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選ばれた少女 4



「っ! 間に合った! ……はぁ」


 間一髪でルルをうしろから抱きとめた青年は、少し焦った様子だったが、けれど無事に自分の腕の中に引き寄せた少女の姿に、ひとまず胸を撫でおろす。


「危ないところだったぞ! ルーカス」


「……わかってる。悪い、アラン」


 ルルを抱き上げたままルーカスと呼ばれた青年が、後ろを振り返りながら謝ると、祭壇にいた村人達を押しのけながらアランと呼ばれた青年が近づいて、少女の様子を(うかが)う。


「その子は、無事か?」


「ああ、とりあえずな。ねぇ、君大丈夫? 怪我とか痛い所とかない?」


 ルーカスに顔を覗き込まれるように、優しく声を掛けられたが、村の大人達から追い立てられ飛び降りようとしたショックからまだ抜け出せないでいた。

 涙でぐしょぐしょに濡れた瞳はぼんやりとしており、ルルには二人の顔も言葉もあまり届いていない様子だった。


 だから、じくじくと痛む、焼印による火傷を負った事を、ルルは青年に伝えることすら出来ないでいた。


 それでも、自分を包み込むルーカスの腕の温もりとその力強さに、ルルは無意識に強い安堵を感じていた。そしてその温もりが、自分が助かった事、まだ生きている事を知らせてくれているようでもあった。

 だから、ルルはうわ言のようにぽつんと呟いた。


「わたし、生きていても、いいの……?」


 少女の悲しい質問に、ルーカスはそれを吹き飛ばすように破顔して答えた。


「もちろん! こんな可愛い子が死ななきゃいけない世界なんて、やってられるかって、そんなもん俺が変えてやるよ!」


 当然といった様子でそう言う。すると、横にいたアランはルーカスとは違い、真剣な眼差しでルルを見つめながら、おもむろにそっと髪を撫でて静かに口を開いた。


「何も心配しなくていい。あとは俺が君を守る」


「おいっ、アラン! こんな時に何どさくさに(まぎ)れて、いきなり口説いてんだよ」


「失敬な! 口説いてなどいない。思った事をそのまま言っただけだ」


「じゃあ、何でいま髪撫()でた?」


「もう大丈夫だ。という意味で……。というか、さっきからずっとその子を抱きしめたままのお前に、何故(なぜ)、髪を撫でただけの俺がそこまで言われなきゃならんのだ」


「いや、いや! それなら、そう言うだけで髪を触る必要ないじゃん」


 さっきまでの、重苦しいこの場の雰囲気を吹っ飛ばすような二人のやりとりに、何処か安心したのか、気が抜けてルルは自分でも気づかずに、ふわりと微笑んだ。


 さっきまで、少女のあまりの(はかな)さに内心、心配をしていた二人は、ひとまず何とかしてやりたくて、大げさまでに明るく振舞っていたのだ。


 だから、そんなふうに表情を和らげてくれた事にひとまず胸を撫で下ろした。

 それと、同時に花が(ほころ)ぶようなその笑顔に、何となく胸がぎゅっと(つか)まれたような気がした。


「ありがとう……」


 ルルはぼんやりとしながらも二人にお礼を言いった。けれど、この時のルルは助かった事は何となく分かっていたが、ショックで意識があやふやだった。


 だから、助けてもらった事というよりも、生きていいのかという問いに「もちろん」と答えてくれた事に対しての、お礼だった。さっきまで、死を望まれた少女にはその言葉が何よりも嬉しかったのだ。


「大丈夫だ。だから、少し眠れ」

「そう、そう。安心して眠ってよ。おやすみ」


 アランとルーカスの言葉に緊張の糸が切れた、ルルは素直に目を閉じた。そして、久しぶりに聞いた「おやすみ」の言葉にルルは懐かしさを覚えた。父が昔そう言いながら、自分のおでこにキスをしてくれた事を思い出しながら呟いた。


「おやすみ、なさい……愛してる」


「「!」」


「父さま、母さま……」


「……」


 ルルの言葉に、一瞬自分に言われたのかと、ドキリとしたルーカスとアランだったが、その後の言葉に思わずガクッとする。しかし、ルーカスの腕の中で静かに寝息を立てはじめた少女を、二人はほんのり笑みを浮かべながら見つめる。


「何というか……いつまでも眺めていたい気持ちになるな」


「そうだな」


 珍しく意見が一致する二人だったが、今はいつまでもそうしている訳にもいかない状況だった。


「じゃあ、後はよろしく。アラン母さま」


「誰が母親だ。せめて父親だろ」


「いや、だってお前髪長いし、見てくれも女みたいで、警備隊の中で時々頬染めながらアランを見てる奴いるし、絶対お前が母親だろ?」


「やめろ! それ以上言うな。ルーカス」


「ま、冗談はひとまず置いといて……」


「そうだな……」


 また、くだらない話を始めたかと思えば、そんな会話とは裏腹に二人は静かに怒りを込めた表情で、祭壇にいた村人達を見渡した。

 それまでの成り行きをじっとうかがっていた村人がビクリと震えた。


 しかし、さっきまでの狂気を(はら)んだ雰囲気はすっかり消えており、まるで悪夢から()めたかのような感じで、青年の腕の中で眠るあどけない少女の姿を見ると、その場にいた全員が、嗚咽を漏らしながら泣き崩れていった。

 その様子を見たルーカスとアランは、顔を見合わせやれやれといった感じで、少し落ち着いた声で話し掛けた。


「詳しい話を聞かせてもらおうか」


「この現状を見て、ある程度の想像はついているけど……ね」


 一向に涙は止まる気配はなかったが、二人の言葉にやがて、村の長が口を開く。


「わかりました。こうなった経緯を全てお話します。しかし、この事はこの場にいる者しか知らぬ事なのじゃ、他の村人には……」


「そこらへんの事は事情を聞いた上で、また話しましょう」


「とりあえず、場所変えませんか? この子も早くちゃんとした所で休ませたいし」


 それからルーカスとアランは、村の長の家で話し合う事を決めると、祭壇の火の始末を確認して、その場にいた村人達と眠ったままのルルを連れて長の家へ向かった。



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