来訪者 4
「一応、ここが入り口となっているのですが……」
ルーカスはココを森まで案内すると、いつも出入りしていた茂みのあたりを指差した。
しかし、久しぶりに来たからだろうか……。
ルーカスも目印となる郵便箱がなければ迷ってしまうくらい、やけに生い茂っているように感じたのだった。
しかし、侵入を阻むかのようなその茂みに、ココはなんのためらいもなく突っ込んでいってしまったので、ルーカスも慌ててその後を追った。
「ココ殿、駄目です。ここからは、ルルとヴィリーの案内がないと、すぐに迷ってしまいます」
事前の連絡もなしに来てしまったのだ。
きっと、しばらくすればヴィリーが気がついてくれるかもしれないが、その間やみくもに歩き回るのは危険だ。
「あの、ヴィリーというのは先程話した、オオカミのことで……」
「ヴィリー……。なるほど、ヴィリーという名前ですか」
ココには、一応ルルがオオカミと暮らしていることを打ち明けていたが、その名前を聞くと何やら納得したようにうなずいていたのだった。
「その名前に、何か?」
不思議に思ったルーカスは、そのことを聞いてみた。
「ルーカス殿は、その名前に思い当たる事はありませんか?」
すると、逆にココにそう聞き返されたが、ルーカスには覚えがなかった。
「いえ……特には。ただ、確かルルの母親が名付けたとか」
「リリィが? そうでしたか……」
ココはやや難しい顔をしながら何やら思案している様子だったが、そうしながらもあたりを見渡すこともなく、しっかりとした歩みで森を進んで行く。
すると、がさりと茂みから音がした。
ルーカスには、それがヴィリーだと分かったが、ココにはいくら事前に事情を話していたとしてもオオカミであることには違いない。
実物を目の前にして、驚かないはずはないとルーカスがココの前に出ようとしたが、そんな予想に反してココは全く驚く素振りも見せず、とことことヴィリーに近づくとにこやかに話しかけたのだった。
「やあ、君がヴィリーだね。実は、予想より厄介な森だったから、迎えに来てくれて正直助かったよ。僕はココ。リリィの友人だ。その娘であるルルの所に案内してくれるかい?」
すると、ヴィリーは初めてルーカスがアランとこの森を訪れた時とは違い、ココに警戒心を抱くこともなく、素直にその言葉に従って案内を始めたのだった。
その様子にしばし呆気に取られていたルーカスだったが、慌ててその後に続く。
その道中、ルーカスはずっと疑問に思っていたことを口にしてみた。
「あの、ココ殿はルルの母親と友人とのことですが……」
詳しくはまだ聞けていないが、正直見た目にはルルより少し歳上といった感じである。ココがルルの母親リリィと友人というのが本当だったとして、それではあまりにも年齢が違いすぎるのではないかと思ったのだった。
「友人というと、少しおかしいかもしれませんね。リリィが小さい頃から、よく面倒もみてあげていたので、どこか娘みたいにも思っておりました」
「む、娘!? い、妹とかではなく……?」
その言葉に驚いて、思わずまじまじとココの姿を眺めてしまった。
それが事実だとしたら、ココはかなりの年齢ということになるのだが……。
「健康なのが、取り柄でして」
ルーカスの困惑を察したように、ココはにこやかにそう言ったが、健康だからというレベルではない。
信じがたいほどの若さに、ルーカスはココに対して底知れないものを感じ取って、少し恐ろしく思ってしまった。
このままルルのところへ連れて行ってもいいのかという不安が、一瞬浮かび上がったがヴィリーの案内によって、すでに目的地に到着してしまった。
久しぶりに訪れた森の家の姿に、ルーカスは胸をつかれた。
いますぐにでも、ルルの元気な姿をひと目見たい衝動に駆られたが、アランにも言われたように、まだ包帯をしたままの姿で現れたとしたら、ルルに余計な心配をかけてしまうと思うと、足が止まってしまった。
しかし、それはただの言い訳に過ぎなかった。
今更、どんな顔をして会えばいいのか、何と声を掛ければいいのか……。
単純に怖かったのだ。
自分がどれだけルルを傷つけてしまったのか、それを思うとルーカスはそこから一歩も動けなくなってしまった。
けれど、今すぐに姿を見せる覚悟がなくとも、ルルの力になりたかった。
だから、ココの話を聞かずにここで帰るわけにもいかなかった。
思わずその場で顔を伏せ、後悔を滲ませながら何かを葛藤している様子のルーカスに、ココはある箇所を指差した。
「あそこの窓の下に、身を隠してください。理由をつけて窓を開けてもらいます。そうすれば外にいても話声が聞こえるでしょうから」
ココの察しの良さに驚きながらも、ひとまずその言葉に従った。
そうして、ルーカスが軒下に身を隠すのを確認すると、ココは森の家の扉を叩いたのだった。




