忍び寄る危機 1
ついに、その日を迎えた。
「あ、あの……ルーカスさん! 水が、水が出てきたんですけど……」
ヴィリーが見つけた水脈の候補地で、掘り進めていた作業員の一人が声を上げると、同じくその場にいたルーカスが自分の手を止めて、地面からしみだしていく水の様子をうかがう。
以前にも、水が出たことはあったが結局水脈ではなかったこともあり、作業員達も期待半分、不安半分といった様子で慎重にならざるを得なかった。
しかし、今回は徐々に水量が増えてきているように感じたルーカスは、上にいる者に声を掛けた。
「誰か、ジョージ殿を呼んできてください!」
ルーカスの言葉を聞くやいなや、一人がすっ飛ぶようにジョージのもとへ行き事情を話すと、ジョージもすぐさま駆け付けてくれた。
その増水の様子をしばらく観察していたジョージを、その場の全員が固唾をのみながら見守っていた。
そして、ついに……。
「この水の量と勢いからして……間違いないでしょう。水脈です」
静かにけれど力強く、その場にいた全員に告げた。
一瞬の静寂のあと、歓喜に湧いた。
その場にいた者はもちろん、その報せはすぐさま村にいた者達にも届けられてその喜びたるや……。特に、儀式に参加した大人達そして村の長は、崩れ落ちるようにその場で安堵の涙を流した。
ルーカスもひと時、その喜びに静かに浸っていた。
まだルルの体の不調に対する問題は残っているが、これでやっと彼女と村の関係修復への第一歩になるはずだ。
きっと、今度こそ本当にルルのこの先が、少しずつ明るい未来へ繋がってくれる。
「これからも大変ですが、頑張りましょう」
ルーカスは、そう信じてこれまで以上の尽力を心に誓い、皆にそう声を掛けた。
ここを起点に離れた場所に、同じように縦に掘りそこから横に掘り進めて村の水路へと繋げて行くのだ。ここから先も容易な事ではないが、幾多の騒動を重ねてきた村人達の苦労は、念願の水脈を掘り当てたことで一気に希望への活力と変わり、水路事業は大きく前進することになったのだった。
一方、森のルルにもアランによってその吉報が告げられた。
「ヴィリー、ありがとう」
ルルは真っ先に、ヴィリーに感謝すると尻尾をふりふり、撫でろと言わんばかりに体をこすりつけるので、存分にそうしてやった。
「良かったな、ルル」
「……」
そんな様子をアランも晴れやかな気分で見守りながら、ルルに声を掛けたが返事がなかった。どうしたのか不思議に思っていると、ぎゅっとヴィリーを抱きしめたまま少女の小さな肩がかすかに震えているのに気がついた。
その姿に、アランは胸がしめつけられた。
何も言わず、後ろからヴィリーごとルルを抱きすくめると、あやすように優しく頭をぽんぽんと撫でてやった。
「……これで、もうあんな、ことをする必要はないんですよね?」
「ああ。もうあんな儀式に頼る必要も、誰とも揉める事はないんだ。ルルが心配することは何ひとつない。今まで大変なこともいっぱいあったが、よく頑張ってきたな」
アランの抱擁を拒むことなく大人しくしていたルルは、しばらくしてそうぽつりと聞いてきたので、アランはそう答えながらルルがヴィリーにそうしてあげているように、アランもまたルルを存分に労り、何より森で健気に、懸命に暮らしてきた少女を褒め称えた。
「…とり、じゃ、なかったから」
「ん? どうした?」
「ひとりじゃなかったから……。みんながいてくれたから、だから……」
「ああ、そうだな」
それっきり二人に言葉はなかったが、穏やかな時間がルルとアラン……とヴィリーを優しく包んでくれていた。
◇◆◇
それから、森の暮らしに少し変化が訪れる。
「水脈が発見されたことで、俺もしばらく忙しくなると思う。それから……」
「ごめんねぇ、ルル! 人手が足りないからってアタシまで駆りだされるコトになっちゃってぇ……」
水路事業が一気に前に進むことになり、アランの仕事も慌ただしくなってきており、そのとばっちりがライアンにまで及んできたのだ。
「ふ〜む、困ったねぇ。アタシも買い付けのため王都に戻らなくちゃならなくてねぇ……」
間の悪いことに、サマンサもどうしても王都に帰らなければならない用事が出来てしまい、しばらく日中にルルのそばにいてやる人間がいなくなってしまった。
「わ、私なら、大丈夫です! だから、サマンサ様も安心して王都に戻ってください。道中どうかお気をつけて」
「ルル……。アンタは本当に良い子だね、ありがとうよ」
それに、何も丸一日誰もいなくなるわけじゃない。
その日の仕事が終われば、今まで通り毎日森の家に帰ってきてくれるのだ。
もちろんヴィリーは片時もついていてくれるので心配は何もないが、急にひとりの時間が増えるとなると、やはり寂しいものがある。
「あ、あの……!」
「どうした、ルル?」
仕事に向かうアランとライアンを、ルルはもじもじとしながら呼び止める。
「その……無理はしないで欲しいのですが、も、もし、可能だったらでいいのですが……」
「なぁに? ルル、言いたいことはハッキリ、スッパリと!」
歯切れの悪いルルの背中を、ライアンがドンと押す。
「ひ、ひとりはまだちょっと寂しいので……。なるべく、早くお仕事を終わらせて、帰ってきてくださいね」
「っ!? ……はは! もちろんだ」
「まぁ、可愛いこと言ってくれるじゃない! あっという間に片付けくるからね!」
ルルの珍しく素直なおねだりに、アランは一瞬目を瞠ったあとすぐに破顔した。
そうして、仕事に行く二人を森の入口から見送ると、気をとりなおしてルルもまたヴィリーと一緒に自分の仕事を始めるのだった。
けれど、森全体から感じるほんのわずかな違和感は、いまだ続いていた。
ルルとて気のせいかと思うほどかすかに感じるもので説明がしずらいのだが、いつもはこう……木漏れ日が差し込み始めると、森の息吹があちらこちらからいたずらっ子のように、ルルの感覚をはじくようにくすぐるのだが、意外にもそれが心地良くてルルはそんな感覚を楽しんでいた。
ところが、ここ最近はいつもどおり平穏な空気ではあるのだが、何と言うかやけに大人しいというか、凪いでいるようにも感じる。
ただ……ふいに風がそよぐように、ルルに何かを語りかけてくるような感覚に襲われる。今までとは全く違った森の声に、何となく意志を感じるような気がして、ルルは不思議に思っていたのだった。
けれど、本当に早く帰ってくるかもしれないアランとライアンのために、ルルの思考はすぐに今日の夕飯の献立に切り替わる。
多少の変化はあったものの、今日もそんないつもの1日になるはずだった。




