来訪者 9
表向きは薬師を生業とし薬学に傾倒しているココの村だが、その裏では魔法の信仰にも盲信的なまでに傾倒していた。
しかし、魔法の存在はすでに、お伽話の中でしか語られることのない代物。
ただ、この世界には魔法を扱える者はとうにいなくなっていたが、魔法の素というものはいまだこの地に横たわっていると言われている。
長い年月を経て、盲信派と呼ばれるほど信仰心が厚い者も一部となっていたが、いまだに村全体でそれを信じていた。
何故なら、この村には数十年に一度、不思議な力を持った子どもが生まれることがあったのだ。
そして、リリィもまたその力を持って生まれた一人であった。
昔から森との相性が良く、大人達に教えられたわけでもないのに森の中で迷った事はなかった。
そのことを彼女はよく樹々が教えてくれるのだとか、草花が歌って導いてくれるのだと、まるで友達と遊んでいるかのように言っていた。
しかもそれは、薬草に関する方面でも多大な影響をもたらせてくれるのである。
だからこそ、村ではそれを「森の精霊と対話できる能力」だと称していた。
そして、リリィは歴代の中でも特にその力が強いと思われていた。
村ではそういう力を持った者は、いずれ村を導く者として育てられる一方で、盲信派にとっても格好の研究対象であり、それは一生この村から出ることを許されないという事でもあった……。
しかし、実力行使で軟禁するわけにもいかなかった。
過去にはそういうこともあったらしいが、その状況下では著しく能力が損なわれるとして別の方法が模索された。
そして盲信派は、赤ん坊の頃から村から出ないようにするための教育を行うことにしたのだ。
小さい頃から、昔話として森とともに歩むたくさんの話を聞かせたのである。
しかし、それはある種の人格・精神形成に大きく影響を及ぼす恐ろしい行為であり、本人達は知らず知らずのうちに、まるで見えない透明な檻のなかに閉じ込められているようなものであった。
もちろん、それに異を唱える者もいたが、村に恩恵をもたらせてくれる存在でもあり、強くは言えなかったのである。
そして、ココもまたこのような慣習を断ち切るために密かに動いていたが、いくら彼に多大な権限があったとしても、村という組織をすぐに変えることは容易ではなかった。
しかし、それはただの言い訳だったのかもしれない……。リリィはココにとっても特別な意味を持つ存在であり、彼女を想う気持ちが心の片隅にあったのは否定することができなかったからだ。
しかし、リリィはまれにみるお転婆娘で、ひとたび恋に堕ちると何もかも振り切って、故郷から飛び出してしまった。
リリィは、外の世界に触れて、村での生活をどう思ったのだろう。
きっと、歪でその異様さを実感したはずだ。
もしかしたら、ロイも村が抱えているそんな雰囲気に、薄々は気がついていたのかもしれない。
しかし、まだ勉強中の身である自分では12歳の少女の一生を背負えるだけの自信はまだなく一度は村を去ったものの、ただひたすら自分を慕い追いかけてきてくれたリリィを、村に戻すさず守り抜く決意をしたのかもしれないと、ココは思ったのだった。
いま目の前にいるルルがその何よりの証しであり、リリィの見る目は確かだったと言えるのであった。
森はリリィにとっては友達のような存在だったのかもしれないのに、大人達はそれを檻として利用してしまったも同然のことをした。
それなのに、この森の家を見てココは、リリィが森を愛し続けてくれたことに深く、深く感謝した。
リリィへの仕打ちは許されないかもしれないが、村の者達がリリィを大事に思っていなかったわけではない。自分達なりにリリィを愛していたことに違いはなかった。
だからココは、ルルにこのことを話すつもりはない。
リリィとロイの遺した宝物を、巻き込みたくはなかったから……。
そして、せめてもの償いに、娘であるルルがいま抱えているであろう困難から救い出す手助けをしたい気持ちでいっぱいだった。




