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大馬鹿者 3



「ルーカス。息子のアルフレッドは、あなたにとってどういう存在?」

「え……」


 セレナの質問の意図が分からず、ルーカスは思わず言葉に詰まってしまった。


「鏡を見て……。今のあなたのその表情が答えだと思うの。そんな苦悩したような顔のままで、息子を見て欲しくないわ……」


 セレナの言葉に弾かれたように右手で、顔をおさえる。

 どんな顔をしているか、少なからず自分でも自覚があったからかもしれない。


「私もアルフレッドの笑顔を、一番に望んでるわ……」


 セレナもどこか息子に不憫な思いをさせているのではないかと、弱気になっていたのかもしれない。だから、思わず揺れてしまったのだ。


 けれど、セレナは息子が生まれた時に、亡き夫に誓ったことがあった。

 それを思い出すと、いまこんなふうに揺れてしまっている自分が「らしくない」ことに、やっと気がつけたような気がした。


「アルは、あなたの贖罪のために生きてるわけじゃないのよ。それが言いたくて、私たちはこれからも精一杯幸せに暮らしていくために、ちゃんと『さよなら』を言いたくて来たの……」


 セレナの言葉がルーカスの胸を打つ。


 自分がセレナ親子の役に立てるのなら、それを望んでくれるのであれば、力にりたいという気持ちは確かにあった。


 けれど、ルーカスのその気持ちには、贖罪の意味も混じっているのも事実だった。

 セレナやアルフレッドにとって、本当の幸せとは……。


「私、アルが生まれてから、亡くなったあの人に誓った事があるの。この子と精一杯幸せに生きていくって……。だから、もし……もしもこの先、息子の父親になってくれるような人が現れたとしても、今のルーカスみたいに思いつめた顔をするような人なんかじゃなくて、一緒に笑い合ってくれる人がいい」


 確かに、自分は純粋な気持ちで、あの少年を見ることが出来ているのだろうか。

 どうしたって親友の姿を重ねてしまうこともある自分では、いつまでたっても家族「ごっこ」のままでしかないのかもしれない。


「だから、ルーカス。相手の気持ちをうかがうばかりじゃなく、あなたも一緒にいて笑顔になれる人と幸せになって。素直に笑って、ルーカス。きっと、夫もずっとそう望んでいるんだと思うわ」


 その言葉に、やっとルーカスは心のどこかで、少しは赦されたような気がした。

 いや……。親友のアルフレッドやセレナはきっと、最初から赦すとかそういう思いは一切なかったのだろう。

 これまでルーカス自身が、一番自分を赦せなかっただけなのだ。


 自分が生き残ってしまった罪悪感から、どこかでそのせいにすることで逃げていたところがあったのかもしれない。

 これまで、アランもサマンサも両親も側で見守りつつも、そのことをルーカスに言い続けていたのに、耳をふさいで自分の殻に閉じこもったまま、耳をかそうとはしなかった。


 そして今まさに、セレナにまで背中を押されてしまう始末……。


「しっかりしなさいよ! そうやって、変なところで意気地がないから、アルフレッドに私を攫われちゃうのよ」


 いい加減、情けない顔をしたままのルーカスに、痺れをきらしたセレナは、怪我人だと分かっていながらも、たまらずにバシッとルーカスの背中を叩きながら、どこか吹っ切るようにそう口にした。


「え、おまっ…!? 俺の気持ちに、気がついて……」


 彼女から唐突に、昔の自分の淡い気持ちを、今になって暴露されて慌ててしまった。


 あの頃のルーカスは、セレナに好意を抱いてはいたが、妙に照れくさくて顔を合わせればセレナと言い合いばかり。

 それに、そういう掛け合いもまた楽しくて、今の関係を壊したくないという気持ちもあり、その気持ちを打ち明けることが出来なかったのである。


 けれど、それはセレナも同じだったのだ。

 お互い好意を持っていることは少なからず感じていたとは思うが、確信があったわけではない。

 結局、自分から勇気を出すことは出来ず、ルーカスからの告白をセレナは心のどこかで待っていただけだった。


「何となくだけど……。でも、あなたからちっともそんな話が出ないし、もしかしたら私の勘違いなのかもしれないって思ったら、私も勇気がなくて……。そんな時にね、アルフレッドが面と向かって告白してくれたの」


 亡き夫からの告白は、今でも忘れられない。


「嬉しかった。彼が向けてくれたまっすぐな想いと、その強さが」


 ――セレナが誰を想っているか、知っている……。それでも、今君に自分の気持ちを言わないと後悔すると思った。

 だから、今すぐじゃなくてもいい。少しずつ俺のことも見ていって欲しい。


 そんなふうに言ってくれたのだ。

 それからの彼の猛アピールは、本当に彼以外の人を見る隙もないくらいだった。

 そんな彼のひたむきさと想いの強さに、セレナは惹かれたのだ。


 ――それに比べて、あの頃とそしても今のルーカスときたら……。


 あんな手紙を書いてくれるくらい、ルーカスを心配してくれる人がいるというのに。

 何をまごまごとしているのか……。

 ルーカスのことだ。きっと相手の事だけじゃなく、アランや私や息子のことを、彼なりに思いやり過ぎて、遠回りでもしているのだろう。


 詳しい事情は知らないが、これではアランが歯痒く思う気持ちも大いに理解できる。だから、セレナは一番大事なことを、ルーカスに言い聞かせるように言った。


「ねぇ、ルーカス! 伝えたいことがあるなら、伝えられる時に言わなきゃだめよ……。だめなのよ。それを私達は、一番身に沁みているはずなんじゃなかったの?」


 その台詞は、セレナだからこその重みがあった。


「そう……だね。本当に、そうだった……」


 その言葉に、思わず胸をつまらせたルーカス。しかし、やがてそれを噛みしめるようにゆっくりとそう答えたのだった。


 そして、セレナのどこかすっきりとした笑顔に、ルーカスは知る。

 あれから4年間、彼女は前を向いて精一杯生きてきたのだと。


 それに比べて自分はどうだ……。

 自分だけが幸せになる事も、他の誰かを幸せにする事も赦されないのだと、ずっと勝手にそう思い込んで、逃げていただけだった。


 それを、今ここまでしてようやく自分の弱さを認める事ができたのかもしれない。


「ありがとう、セレナ」


 到底、その一言では伝えきれないくらいの感謝の気持ちでいっぱいだったが、他に言葉が見つからないルーカス。


「心は、決まった?」

「ああ……」


 静かに頷くとルーカスは、あらためてセレナに感謝を伝えた。


「君やアルフレッドに会えて本当に良かった。ありがとう、本当にありがとう」

「私もよ。ルーカス。はぁ……本当に昔から世話が焼けるったら。馬鹿ね」


 つい昔に戻ったようなそんなセレナの態度に、ルーカスはやっとかすかな笑みをその顔に浮かべたのだった。が……。


「その通り! 本当にあんたって子は、このっ! 大馬鹿者っーーー!」


「ば、ばあちゃんっ!? 何でここに……」


 扉を蹴破るような勢いで、そう叫びながら部屋にずかずかと入ってきたのは、祖母のサマンサであった。

 その後ろには、もちろんアランとライアンも控えている……。


 この後、セレナの予言どおり、ルーカスはこってりと絞られることになったのだった。



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