もうひとつの愛と遠まわりの愛 2
「もうぉ! びっくりしたわよ。森で暮らしているって聞いたけれど、まさかここまで険しいなんて! この子が迎えに来てくれなかったら、辿り着けなかったわよ。本当に賢い子ねぇ。うふふ、可愛い」
どうやって森の家まで……という疑問を投げかける前に、ライアンはルルの寝室の扉を開けるやいなや、勝手に答えてくれた。
なんとライアンは、以前ルルから話は聞いてはいたが、初対面であろうオオカミのヴィリーを目の当たりにしても動じることなく付いてきて、難なく森の家まで辿り着き、しかも可愛いと称し、何の躊躇もなくなでくり回し始めたのだ。
そんなライアンの言動に呆気にとられながらも、ルルは目を覚ましてからルーカスのことばかりで、ヴィリーの姿が見えなかったことに、今のいままで気がつけないでいたことを申し訳なく思った。
こんな自分のために、それでもヴィリーは健気に森の侵入者の警戒にあたり、ライアンという人間を見極めると、ここまで案内してきてくれたのだ。
「ごめんね、ヴィリー。私、わがままばかりで……。それなのにヴィリーはいつだって私のために……」
最初はヴィリーもまんざらでもない様子で、ライアンに可愛がられるままになっていたが、ルルがそう声を掛けると、ふいっとライアンから離れ主の元へと駆け寄った。
最近の自分はわがままばかり押し通して、どれだけヴィリーに心配をかけて、甘えてきたのだろう……。
それなのに、拗ねた様子も見せずに名前を呼べば素直に駆け寄ってくれたその姿に、ルルはたまらなくなってぎゅっとモフモフの体を抱きしめると、ヴィリーもまた主の無事を存分に確かめるように、ぐりぐりと頭を擦り付けたのだった。
「ヴィリー。ライアン様をここまで連れて来てくれて、ありがとう。ライアン様も、王都で助けてくれただけでなく、こんなところまで……」
アランからライアンが介抱してくれたことを聞いていたが、倒れる寸前にかけられたライアンの声はルルにも届いていた。それに心のどこかで安堵を感じて、意識を手離せたのかもしれない。
「ダメじゃない! ルル! 無茶ばかりして……。倒れたあなたを見た時、本当に心臓が止まるかと思ったんだからね!」
「ご、ごめんなさい……」
目覚めたばかりの人物にも容赦のないライアンの言葉、けれど叱ってくれたことでルルは今回の行動に対して忘れていた謝罪の言葉を、やっと口にすることが出来たのだった。
「でも、目が覚めて、本当に良かったわ」
「ライアン様……」
叱ってくれたあとのライアンの優しい言葉が、ルルの胸をじんわり温かくする。
そんな時だった。
「これ、ライアン! あんたの話はそれくらいにして、そろそろアタシを中に入れとくれ。でかい図体して入口を塞いどるから、ちっともルルの顔が見えないじゃないかい!」
ふいにライアンの体の影からそんな声が聞こえてきて、うっかり連れがいたことを忘れていたライアンは思い出したように、ルルに紹介した。
「あぁ……そうだったわ。実はねルル、今日ここに来たのアタシだけじゃないのよ」
その大きな体で遮られていた意外な人物の姿に、ルルはこれまたびっくりしてしまった。
「サマンサ様……」
「おお……ルル、久しぶりだね。倒れたと聞いて心配しとったが、目が覚めたようで良かったよ」
「どうして……」
言葉に詰まっている様子のルルに、サマンサは申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、優しく語りかけた。
「ルル、すまなかったね。だいたいの事情は……聞いたよ」
「っ……!」
サマンサは多くを語らず、あえて誰から事情を聞いたとも言わなかったが、ルルには伝わっていた。
「それなのに、さっきの言葉を聞いてアタシは……。そこまで想ってくれて、ありがとう。本当に、ありがとう」
