もうひとつの愛と遠まわりの愛 8
ルーカスはセレナ親子のもとをあとにすると、警備隊本部の資料室へと足を運んだ。
ここのところ、王都に戻ってくる度に通っていたのは親子のところだけではなかった。
別に時間を作っては、ある調べ物もしていたのだ。
正直、どこから何から手を付けて良いのか分からなかった。
とりあえず今は過去の報告書のリストを見て似たような事案がないか探してみたが、ルルの状況についての手がかりは皆無だった。
アランの推察を聞いて正直すとんと腑に落ちてしまったものの、まだ精神的なものから来ている可能性も捨て切れない。
だから最初にその線を当たってみたのだが、アランの話以上にこれと思うような情報は得られなかった。
村の長にも頼んで、伝承にまつわる書物も見せてもらったが儀式そのものについてしか記されていなかった。
他にも何か伝承はないかと聞いてみたが、昔から語り継がれてきたものから、解決の糸口には繋がるようには思えなかったのだが……。
けれど、考えれば考えるほど不思議に思っていた事が、浮き彫りになってくる。
そもそもあの森自体、最初から何もかもおかし過ぎるのだ。それなのに、ルルの家で頻繁に過ごしていた頃は、些細なことのように思えていた。
この際、やはりお伽話の類だろうと何だろうとそれに近い伝承はないか、場所を図書館に変えて、その線から調べてみてもいいのかもしれないと考え始めていた。
そばにいるという選択が、今のルーカスには出来なかった。
でもだからといって、ルルのために何もしてはいけないということではないのだ。
今は自分が出来る精一杯のことをしていく他ない。
相手の望む形で叶えてやることはできないかもしれないが、ルーカスは自分が大事に思うものを、可能な限り大事にしたい。
そうなれるように、変わりたいと思っていた。
◇◆◇
「ルグ……ミール村? ルーカス兄ちゃんが、働いているところか?」
ルーカスとの約束を待ちわびていたある日、母から思いがけぬ行き先を告げられ、思わず笑顔になったがアルフレッドだったが、次の言葉に思わずうつむいてしまった。
「そう。クルトおばさんの容態もほとんど良くなったから、そろそろお家に帰らなきゃいけないの。ここにいられるのは、おばさんが元気になるまでの間だって、最初から話していたでしょう?」
「……うん」
そろそろ自分達の家に帰らなければならない時期を考えていたセレナ。正直、アルフレッドのことを考えると、もう少しと思わなくもなかったが……。
複雑な思いを振り払うように、自分達の家に帰ることに決めた。
けれど、その前にルーカスに会いに行こうと思った。
さすがに会わないまま帰るのは、ルーカスはもちろんアルフレッドには酷に思った。
ルーカスを慕うアルフレッドの気持ちや、その優しさに頼ってしまいそうな自分の気持ちも少なからずある。このまま長引けば、きっと離れがたくなってしまう。
けれど、今なら……今ならまだ大丈夫なはずだ。
アルフレッドは、泣いてしまうかもしれないけれど、今ならきっと最後には笑顔で帰れると思った。
「アルフレッド?」
「……」
よっぽど、寂しく思っているのだろう。当然と言えば当然だ。
アルフレッドは素直に返事をすることを拒むように、眉を寄せ唇をとがらせたまま、だんまりを決め込んでいた。
「ルーカスにはいっぱい、遊んでもらったでしょう。だから、せめてちゃんとありがとうとさよならを言いに行きましょう」
「わかった……」
けれどセレナが再度息子に優しくそう諭すと、しばらくして小さな声でやっとそう答えたのだった。
◇◆◇
今日も、良い天気だとルルは思った。
家の外に出ると、いつものように木漏れ日が差し込んでいた。
けれどここ最近、森の様子にかすかな違和感のようなものも感じていた。
気のせいかとも思うくらい小さな引っ掛かりなのだが、妙に胸がざわざわとするのだ。
首を傾げながらも、薬草の採取を兼ねて森をあちこち見て回ってみた。
すると……。
「ここにも、伸びてきている……」
ルルはふと足を止めて屈みこむと、淡い紫の花を咲かせる植物群を見つけた。
そして、それに迫り今にも花を飲み込もうとする蔦を見つけて、少し難しい顔をして逡巡すると、おもむろに小型のナイフを取り出した。
「ごめんね。このままだと、このお花が枯れちゃうから……」
そう言って、ルルは蔦の先端の一部分を切り取った。
むやみに刈り取りたくはなかったが、実は花を咲かせている植物はまだ栽培が難しく自分では増やせない種類の薬草だったので、このまま蔦に覆われてしまうと、陽が当たらなくなって枯れてしまう恐れがあった。
そうして、ヴィリーと一緒に少しずつ森の奥へと進むうちに、また同じような光景を目にする。
手を加えることに思うところはあるが、ルルがお目当てにしている植物が自生しているところは、やむえず影響しない程度に刈り取ることにしていた。
そういえば、前にルーカスとアランがこれに足を取られて転びそうになっていたことがあったなと、ふとその時の光景を思い出して笑みを浮かべたルル。しかし、次の瞬間胸がぎゅっと苦しくなった。
また、無意識に思い出してしまっていた……。
けれど、そんなルルを心配するようにヴィリーが、そっと寄り添う。おひさまの匂いがするそのふわふわに、ルルはためらうことなく抱きついた。
ぐりぐりとヴィリーの体に頭を擦り付け、撫でまくる。
それが今のルルにとって、一番効果的な心の和ませ方だった。そうすることで、ルルは静かに楽しかった記憶に、思いを馳せることが出来るのだ。
でも……。
「……ヴィリー、ちょっぴり泣いたのは、みんなには内緒だよ」
ぽつりとそうこぼすと、最後にもう一度ぎゅっと力強く抱擁したルルは、勢い良く立ち上がり、ヴィリーに声を掛けた。
「さっ、帰ろっか! 今日はライアン様がお昼作ってくれるんだって、楽しみだね」
意識的にほんの少し弾ませた声でふんわりと笑う少女に、ヴィリーもいつもより尻尾を大きく振って応えるのだった。
そうして、それぞれの日々を送るなか、ついにその時がおとずれたのだった。




