アランのための、涙 1
ココの申し出を受けて、全ての事情を打ち明けるかどうか。
最終的な判断は、ルル本人に託された。
正直、アランはココが嘘を言っているとも思えなかったが、意図的にぼかされている部分があることにも気がついていた。
しかし、ルルの現状を救うために手助けをしたいという気持ちに偽りはないことも感じ取っていた。
アランとて、このまま何の解決の糸口も見つけられず、ずっとルルが森から出られないというのは嫌だった。
でも、もし解決の道がひらかれたとして、けれどそれが非常に危険のともなうものだとしたら……。
アランの心配は尽きない。
けれど、例えルルがどんな選択をしようと、自分が彼女を精一杯支えることに変わりはないのだ。
他の二人、ライアンとサマンサも同様の気持ちなのだろう、余計な口を挟まず静かにルルを見守っていた。
皆の視線が、少女に集まる。
ルルは話を聞き終えてから、顔を少しうつむかせながら考え込んでいるようで、時折、何かをぐっと堪えるようにきゅっと唇をひきしめたりしていた。
しかし、一向に言葉を発しないルルに、ココはひとまずこう声をかけた。
「少し休憩をしましょうか。いっぺんに色々聞いたので、気持ちの整理をする時間も必要でしょう。ルル、今すぐでなくても構いませんので、ゆっくり考えてみてください」
「それも、そうね……。一旦休憩しましょう。アタシ、お茶のおかわり用意してくるわ」
すると、ライアンがそう言って席を外し、サマンサも手伝おうとそれに続いた。
「ルル、大丈夫か? 少し休むか?」
アランが、じっとしているルルに声をかけた。
すると、ルルはほんの少し身をすくませて、うつむいたまま微かにうなずくと静かに立ち上りそっと告げた。
「少し、一人で考えてもいいですか?」
「ああ。なら、寝室まで送ろう」
しかし、それにルルはどこかためらうような表情で首を横にふった。
「そうか……。じゃあ、ヴィリーお前がついてやってくれ」
ルルの拒否にアランは素直に引き下がると、ルルはココに小さくお辞儀をしてヴィリーに付き添われながら寝室へと向かった。
そんな少女の後ろ姿に、ココは心配の色を滲ませる。
「ひとりにさせて、大丈夫なのでしょうか?」
しかし、そんなココとは違ってアランは妙に落ち着いており、ルルが寝室に入るのを見届けると静かに口を開いた。
「ええ。たぶん、ルルの中ではあなたの申し出に対する答えは、もう決まっているはずです。ただ……彼女はとても優しい子なので、きっとそれで悩んでいるんだと思います」
どういったことかと首を傾げるココに、アランはルルに聞こえない程度に声を落としながらも、ムスッとした態度でこう言った。
「窓越しに盗み聞きしてる奴に、俺の口から告げるのは癪に障るので……」
その言葉に居ても立ってもいられないといった様子で、ルーカスが立ち上がった。
「アラン……!」
「はぁ……堪え性のない奴だな。お前は“まだ”必要ない。もうしばらくそこで座ってろ!」
「だが……」
アランとルーカスの視線がぶつかり合う。
しかし、やがてアランがため息をつきながらその目線を逸らせた。
「ルルを悩ませるのは、俺だって本意ではない。だが、ルルが一生懸命に俺のために考えてくれているこの幸福に、あともう少しだけ浸らせてくれたっていいだろう?」
「アラン、お前……」
どこか悟ったような表情のアランに、ルーカスは言葉の続きが出て来なかった。
「そんな顔をするな……ルーカス。だから、せめて最後にここは俺に行かせてくれ」
◇◆◇
寝室の扉を閉めると、ルルはうずくまるようにしてベッドに潜り込んだ。
それを、心配するようにヴィリーが寄り添う。
ココから聞かされた父と母の馴れ初めの話は、ルルにとって思いがけない贈り物をされたような気がして嬉しかった。
そして、そんな母が遺してくれた手紙によって、森から出られる糸口がつかめるかもしれないと知った瞬間、それがどんな困難なことであろうと、ルルの答えは迷うことなく決まった。
心はもう決まっているのに……。
最初は、不思議に思っていた。
けれど、開けっ放しの窓から肌寒い風が吹き込むたびに、皆が身震いしながらも誰も閉めようとしなかったその理由に、ルルも途中から気がついていた。
もう、怪我は良くなったのだろうか。
無理を押してここまで来たのではないか。
肌寒い外で座り込んで、ちゃんと暖かくしていないとまた体調を悪くしないだろうか。
でも、それでも来てくれたというのは、今でも私を心配してくれているから?
ルルは、気がつけば心のなかでは、ルーカスの心配ばかりをしていた。
けれど、同時に隣に座るアランを思うと胸がしめつけられた。
アランはルルのルーカスへの想いを知ったうえで、それでも寂しい時も辛い時も一緒にいてくれた。
自分の根拠もないような胸さわぎも真剣に受け止めて、ルーカスの救助に奔走してくれた。
取り乱してアランの腕のなかで違う人の名を呼んだ時も、ただただ抱きしめてまるごと受け止めてくれた。
アランの愛にどれほど救われてきたか、ルルは思い知らされる。
それなのに、それほどまでにアランの優しさに触れてもなお、誰のもとへ行きたいか……。
散々アランに甘えておきながら、自分の心はいつだって彼を裏切り続けていた。
今、この瞬間さえも……。
だからこそ、その小さな胸は罪悪感で押し潰されてしまいそうだった。
これ以上、彼を傷つけるようなことをルルはしたくなかった……。
したくないのに、どんなに考えても、考えても、アランを傷つけずに済む言葉は見つからなかった。
そんな時、ふいに寝室の扉がノックされた。
「ルル、俺だ。アランだ」
ルルの胸が、さらに、ぎゅっと痛んだ。




