来訪者 2
「今日、王都からお医者様が来てくれる予定なのよね? 本当はそれまでいてあげられたら良いんだけど、時間が……」
サマンサによるルーカスへの説教後、三人はルグミール村ではなく森の家へと帰って行ったが、セレナとアルフレッドはルグミール村でもう一泊してから、翌朝自分達の暮らす街へ帰ることにしたのだった。
別れを翌日に控えたその晩。
てっきりアルフレッドは寂しがってわがままを言うのではないかというセレナの心配をよそに、息子はルーカスに自分の知るあらゆる仲直りの方法を伝授すると、どこか満足した様子でごねることもなく素直にコテンと眠ったのだった。
その様子に、さすがの二人も拍子抜けしたのだった。
そして翌朝。
予想とは遥かに違った清々しい気持ちで、その時を迎えた二人は笑顔だった。
「セレナ、本当にありがとう」
「こっちこそ息子にあの人のことを色々聞かせてやってくれて、本当にありがとう。再会できて本当に良かったと、私も思ってるわ」
「せっかくここまで来てくれたのに、最後まで世話をかけたけれど……。俺はもう大丈夫だから」
「ふふっ、まったくだわ……。それじゃあ、私達もそろそろ行くわね。ルーカス」
「またな! ルーカス兄ちゃん。ちゃんと仲直りしろよ!」
「ああ……。頑張るよ」
すっかり調子に乗っているアルフレッドだったが、泣き顔を見るよりはよっぽど嬉しい別れの時であった。
「じゃあ、くれぐれも帰りには気をつけて」
「ええ。落ち着いたら、手紙でも送ってね。それまでにはアルも文字の勉強を頑張って返事を書けるようにならないとね」
「勉強!? うえ〜……」
勉強と聞いた途端、顔をしかめたアルフレッドに、二人の笑顔が一段と深くなった。
そうして、ルーカスはベッドの上からであったが、最後まで和やかな雰囲気のまま、セレナ親子を見送ることが出来たのだった。
◇◆◇
それからセレナ親子と入れ違うように、ルーカスの寝室の扉がノックされた。
「ルーカスさん、起きてらっしゃいますか?」
「ハリィか?」
ルーカスが声を掛けると、ひょっこりと顔を覗かせた彼が様子をうかがう。
「体調はどうですか?」
「ああ、自分としては大丈夫だが、医者が来たのか?」
「いえ、そちらはまだなんですが……。実は、村に訪ねて来た方が、ちょっとルーカスさんからお話を聞きたいとのことなんですが……。その……」
ハリィが何と説明すればいいのか困っていると、その影から例の青年が姿を現した。
「お加減が優れないところに、申し訳ありません。実は、ルルという女の子に会いたいのですが……」
ここらへんでは全く見覚えのない青年の突然の来訪。
しかもルルの名が出たことに、思わず警戒心を抱いてしまったルーカスの視線が鋭くなった。
しかし、そんなルーカスの様子に青年も、ふとまだ名乗ってすらいなかった事を思い出し、不審がられてしまうのも無理がないと、ひとまず簡単にではあるが身元を明かしたのだった。
「初めまして。私はココと申します。リリィの生まれ故郷からきました」
「リリィ? ……っ! というと、ルルちゃんの母親の?」
ルルと意外な繋がりを持った青年に、驚きを隠せないルーカス。
両親ともずっとこの村で生まれ育ったと思っていたが、そう言えばルルからこの村に親戚がいるといった話は聞いたことがなかった。
しかし、彼女の両親は別の場所から移り住んできたのかもしれないのなら、説明もつくが……。
「ええ。先日リリィからの手紙が私のところに届きまして……。実は、あの子が村を出てから初めて寄越してきた便りだったので驚いて、こうやって訪ねてみたのですが……。先程、リリィはもう四年も前に亡くなっていたと聞いて……」
「手紙ですか……? 」
亡くなったルルの母からの手紙が今になって届いたとは、にわかには信じがたい話である。
正直、いまの時点では目の前の青年が、本当にリリィの故郷の者かも分からないし、はっきり言って胡散臭くもあった。
ルルに何の用があってきたのかがわからない以上、うかつに彼女について口にすることをためらうルーカス。
「ええ、差出人は確かにリリィの名前ですし、筆跡も彼女のもので間違いないかと」
ココと名乗る青年は、事実だと証明するようにそう言うと、懐から件の手紙を取り出した。
しかし、あいにく今ここに、ルルの母親の筆跡かどうかという判断材料になるものがない状態である。
ところが、その手紙を見て意外な人物の声が上がった。
「あれ、この手紙は……」
「……この手紙について何か知っているのか、ハリィ?」