大馬鹿者 5
「はぁ〜。本当はまだ説教足りない気分だけど、いつまでも孫にばかり構ってはいられないからね。アタシは帰るとするよ」
素っ気ない態度ではあったが、心のなかでは孫の無事に一安心のサマンサは、やれやれといった様子で腰を上げた。
「そうねぇ。ルーカスの意識も戻ったことだし、明日には医者もくる予定だから、アタシも流石に疲れたし、今夜は一緒に帰ることにするわ」
「ああ。俺もそうしよう。皆、本当にご苦労だった」
続いて、ライアンとアランまでもが引き上げようとする。
しかし、帰ると言ったって、日はだいぶ西に傾いており、これから王都へ帰るとなると夜中になってしまう。
アランとライアンがサマンサについててくれるのは心強いが、やはり夜は危険だ。
この建物には、他に部屋もあるし泊まって、明日あらためて日のあるうちに帰ればと、呼び止めようとしたルーカスだったが……。
「ばあちゃん、今から王都に帰るのは危険だよ」
「何言ってるんだい。今から帰るって言ったら、森の家に決まってるじゃろう! あの子にお土産もたくさん買ってきたしね」
「え? 森の家って……」
心当たりは一箇所しかない。
しかし、まさかサマンサがルルを訪ねて、あの森に出入りしていたとは知らなかった。
そういえば、説教をしていた時も、やけにルルの様子を詳細に訴えかけてきていたので疑問に感じていた。
てっきり、アランと情報交換していたのだろうと思っていたが……。
「あら? 言わなかったかしら、アタシ達三人は、もうずいぶん前からルルの家で一緒に暮らしているのよ」
そんな事も知らないでいたのかというような表情で、ライアンがそう言った。
ここ最近は、同じ空間にいながらも、仕事以外で会話を交わすことはなかった。
それでも、アランが頻繁にルルの様子を見に行っているだろうということは知っていたが、まさかライアンとサマンサも含めて、ルルと一緒にあの森で暮らしているとまでは、思ってもみなかったのだ。
しかし、それを聞いてルーカスは本当に深く、深く安堵したのだった。
「ルーカス。包帯がとれたら、一度だけ……来い」
やがてアランが真剣な眼差しで、ルーカスに向かってそう切り出した。
「あんな紙切れだけで、ルルがどんな思いをしたか……。今度こそ、ルルにちゃんとお前の口から自分なりのケジメをつけろ。ただ、これだけは言っておく。俺達は、お前がいない間、ルルのそばで全力で彼女を支えてきた。今更のこのこやって来たところで、お前のつけ入る隙はない。覚悟しておけ」
どれほど傷つけてしまったのかを、想像すると合わせる顔もない。
それなのに、ルルは……。
今回の件にルーカスは手紙に綴った自分の思いを、ルルが全て汲み取ってくれたことを思い知らされた。
それに比べて自分は心配ばかりかけて、このザマである。
――本当に俺という奴は、皆の言う通り「大馬鹿者」だ……。
自分が幸せにしてあげたい、守ってやりたい、力になってあげたいという気持ちとは裏腹に、本当はずっと彼女に助けられてばかりである。
今のルルには、サマンサやライアン、そして何よりヴィリーとアランという心強い仲間が育まれていた。きっとこの先、自分がいなくてもルルは困難を乗り越えられるのだろう。
けれど、そんなふうに格好をつけるのは、もうやめよう……。
あの手紙を綴ったときは、あれが最善の選択だと信じていたが、それでもまだ無意識に格好つけて取り繕っていた部分も、心の何処かにはあったのかもしれない。
彼女にとって自分が必要なのかという前に、自分には彼女が必要な存在なのだと……。
今のルーカスは自身の情けなさをひっくるめて、これもまた自分なのだと、やっとそのことを認めることが出来たのだった。
そんな自分を、やっと赦せるような気がしたのだった。
これから一生、心の痛みが完全に消えることはないだろう。
けれど、もう一度ルルに逢えるのなら、その時だけは取り繕うこともせず、何にも囚われることなく、今度こそためらいのない自分の素直な気持ちを伝えたいと、強く思った。
「絶対、傷を治してからだぞ。そんな姿をみたら、ルルが余計な心配をする……」
本当なら、腸が煮えくり返るほどの憤りがあるだろうに、今のアランはそれすらも飲み込んで……。
アランのルルに対する深い想いに、ルーカスはあらためて激しく胸を打たれたのだった。
「ああ……。アラン、本当に感謝する」




