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もうひとつの愛と遠まわりの愛 4



 ルーカスからの手紙。


 ライアンから差し出されたそれに、ルルは思わず飛びついてしまいそうになった。

 けれど、伸ばしかけた手は途中で引っ込められてしまった。


 ルーカスが今何を思っているのか、知りたいという気持ちはもちろんある。

 けれど、同時にそれを知ってしまえば、ルルが望んでいないような答えまで出てしまうような気がして、すごく怖かったのだ。


「無理に、今すぐ読む必要はないのよ」


 そんなルルに、ライアンは優しく語りかけた。


 知らずにいれば、このまま淡い期待を抱き続けられるのだろうか。


 でも、そんなことをしてしまえば、これまで少しずつ前向きになろうと頑張って、一歩踏み出してきた自分を否定してしまうことになるような気がした。


 ルルはその手紙をそっと受け取ると、ひとつ深呼吸をしたあと、その文章に目を走らせた。


 そこには、ルーカスがアランに語ったことと同じような事が書かれてあった。

 ルルのおかげで心が救われたこと、ルルが会いに来てくれたからこそもたらされた奇跡の再会のこと、だからこそ自分も向き合おうと思わされたこと。


 そして、人はすがれば弱くなること、それ故にお互いのためを思った行為が逆に傷つけ合ってしまうこと、ひとりでも生きていく強さが、守ることに繋がるのではないかということ。


「私……間違えてしまったのですね」


 手紙を読み終わるとルルは呆然としたように、ぽつりとそう呟いた。


「何が正しかったなんて、誰にも分からないわ」


 そんなルルを、ライアンの言葉が優しく包み込む。


「私、ルーカス様のためにって……。でも本当は、全部自分の気持ちばっかり優先させて、私が傷つくことで、他の誰かをこんなにも悲しくさせるなんて……」


 かつてのルルならおぼろげながらにも、分かっていたはずなのに……。

 でも、両親がいなくなって、ひとりぼっちになってしまったルル。

 儀式の贄に選ばれて死を請われ、助かったと思った矢先に儀式の失敗を責められて、村を追われるように森へ逃げて……。


 決して投げやりになっていたわけでもないけれど、どこか「自分なんか」という思いが、自分を大切にするという本当の意味を、薄れさせてしまっていたのかもしれない。


「私……ルーカス様を、とても傷つけてしまったのですね……」


 自分の代わりに親友が……そんな思いに苛まれていたルーカスに、ルルがとった行動がどんなに彼を傷つけたのだろう。

 水脈調査を初める前、この森の家でルーカスがルルに言ったあの約束の重みを、その時の自分は正確に把握できていなかったのかもしれない。


 自分が倒れたり怪我をすることで、誰かを心配させてしまう、深く傷つけてしまうということ、孤独な森の生活で忘れかけていたことを、今回の事で思い知らされた。


「そうねぇ。でもね、ルーカスを救ったのもあなたなのよ、ルル。この4年間、誰も出来なかったことを……あなただけがしてあげられたのよ。ルルは彼に出来る精一杯のことをしたわ」


「ライアン様……わ、私……」


「どうすればいいかなんて、今すぐ答えを出す必要はないわ。ルルが今出来ることは、思いっきり泣くだけよ」


 今そばにいてくれているのが、ライアンでよかった。

 きっと、アランやサマンサでは、どこかためらってしまっていたのかもしれない。けれど、今のルルはなんの躊躇もせずにライアンの胸に飛び込んで、泣くことが出来た。


 ルーカスの手紙に書かれていた、お互い今のままではきっとまた傷つけ合うということは、何となく分かる。

 今のルルには、後悔とともにちゃんとその意味が伝わっていた。


 頭ではちゃんと理解できていた……。

 けれど、それでも心はまだついていけなかった。

 どうしようもなく、寂しかった。


「誰かを守ることで、必要だって……言って欲しかった」


 あの儀式のことで皆からいらないと言われたような気がして、ルルは心のどこかで誰かに必要とされるために、何かをしなければいけないような気持ちが、変に強くなってしまっていたのかもしれない。


「ばかねぇ。じゃあ、アタシがルルを守らなきゃ一緒にいられないからって、危険な事をしたらどう思う? そうしないと、そばにいられないって」


「そんなこと……しなくても、一緒にいたいって、思います。危ない事なんてして欲しくない」


「でしょ?」 


 泣きはらしているルルの様子を見ながら、ライアンはぽつりぽつりとルルと語り合う。そうすることで、どこかルーカスのことばかりでいっぱいだったルルは、やっと自分の行動を振り返ることができるようになった気がした。


「ルル、誰かを深く愛することは、とても素敵なことよ。でも、だからって、ルルの世界はルーカスだけがすべてじゃないってことを忘れないでね」


「……ルーカス様、だけじゃない?」


「ええ。ルルには薬師という立派な仕事があって、森の生活があって、あんなに頼もしい相棒(ヴィリー)がいて、アランがいて、アタシがいて……まぁ、その他いろいろね。そいうのが全部あっての、今のルルなのよ」


 ライアンのその言葉に、ルルはルーカスに森で再会する前の生活を思い起こす。

 確かに森でひとりになったと思い込んでいたけれど、いつもそばにはヴィリーがいてくれた。そして村の長やロッティやニコルがいてくれたから、こうやって森の生活や仕事が続けてこれたのだ。


 続けてこれたからこそ、新たな出会いにも繋がったのだ。

 それもルルにとっては、大切な日々だったはずだ。


 あの時ルーカスを守れたら、ルーカスの気持ちを救えたら、それだけしか考えていなかったし、周りのことは置き去りにしていた。


 けれど、ルルは一歩間違えていたら、それらをすべて投げ打ってしまうことになっていたのかもしれないのだ。そうなっていたら、ルルは今度こそ本当に取り返しがつかないほどの心の傷を、ルーカスに残してしまっていたのかもしれない。


 ルルは、ライアンの言葉で、徐々にその意味を心に落とし込められるような気がした。


 今ここにルーカスがいないことが、ルルはとても寂しい。

 けれど、いつの間にかその寂しさを、一緒に受け止めてくれる人が増えていた。


 一番支えられていたと思えるのは、ルーカスかもしれない。

 けれど、決してルーカスただ一人だけということではないのだ。


 これから、どうしていくべきか今はまだ答えは見えないままだけれど、でも、今度はそのことを忘れずに考えていければいいなと、ルルはやっとそう思うことができたのだった。



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