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来訪者 7



 ココの村には時折、駆け出しの薬師が教えを請いに訪れることがあった。


 ルグミール村とは反対の国境沿いに位置する山奥に存在しており、少雨の影響も比較的軽いこともあり、薬草の種類が豊富なのはもちろん、その知識の深さにどうやら薬師の間でココの村はある程度は噂になっているようだった。


「じゃあ、ルルの父親もそれで村に来たのね? そこで、ルルの母親と恋仲に?」


 ライアンがもっとも興味するところの質問に対して、しかしココは苦笑いで返した。


「いえ、それが……。リリィの方は、ロイに一目惚れのようでしたが……」


 薬師達から一目置かれていた場所であったが、正直、村に訪れる者の数は思いの外少なく、来ても長らく滞在するといった者はもっと少なかった。


 それには理由があった。

 村の者達は良く言えば研究熱心ではあったが、あまりにも没頭しすぎて研究者気質というか、変人気質というか……。他者との関わりに恐ろしく頓着しないものだから、彼等についていけずに諦めて去って行く者が多かったのだ。


 そういったこともあり、おのずと村に長期滞在する者は、どちらかというと彼等に通ずる要素が……そしてロイも一際、熱心に打ち込む人物であった。


「なので、最初はロイもやはり薬草の勉強ばかりで、リリィを意識するといった素振りはありませんでした。ただ、彼は天涯孤独の身の上だったようなので、リリィを邪険にすることはありませんでした。時間を見つけては話相手になってあげていましたが、あくまでもその時のロイにとって、彼女は妹のようなものでした」


「それが、どうやって二人がそんな仲に?」


 再びライアンが質問すると、ココはひとつ息を吐いて、またもや苦笑いを浮かべたのだった。


「リリィは、こう……思い込んだら一直線というような性格だったので、押して、押して、押し倒すくらいの勢いでしたが、ロイはその想いに応えることなく、村を去りました」


「……」


 てっきり、押されて観念したロイがリリィと付き合うようになったのかと思えば、予想外の展開に、話を聞いていた四人と隠れている一人は言葉が出なかった。


「しかし、ロイからしてみれば仕方ないことだったのかもしれません。当時、ロイは20歳で、リリィはまだ12歳になったばかりでしたから……」


「「「「12歳!?」」」」


 その驚きに、またも苦笑いのココ。


「はい……。だから、ロイもリリィからの告白をきっぱりと断っていました。歳の問題だけではなく、彼はまだまだ薬草の勉強のために、旅をしたいと言っていましので……」


「で、でも、父さまと母さまは、とても仲が良かったです!」


 思わず声を上げたのは、ルルだった……。

 母は時々、ルルにヤキモチを焼いたりもすることがあるくらい、父を愛していたのは確かだった。

 けれど、父もそれに負けず劣らず母を想っていたはずだ。

 ルルは相思相愛の両親の姿を見てきたので、今の話がすぐには信じられずにそう言うと、今度は少し嬉しそうにけれど何かを堪えるように、ココは微笑んだのだった。


「正直、村として二人の仲は猛反対だったのです。だから、私達はロイが断ってくれてひとまず安心したのですが……。リリィが諦めるにはしばらく時間が掛かるだろうと、私達は彼女を監視下においていたのですが、リリィの想いは我々の想像を超えるほどに強かったようで村の者達の目を盗み、とうとう彼を追いかけて故郷を飛び出してしまったのです」


「「「「ええぇぇぇっ!?」」」」


 またもや衝撃的な事実を知らされて、ココ以外の面々は驚きの連続である。


「やぁ〜ん! それって、駆け落ちってことぉ?」


 ドラマチックな展開にやや興奮気味のライアンが、身体をよじりながら声を上げた。


「そのまま駆け落ちってことは、ないんじゃないかね。だって、ルルの父親は母親の告白を断ってたんだろう? さすがに、その時は村へ送り帰して……そのあと何かしら進展したんじゃないのかい」


 普通に状況を考えればサマンサの言うとおりなのかもしれないが、しかしそれにココは首を横に振った。


「いえ、ライアン殿の言う通り……結局、ロイとリリィはそのまま駆け落ちしたことになりました。その証拠に、それっきり二人とは音信不通だったので……」


 しかし、アランはそれを妙に思った。

 リリィの情熱に根負けしたロイがその想いをやっと受け入れたとして、彼女の年齢を考えるといくら村から猛反対されていようと、普通はひとまずリリィの故郷に二人で帰り、何らかの話し合いや説得を試みるはずだ。


 ルルの父親に会ったことはないが、これまで彼女から父親についての話も度々聞いたことがある。そこから想像する彼女の父親像は、話し合いすらせずに、まだ12歳だった少女と、そのまま駆け落ちするような人物には到底思えなかった。


 となると、それなりの事情があったということなのだろうか……。

 しかし、アランが口を開こうとすると、ココが遮るように話はじめた。


「実は、リリィは村にとっては少し特別(・・)な存在でして……。居場所がわかると連れ戻されると思ったのでしょう。残念ながら、そこら辺の二人で交わした話については僕には知りようもありません。ですが、今まで二人の行方が分からなかったということは、ロイがリリィを心から愛し、そんな彼女を守ってきたということなのでしょう」


 そこで、一度言葉を切ったココは優しげな表情でルルを見た。


「だから、心配しなくても大丈夫ですよ、ルル。ロイとリリィはあなたが見てきたとおり、お互いを本当に心から愛し合っていたということでしょう」


 ココがルルにそう告げると、少女は自分が見てきた両親の仲が本物だったことを認めてもらったような気がして、どこか安堵したように顔をほころばせた。


 けれど、アランはココが遮るように上手く話をまとめたことで、それ以上は詮索しないで欲しいという意味が込められているように感じられた。


 だから、そんなアランの視線にココはわずかに頷いただけだった。


 そう、ココはリリィの娘であるルルには、故郷についても、自分の存在(・・)についても、これ以上の深い事情を聞かせるつもりはなかった。



 ロイとリリィが、今の今まで守り通してきた大切な宝物のような存在なのだから……。




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