「そんな、私なんか何も……」
心からの感謝の言葉に、ルルは胸がいっぱいになった。
正直、眠っている間の出来事をまだ知らないルルは、彼に何をしてやれたのか、お酒をやめることが出来たのだろうか、少しは楽になってくれたのだろうか、そうであって欲しいという思いはあっても、実際どうなったのかは分からない状態だった。
けれど、今まで胸の内を誰にも言えなかったという彼が、少なくともサマンサに何らかの話をし、それを聞いたサマンサがわざわざ森まで来てくれたのかもしれないと思うと、あの夜の自分が少しは彼の助けになれたのかもしれないと、そんなふうに考えることが出来た。
そんなルルとサマンサの邪魔をするつもりはなかったが、不意にアランはサマンサの言葉が気になって口を挟んでしまった。
「おい……。まさか、お前らさっきの話を聞いていたのか?」
「あぁん! 痺れるぐらい格好良かったわよ、アラン! でも、弱っている時につけ込むのは、そりゃあね、有効な手段かもしれないけれど……。だめよ! そういうのって長続きしないわよ」
全く悪びれた様子もなく、しれっと立ち聞きを白状しながら、そんなことをのたまうライアンに、でもアランは怒るよりもはっきりとこう宣言したのだった。
「ルルの今の気持ちは十分理解している。けれど、諦めるつもりは毛頭ない。逆に嬉しかったんだ。ルルが他の誰でもなく、俺を俺として見てくれようとしたことが」
「アラン様……」
「そうね。まぁ……今の誰かさんよりは、これくらい強引なタイプの方が、ルルにはいいんじゃない?」
そんなアランをいつもの調子とは違い、素直に認めたライアン。続いてサマンサまでもがそれに同調するような発言をしたのだ。
「そうだねぇ。以前はどうあれ、今はルルに一途なようじゃし、今の……よりはよっぽど見込みはありそうだね」
そしてなんと、普段から命懸けで遊び相手をしてやっていた努力が実ったのか、ルルが絶大な信頼を置くヴィリーまでもが、アランに擦り寄るとその尻尾でぽんぽんと叩いた。
その仕草が、まるで「こいつは、大丈夫だ!」とルルに訴えかけているのではないか、というような気がしたアラン。
二人と一頭からの予期せぬ援護射撃に、アランは驚きながらも思わぬチャンスを歓迎していたが、次の瞬間。
「じゃあ、そういう事で、しばらく厄介になろうかね」
「は?」
サマンサの言葉に、唖然とする。
そういう事とは、一体どういう事だろうか。
「あ、大丈夫よ。警備隊の簡易用のベッドも三人分持ってきたから」
「は? ライアンお前も?」
「当たり前じゃない」
用意周到過ぎるライアンにも思わず声をあげると、何言ってるのとでも言いたげな表情で返された。
「いや、これからルルとの距離を縮めるチャンスなのに、お前らは邪魔でしかないのだが……」
「やだぁ、さっきも言ったじゃないアラン! 聞いてなかったの? 女の子が弱っている時にそんなのだめよ。だって、流されたあとでルルが傷つく姿なんて、アタシ見たくないもの」
そんな、今のルルに対して決して無理強いをするような行動は、全く考えていなかったのだが……。でも、確かにこのままふたりっきりというのも、ルルにとっては気まずかろう。
大人の余裕を見せようとしたアランだったが、サマンサが追い打ちをかける。
「そう。誰かさんよりは見込みがあると言っただけで、アランが良いといったわけじゃないよ。ルルには幸せになってもらいたいからね。見所のある男性の肖像画を持ってきたから、この機会に見てもらおうじゃないか」
突然現れて、一世一代の告白を盗み聞きして、勝手なことをやいのやいのと言い始めた二人に対して、アランはわなわなと怒りに震えた。
「お前らなぁ……!」
どうやら二人はアランの味方ではなく、ルルの味方だった。




