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選ばれた少女 3



 岩山に囲まれるような形で、その(ふもと)には小さな森があった。


 魔法への信仰が厚いこの地方では、この森を神聖な場所として(あが)めており、不思議なことに雨が少ないこの土地で、小川の一つも流れていないにも関わらず、今回の干ばつの時でさえ深い緑を湛えていた。


 だが、実は「迷いの森」とも称され、恐れをなして普段からむやみに近づく者は少なかったし、近くへ行ったとしても、決して中へ入ることのない森でもあった。


 儀式の場所は、そんな神聖なる森を見下ろせるような高台に作られた祭壇だった。

 昔から、村の祭事もここで行われてきた。


 そして、今は雨乞いの儀式の準備が着々と進んでいた。

 高台まで連れてこられ、地面に下ろされてもルルは大人しいままだったが、縄が解かれる事はなかった。


 縛られたまま贄としての準備を施される。


 村の中年女性が、ルルの身を清める。

 沈痛な面持ちで、ひたすら心の中で謝り続けながら、少女の身体を洗っていた。


 沈黙の空間に、清める水の音だけが響く。

 とても貴重な水に、こんな状況だというのに、一瞬、女性の心に過ぎった感情は、しかしすぐに押し潰されるような罪悪感に襲われ、自分の浅ましさに恥じ入った。

 そんな様子をルルもまた敏感に感じ取っていたが、言葉を発することはなかった。


 やがて、お清めが終わると身体を丁寧に拭かれ、白地の薄い衣を着せられると祭壇へと連れて行かれた。


 祭壇では、中心に火を焚き、それを囲むように周りに何人かの大人達が座り込み、祈りを唱えていた。

 後ろ暗い儀式ゆえ、人数は少なく10人くらいだろうか。


 焚かれた火の近くまで来ると、ルルは無理やり座らせられた。

 すると、一人の男性が立ち上がって、炎に()べていた鉄の棒を取り出した。


「供物となる贄に、目印となる(あかし)を」


 厳かに宣言すると、ルルの脇にいた男性が強い力でルルの腕を押さえつけ、衣装の胸元をはだけさせた。

 赤々としながら近づく焼印の灼熱に、いままでショックでどこか麻痺(まひ)していたルルの感情が呼び戻される。


 込み上げる恐怖に、ルルはようやく抵抗を見せはじめたのだ。


「……や……。っや。いやぁぁぁ!」


 震えて引きつりながらも、絞り出すように悲鳴をあげる。


 ――怖い……怖いよ!

 ――嫌! 熱い、やめて!


 半分は声にならなかったが、それでも出来る限り声を絞り出し続けた。

 先程の弱々しかった姿から一変、ルルは激しくもがき暴れ始めたが、押さえつけられた体はびくともしない。

 やはり16歳の少女では、大人の男性の力には敵わなかった。


「すまない……」


 必至で身を(よじ)るルルの姿に、焼印の棒を持った男の顔が、少女への哀れみと自分達の非道さに悲しく歪む。その場にいる皆もまた同じような表情だった。


 自分達とてこんなことをしたくない……!

 当たり前だ、我が子と同じ年頃の少女をこんな……。


 しかし、村のために、我が子のために、もうこれしかないのだと自分に言い聞かせ、心の中でルルに何度も懺悔を繰り返しながら、焼印をその胸の真ん中に押し付けた。


「っや……、いやあぁぁぁぁぁぁあっ!」


 ルルの空気を切り裂くような悲鳴が、祭壇に響いた。

 ジュッと肉が焦げる嫌な音と共に、その匂いが鼻を突いた。胸の灼けつくような痛みに涙があふれる。


 恐怖とその痛みで、ルルの諦めの境地が崩れ去っていた。


 ――父さま、母さま! 助けて……。


「いやっ……! やめて、わたし死にたくない」


 堰が切れたように、ルルは喋り始めた。


「約束したの! 死んだ父さまと母さまに、二人の分も生きるって……!」


 ――そうだ。私は約束したんだ。


 亡くなる前に、枕元で父の時も、母の時もだから……。だから、こんな状況でもルルは自分を諦めるわけにはいかなかった。


「ずっと見守ってるから、私たちの分も生きてって、愛してるってそう言いながら、両手で指切りしたの!」


「っ……!」


「生きなきゃいけないの! わたし、ごめ、んなさい……。死ねないっ!」


 ルルの咆哮(ほうこう)のような叫びに、祭壇にいた大人達が一瞬ひるんだ。


 しかし……。


「……すまない。でもこのままでは村が……」


 密かに儀式の準備していた大人達は、連日続く緊張と、激しい嫌悪感と、重苦しい罪悪感、そして過酷な現実に晒され、どこか狂気を(はら)んだ暗い感情の渦に飲み込まれていた。


「すまんのう……ルル」


 村人達の悲痛な思いは、やがて殺気だったように、目の前で必至に生きたいと願う少女に無情にも襲いかかった。


「お願い……この村を救って」


 ルルも村人達の異様な雰囲気に飲まれまいと思っても、気圧されるようにじりじりと祭壇の奥にある崖っぷちへと追いつめられていった。


 すでに自分の言葉など、届くことはないのだと絶望する。


 贄の少女は、この高台の崖から森に向かって飛び降りるのだ。贄の証を胸に刻み、その身を捧げることによって祈りが届くというのである。


 ルルの足は生きたいと願う感情とは裏腹に、がたがたと震えながらも、一歩また一歩と崖に向かっていく。死の気配がルルの全身にべったりと(まと)わりついていた。

 心の中ではずっと両親に助けを請うと同時に、謝罪の言葉を繰り返していた。


 ――父さま、助けて! 母さま、死にたくないよ。

 ――約束したのに……。

 ――守れないかもしれない……ごめんなさい。


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 何度も謝りながら、諦めたくないと思いながら、生きたいと願いながら、それでもルルは地面のない空間に足を踏み出した。



 ――ごめんなさい。今そっちに行くね……。




 体が傾いた、その瞬間――。



 ルルの体は、強い力で引っ張り戻された。


 そして、後ろにふわりと浮いたルルの体は、何か暖かいものに包みこまれるように受け止められたのだった。



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