はあの時ルルから差し伸べられた手を、何の覚悟もないまま強引に引き寄せたくせに……。
こんな自分を彼女はその全てで救い上げてくれたのに、それすらも自分勝手に手放してしまった……。
どんなに傷つけただろうか、どんなに泣かせてしまったのだろう……。
それなのに……。
あの時のルーカスの選択が、決して間違いではなかったということを、ルルが懸命に探して導き出したその答えによって、それを証明してくれた。
じゃあ、ルルが精一杯答えを探している間の、自分はどうだっただろう?
遠回りをしてばかりで、結局セレナやアルフレッドに心配をかけ、皆から怒られ、自分の情けなさに気が付かされ、そして彼等に赦されることで、やっと自分の弱さを自分で赦すことが出来ただけだった。
もう自分からは、会いに行くことは出来ないと思っていた。
アランがいる。ライアンも祖母もルルのそばにいてくれていた。
たぶん本来のルルは、きっと自分がいてもいなくても関係なく、前を向いて歩けるだけの強さを持っている……。
それなのに、ルルは今も自分の名を呼び続けてくれるのだ。
一緒に歩くことを、望んでくれている……。
突き放すことしか出来なかった自分を、それでも彼女はその一歩先で振り返って、待っていてくれたのだ。
ルーカスは、ついに立ち上がった。
そして振り返ると、その瞳でルルの姿をしっかりと捉える。
「……っ!」
けれど、途端にその視界がじんわりとぼやけた。
ふいに、ルーカスの口が開かれたが、それは声にならなかった。
心から愛しく思う少女の名を呼ぼうとしたが、顔がくしゃりと歪みルーカスの言葉は引きつって声にならなかったのだ。
けれど、そんなルーカスの視線を丸ごと、ルルはその深緑の瞳で受け止めていた。
――本当に、こんな自分でもいいのか……。
それを確かめるように、ルーカスが手を伸ばすと、同じくルルも手を伸ばしルーカスのもとへと歩み寄り、ついに二人の手はしっかりと繋がれたのだった。
たったそれだけのことが、お互いにとってどんなに嬉しいかということは、きっとまだ相手には全部伝わっていないのだろう……。
ルーカスは胸の奥から込み上げてくるものに、一旦うつむいてそれをぐっと堪えると、やがて深く息を吐いて、覚悟を決めたように顔を上げた。
「ルル」
やっとの思いでその名を呼ぶと、ルルは弾かれたように窓枠を飛び越え、ルーカスの広い胸にすがりつくように抱きついた。
そして、ルーカスもまたそれに応えるように、彼女の体を掻き抱きながら、堰を切ったように何度も、何度もその名を呼んだ。
その声はルルの耳に懐かしく響き、ルルもまたルーカスの名を呼びそれに応える。
「ルーカス様っ……」
ルルが、ぎゅっと抱きしめると。
「ルル……、ルル!」
ルーカスも、ぎゅっと抱きしめ返す。
体の奥から歓喜と安堵が、押し寄せてきて二人を包み込む。
どうして、こんなにもお互いでなければならないのだろう……。
互いに傷つき合いながら、他の誰かまでをも傷つけて……。
それでも……。
その確かなぬくもりが、どうしようもなく互いに“この人”だと告げてくれていた。
「……本当に、悪かった」
ルーカスはもっと他にも言わなければいけないことがあるはずなのに、胸がいっぱいで今はそれだけしか出てこなかった。
「傷つけて、ごめん。いっぱい寂しい思いをさせてごめん……ごめんね」
そうやって何度も謝るルーカスに、けれどルルはその胸に顔を擦りつけるようにして、首を横に振った。
決して、ルーカスだけが悪いというわけではなかった。
ルルもまた、心配してくれている人達の気持ちを置き去りにして、自分の気持ちのままに勝手な行動を取ってきたのだ。
いろんな人を傷つけてきてしまった痛みをその胸に抱え、それでも、なお……。
こうしてまた目の前にお互いがいて、自分に触れて、抱きしめてくれている。
二人は、周りの人達への心からの感謝と共に、その幸せを噛み締めるのだった。




