来訪者 3
四年前に亡くなったルルの母親リリィからの手紙を前に、意外にも声を上げたのはハリィだった。
「ハリィ。この手紙について何か知っているのか……?」
ルーカスの問いかけに、軽く目をつぶって記憶をたどるようにハリィが口を開いた。
「いや、その〜……他人の手紙をじろじろ見るのもあれなので、僕もちらっとしか見ていませんが、紙が少し黄ばんだようなこの手紙、確かルーカスさんの部屋で見たような気が……」
これまた、意外な証言にルーカスも驚いてしまった。
「俺!?」
しかし、いくら遡ってもこの手紙の記憶は欠片もなかった。
「はい。あれは確か、水脈調査が始まる少し前だったと思います。郵便物を預かろうとルーカスさんの部屋に尋ねた時、手紙を落としてしまったことがあったでしょう? 慌てて拾おうとしたら、机の下に封筒が落ちていて、少し古い紙だなと思ったので記憶に残っていたのですが……」
そう言われると、確かあれはルルの家から両親の手帳を間違えて、持ち帰ってしまった時だ。その内容を読んで、ルーカスは水脈調査にヴィリーとルルを参加させることをジョージや皆に相談したのだった。
もしかして、あの手帳にこの手紙が挟まれていたのだろうか、それに気づかずめくってしまった際に抜け落ちてしまったのかもしれない。
しかし、そんな偶然が……。
「私も、リリィが亡くなってしまっていたなんて非常に残念です。しかし、娘さんがいると聞き、ならばせめてその子に会って、ぜひ伝えたいことがあるのです!」
どことなく、ココと名乗った青年の表情が真剣味を帯びている。
「その、伝えたいことというのは?」
「それは、直接会ってからお話します。しかし、ひとつお尋ねしますが、いまその子は何か大変困っていることはありませんか?」
「っ! それは……」
ずばりと言い当てられてしまい、さすがのルーカスも動揺を隠し切れなかった。
このココという人物に対して、得体の知れなさを感じているのも事実。
しかし、もしかしたらルルの体調不良の原因を解明できる糸口を、この青年は何か知っているのかもしれないとも思ったのだった。
本当はアランや他のメンバーにも相談したいところだったが、この青年の雰囲気がどことなくルルと似ているような気がして、ルーカスは覚悟を決めてルルの事情を話し始めたのだった。
「実は、ルルちゃんは今この村にはいません。少し離れた森の中にある家で暮らしています……」
「森の中ですか?」
ココはルーカスの言葉に眉を潜めた。
「はい。亡き両親の跡を継いで薬師をしています。そのための勉強や研究のために……というのもありますが、実は……」
どこまで明かすべきか悩みながら、ルーカスが言いにくそうにしていると、ココは何やら悟った様子でひとつうなずくと口を開いた。
「なるほど。何やら事情がおありのご様子ですね。しかし、森ですか……リリィの手紙にあった森の事かもしれませんね。とても気になる事が書いてあったので、もしやと思い遥々訪ねてみたのですが、これも何かの巡り合わせかもしれません」
「あの森の事を、何かご存知なのですか? 何でも良いんです! 知っている事があれば教えてください」
ルルの症状に対して、何の手立ても見つけられない自分の不甲斐なさを痛感していたが、ココの言葉に一筋の光を感じたルーカスは、咄嗟にそう懇願したのだった。
一方、ココもルーカスのその様子に、リリィが手紙に書いていた懸念どおりの事態になっているのかもしれないとうかがい知ることが出来た。
「では、ひとまずルルが暮らしているという森の家の地図をお願いできますか?」
「森までなら俺にも案内できますが……、そこは迷いの森と呼ばれて、ルルかルルと一緒に暮らしているある動物の案内がないと辿り着けないようになっているので、まずは手紙で、訪問日を知らせてからでないと……」
ルーカスがそう言うと、ココはやや深刻そうな顔をしながらも、どこか懐かしむような表情も浮かべていた。
「そうですか、ルルはそんな森で……。やはりリリィの血を受け継いでいるのですね。ですが、私にも、まったく力がないというわけでもありませんし、まあ、大丈夫でしょう」
そう言うと、ココは立ち上がり、今すぐにでも森に向かうといった感じで部屋をでようとした。
「ま、待ってください! 自分も同行させてください」
慌てて、ココを呼び止めたルーカス。
「だ、だめですよ。ルーカスさん、まだ目が覚めたばかりで体調が……」
ハリィの言う通り……、アランにもちゃんと回復してから来いと言われている。
正直、まだ森へ行く心の準備も出来ていない。
しかし、今この状況でついて行かないわけにはいかなかった。
自分の体調は少なからず把握している。
これ以上、皆に心配をかけないための、本当に無理かどうかの判断は出来ているつもりだった。
それに、良くも悪くも叱られることに慣れてしまったので、その覚悟だけはしっかりと心に刻んだルーカスだった。




