来訪者 5
突然、家の扉を叩く音にルルはもちろん、その場にいたアラン、ライアン、サマンサに緊張が走った。
森に滞在している全員がここにいるという事は、他の誰かが訪ねてきたという事だ。
いつのまにかヴィリーの姿が見えないので、きっとその者を案内してきたのだろう。
しかし、ここを訪ねてくる「誰か」なんて、その場にいる皆が思い付くのは一人しかいなかった。
アランは咄嗟に、ルルを見やった。
彼女もおよその見当がついているのだろう……。
しかし、いざ顔を合わせるとなると、かなりの勇気がいることである。
緊張で強張った顔をして動けないでいるルルを気遣うように、ライアンは小さく震える少女の肩を抱き、サマンサは励ますようにその手を握ってやった。
アランはライアンのその役目と代わりたかったが、「お前が行け」と言わんばかりにライアンとサマンサが同時に扉の方角をクイッとあごでしゃくったので、仕方なくアランが席を立った。
あれほど、怪我を治してからこいと言ったはずなのに、早々にやってきたことにアランは、腹を立てずにはいられなかった。
ルーカスの説教を終えたその日、森の家に帰ってきた三人の姿を見た途端、ルルは目に涙をいっぱいにためて駆け寄ってきた。
そんなルルに、アランは少し身体をしゃがませ、手をわずかに広げて少女を迎え入れようとしたのだが、肝心のルルはその横を通り過ぎて、脇目もふらずライアンに抱きついたのだった。
少々釈然としない思いのアランだったが、そうなるのも無理はなかった。
今回の件で、一番の功労者は間違いなく、ライアンだったのだから。
「っ……!」
ルルは言葉に、ならなかった……。
そのかわりに、ありったけの感謝を込めてライアンを抱きしめるルル。
三人の顔を見た瞬間、彼がもう大丈夫なのだということが分かった。
だから、それまでルーカスの心配でいっぱいになってしまっていたルルだったが、アランからの手紙で、ライアンがどれだけ体を張ってルーカスを救出してくれたのかということを知った彼女は、ライアンの無事な姿にたまらなくなってしまったのだ。
そして、少々やつれ気味にも見える彼女だったが、数日間ひとりぼっちで心細い思いをしながらも、懸命に自分の出来ることに徹したルルの頑張りを称えるように、ライアンもまたその華奢な身体を力強く抱きしめ返したのだった。
そんな二人の様子にアランもやっと心の底から安堵できたような気がして、しばらくは大人しく見守っていたのだった。
そして、ひと晩経ちようやくルルが落ち着けた時間を過ごせていたと言うのに……。
もう一度、こっぴどく叱ってやらないことには、腹の虫が収まらない。
とりあえず話はそれからだと、勢い良く扉を開けたアランだった。
しかし、扉の外には見覚えのない青年が立っていた。
「こんにちは。こちらにルルという少女がいると聞いてまいりましたが、いらっしゃるでしょうか?」
予想外の人物の来客に、アランはもちろん残りの三人も思わず顔を見合わせた。
ルルを訪ねて来たらしいが、当のルルも青年の顔に全く覚えがなかった。
「初めまして、ココと言います。リリィの故郷から来た者ですが……。あぁ、あなたが、ルルですね?」
アランの肩越しに、ルルはココと名乗った青年と目が合うと、彼はわずかに目をみはりそう声を掛けてきた。
驚きのあまり声も出せずにいたルルだったが、問われるままうなずく。
「これは……驚きましたね。あまりにも、リリィにそっくりだったので、いや、でもよく見るとロイに似ている所もありますね」
ココから父の名前まで出てきて、さらに驚くルル。
正直、母の故郷という言葉は、ルルにとっては初耳だった。
それは父親にも言えることで、近隣の村にすら親戚のひとりもおらず、少し不思議に思っていたが、ルグミール村では昔から暮らしてきたかのように馴染んでいたし、両親も村の皆からも、そのことについて何か聞いたことはなかった。
「驚くのも無理はありませんね。リリィは自分の故郷の事を、あなたには何ひとつ語らなかったのでしょう……」
「ココ様と言いましたね。あの、あなたは母さまをご存知なのですか?」
「ええ、リリィが故郷を飛び出すまでは、村で一緒に過ごしていました」
「父さまも、ですか?」
「いえ、ロイは……。すみません、急に色々聞いても混乱してしまいますよね。順を追ってお話ししましょう。ただ、少々長くなると思うので、ご迷惑でなければ中に入れてもらえると助かるのですが……」
ココに言われて、まだ玄関先のまま家の中に招き入れていないことに気がついたルルは、慌てて居間の長椅子にその青年を案内したのだった。




