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選ばれた少女 1




 16歳になったルグミール村のルル。


 その日、注文の薬を届けに行く途中、ロッティの弟のニコルが友達と元気に遊んでいるのを見かけたので、声を掛けた。


「ニコル! 風邪はもういいの?」


「はあ? 風邪なんて引いてねえし」


 ルルに対して、何ともぶっきらぼうに答えるニコル。

 ついこの間まで、とびきりの甘えん坊でルルにもよく(なつ)いていたはずなのに、10歳にもなるとお年頃なのか、このところ話し掛けてもいつもこの調子だ。


「あら、でもロッティが、ニコルが風邪を引いて、私の作る(あめ)薬じゃないと口にしないからって、この前買いに来たわよ」


「うっ……姉ちゃん余計な事を……。ふ……ふん! クソ苦い薬よりかは、お前の作るアメ玉の方がマシってだけだよ」


「アメ玉じゃなくて、ちゃんとしたお薬よ。ふふっ、でもニコルが苦いのは嫌だって騒ぐから、あの飴薬は嫌がらずにちゃんと口にできるように、私が一生懸命ニコルのために作ったのよ」


 今までの風邪薬は苦く、村の子ども達は嫌がって駄々(だだ)をこねたり、飲んだふりをしてこっそり捨てたりして大変だという話を聞いたルルは、子どもでも口にしやすいような風邪薬を試行錯誤(しこうさくご)の末、完成させた。


 従来の風邪薬よりは解熱効果は高くはなかったが、子どもには普段からあまり強い薬は体に負担もかかるし、風邪の引きはじめや(せき)(のど)の痛みにはこの飴薬で充分役に立っていたのだ。


 その上、甘いものだからルルの飴薬は、村の子どもたちはもちろん、苦いのが嫌いな大人達もこっそり買いに来たりして、好評だった。


「あれを作るのにすっごく苦労したけど、これもニコルのおかげかもね」


 自分の憎まれ口に対して、ルルがそんなふうに言うものだから、途端にニコルの顔が赤くなる。

 しかし、そんなニコルの様子に、ルルはおもむろに彼の前髪をかきあげると、自分のおでこをコツンとあてた。

 ルルのそんな仕草に、さらに顔に赤みがさしていくニコル。


「う〜ん、熱はないみたいだけど……。何だかほっぺが赤くなったから、風邪がぶり返したのかしら……」


「ち、違っ! これは、お前が……!」


 口をパクパクさせながらあわてた様子のニコルに、ルルは特に気にする様子もなく、さらにもう一度確かめようとニコルに近づこうとした時、後ろから声をかけられた。


「ルル? あっ、こらニコル! 店も手伝わずにどこほっつき歩いてたの?」


「げっ、姉ちゃん。イテテ……」


「頭ごなしに怒っちゃだめよ、ロッティ。ニコルちょっと顔が赤いし、まだ完全に風邪が治ってないかもしれないわ」


 耳を引っ張りながらお説教をはじめようとしたロッティに、ルルがそう言うと、彼女はきょとんとしながらも、弟の顔をまじまじと見た後、何やらニヤニヤと含み笑いをしはじめた。


「はは〜ん、ニコルあんた……」


「うっせぇ、ブス姉ちゃん」


「何ですってぇ!」


 からかうような姉の言葉を(さえぎ)るために、わざと怒らせるような事を言うと案の定、ロッティは話を断ち切ってニコルの耳をさらに引っ張りあげたのだった。


「もう、姉弟ゲンカはストップ! ほら、ロッティも用事があるんじゃないの?」


 ルルがあわてて、止めに入る。


「あ、いっけない。ロベルトと約束してたのに、遅れちゃう」


 ルルの言葉に当初の目的を思い出したロッティは、急に乙女の顔になる。

 ロベルトというのはロッティの恋人で、すでに二人は近々結婚する約束を交していた。


 惚気話をよく聞かされたりもするけれど、親友の幸せそうな顔を見ると、ルルも自分の事のように嬉しくなる。

 早くに両親が亡くなった事もあり、家族に対する憧れがあるのかもしれない。


 姉から解放されてやれやれといった感じのニコルだったが、姉の姿が完全に見えなくなると、急にニヤリと笑ってルルにこんな事を言った。


「ったく、ロベルトには感謝しても、し足りないぜ。あんな怖い姉ちゃんを、わざわざ嫁にもらってくれるんだから」


「そんな事言って、ニコルったら! またロッティに怒られても知らないわよ」


 相変わらずの憎まれ口に思わず苦笑いしてしまう。

 本当は、仲の良い姉弟だから姉が嫁ぐのを、寂しく思っているのだが、強がることで誤魔化しているだけだという事をルルは知っていた。

 でも、それもまた彼の成長の証なのかもしれない。


「な、なぁ、その……ルルはどうなんだよ?」


「ん? 何が?」


 ふいに、ニコルから問われたが、何の事を聞かれたのか分からないルルが聞き返すと、彼はまたちょっと顔を赤らめながら口を開いた。


「……お、お前は、こ、恋人とかいねーのかよ」


「私? いないよ!」


「ふ、ふ〜ん……! 即答かよ!」


「しょうがないじゃない。本当の事なんだから。そりゃ、ロッティの幸せそうな顔を見てると、良いなって思うよ。けど、薬師としてはまだまだだし、今は仕事と勉強が一番で、とてもそんな暇ないわ」


「色気のない奴だな、い、行き遅れても知らねーからな! ……でも、まぁ、そうなったら、仕方ないから……俺が、よ、めに貰って……」


 ニコルが何か言いかけていたが、ルルはふと地面に出来た自分の影を見てハッとして、大きな声を上げた。


「あ! もう太陽があんな位置に、私この薬届けに行かなきゃ……って、ごめんニコル。今なにか言いかけてたよね?」


「な、な、何でもないよ。それより、俺が手伝ってやってもいいぞ?」


「だめよ、お店の方の手伝いがあるんでしょ?」


 肝心なところで話が遮られてもめげずに、勇気を出して手伝いを申し出たニコルだったが、それに気づかないルルにすぐに断られてしまった。


「あ、そうだ。今夜、バスケット返しに行くって、おばさんに伝えといて」


「今夜? 夜は母ちゃんも父ちゃんもいないよ」


「そうなの?」


「うん、ほら今年、雨期に入っても雨降ってないだろ? 最近ずっと食堂は早仕舞いして、夜になると村の長の所に集まって、何か話し合っているみたいなんだ」


「そっか……。井戸の水の量もここ最近、ぐっと減っているものね……」


「そんな顔すんなよ。大人達でなんか考えてるらしいから、大丈夫だって」


 ニコルがそう言ってニカッと笑ってくれたおかげで、沈みかけたルルの心はほんの少し軽くなった気がした。


 けれど、ニコルが思っているより村の状態は深刻だった。


 ロクに作物は育たず、蓄えも底をつき、かろうじて井戸はまだ枯れていないが、飲水以外に回せる余裕もなく、それもいつまでも保つか分らないという状態まで来ていたのだった。




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