もうひとつの愛と遠まわりの愛 6
それから、ルルはルーカスの話題を出さなくなった。
だからと言って、心の奥底にルーカスを無理やり閉じ込めたりすることもしなかった。
何かにつけて否応なく彼を思い出してしまう……。それでどうしようもなく寂しくなってしまう時もある。
けれど、その度に手紙に書かれていた言葉を自分なりに反芻しながら、込み上げてくる気持ちを、ゆっくり時間をかけてひとつひとつ認めながら、落ち着かせる努力をしていた。
相手のために何が出来るか考えることはとても大切なことだと思うし、そうしてあげることが必要な時も確かにある。
けれど、相手のためだからといって、自分を犠牲にして何でもかんでもしてあげることだけが、大事にするということではないのだろう。
相手が大事に思ってくれているのなら、その自分自身も大切にしていかないと……ルーカスの言いたかったことは、そういうことなのだろうと思った。
それに、ひとりでも生きていけるようにとは、何もひとりぼっちで生きていかなければならいということではない。
今ルルの周りにはヴィリーだけではなく、アランやライアン、サマンサがそばにいてくれるおかげで、沈みそうになる心を、その賑やかな生活が度々すくい上げてくれていた。
それは彼等なりに、ルルを思いやって過ごしてくれているからこそもたらされたかけがえのない時間であり、そんな彼等にルルも今自分に出来る範囲のことで応えたいと思った。
そして、水脈探索や無断で王都へ行ったりして留守にしていた分を取り戻そうと、薬草の勉強に一層励んだ。
もっともっと勉強して、ひとりでも多くの人のためになる薬を作りたい。
直接は会えなくたって自分がそうやっていれば、頑張っているんだという事が伝わるかもしれないし、元気でやっていると知ってもらえればとも思った。
そして、そんなルルにアランもまたしっかりと自分の仕事をしつつ、寄り添っていた。
最初は、彼女がまた一人で飛び出さないか、見張ると言うと聞こえは悪いが、解決策がない今出来ることと言えば側にいてやることだけだと思い、一緒に過ごす時間を増やそうとも思った。
しかし、ルルのそんな姿勢を見て考えを改め、今では仕事で忙しい時には素直にライアンやサマンサにルルを託すようになった。
そんな皆で過ごす日々は、ルルに新たな刺激も与えてくれた。
「ルルは、王宮薬師の称号試験を受けないのかい?」
「試験ですか?」
ある時、サマンサからふとそんな話を振られてルルは、首を傾げた。
「おや? ルルは知らないのかい」
「はい……。その試験って、薬師にとって必須なんですか?」
「いや、その称号がなければ仕事が出来ないという訳ではないから、安心おし」
今まで独学で薬を作ってきたので何か届けがいるのかどうか、そういうことには疎かったので不安になったルルだったが、サマンサの話にひとまずホッとした。
「そりゃ宮廷薬師になりたいなら、この試験を突破しないといけないけれど、王宮に興味のない薬師達には、あまり関係ないかも知れないね。ただ、受かれば称号……要は合格証がもらえるんだよ。地方の薬師にとっては、それを持つことで信用も得やすいし、泊がつくみたいなもんだったりするんだよ」
「なるほど……」
「まあ、お金も掛かるから、試験を受けられない薬師もいっぱいいるけど、研究とかしている場合は、そこで発表して認められれば費用の補助とかも出たりするんだよ。試験を受ける受けないは別として、興味あるなら勉強してみるかい?」
「はい!」
「良い返事だ。じゃあ、今度店に戻った時、過去の問題集とか持ってきてあげようじゃないか。そうだねぇ、家庭教師はライアンにお願いしようかね」
そんなふうに、また新たに出来ることが見つかって、少し嬉しく思うルルだった。
また、ある日はこんなやりとりもあった。
夕食を作るルルを、アランが手伝っていた。
これまで後片付けなどを手伝ってもらったことはあるが、料理となるといささか心配ではあったが、ルルが最初に簡単に説明すると、意外にも言われた通りに次々とこなして器用さを見せたアラン。
「わぁ! 凄いです。もしかしてアラン様は、お料理が得意なんですか?」
「実はだな……」
「うふふ、アタシのアランは凄いでしょ! 見直した?」
ルルの声の感触から、ここはアピールどころだと口を開いたアランだったが、ルルのもう片側で同様に手伝いをしていたライアンによってかき消されてしまった。
「すごく上手なので、私の方が何だか恥ずかしくなっちゃいます」
せっかくの機会をライアンに邪魔されて一瞬むっとしたが、そんなふうに素直に褒めてくれたことで途端に機嫌を良くするアラン。
ここでライアンとつまらない口ゲンカをしたところで、ルルを困らせるだけだ。と気を取り直して再度、口を開きかけたのだが。
「そんなことは……」
「ただねぇ、言われたことに対してはすごくパーフェクトなんだけど、自分から何かしようとしたらどこか残念なのよ〜! でも、アタシにはそこもアランの可愛いところだと思うのよ!」
「……」
ルルとの会話にことごとく割って入るライアン。何となく自分とルルの仲を応援してくれているような雰囲気を感じる時もあるので、わざとではないと信じたい……。
「でもねぇ……」
「でも?」
しかし、意気揚々としゃべっていたと思えば、ふと目を伏せて、少し憂いを帯びた表情をしたライアンを不思議に思ったルルが聞き返してみると、とんでもない言葉が飛び出てきた。
「でも、アタシじゃ、アランの子どもを産んであげられないのよっ!」
「ぶっ……!!!」
これまで何とか静観していたアランだったが、ライアンの発言で一気に我慢の限界を突破してしまった。
「ねぇ、ルルはアランが嫌いってわけじゃないんでしょう?」
「おまっ……! 一体何を言い出すんだ!?」
しかし、何やら変なスイッチが入ってしまったのか、ライアンはやや真面目な顔をしながら、アランの告白以来あまり深く触れてこなかった話題に切り込む。
「は、はい! アラン様はすごく優しい人だと思います。だから、そんな……嫌いとかそういうことはありません」
微妙な問題でもあるので答えにくかろうとルルを心配したが、恥ずかしそうにしながらもすぐにそう返答してくれたルルに、アランの胸がほんわか温かくなったのも束の間……。
「いや、だからね。こうやって一緒に賑やかな時間を過ごしていると、家庭っていいなと思って。だけど、アタシは子ども産めないから、一層のことルルに子どもを産んでもらって、みんなで子育てしながら暮らす未来もありかなって、想像しちゃって〜!」
「はぁ……。何を言い出すかと思えば。俺は、そんな特殊な家庭じゃなくて、普通にルルと二人で子育てしたい」
ライアンのとんでも未来像に、アランが珍しく至極まっとうに答えた。
そう、言っていることは何らおかしくはないのだが……。
「あぁん! つれないこと言わないでよ。いいじゃない。だって、ルルはひとりじゃそういう場合になったら、きっと大変だと思うの! だからアタシが第2の母親ということで何かと手伝ってあげられたら、ルルも心強いでしょ?」
母にはなれないが、母性には溢れているライアン。
未来については、まだなにひとつ想像できない……することを避けてもいるが、ライアンが家庭というものに憧れる気持ちは、両親を亡くしているルルにもよく分かる。
だから、そんなふうに言ってくれたライアンのその気持ちは素直に嬉しく思った。
正直、母親のイメージとは何か感じが違うし、父親かと聞かれればもっと違う。
ロッティのような親友だと言えなくもないが、一緒に暮らしている今はもっと近しい存在にも感じるライアンは、一人っ子のルルにとって、どこか姉のようにも思い始めていたのだった。