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さよならの向こう側 8



 アランがどれほどの思いをルルに抱いているのかを、思い知らされた。


 叶うのならば自分こそがルルのそばにいたいと願っているはずなのに、それでも自分ではなくルーカスに託そうとする、アランの気持ちに魂が揺さぶられた。


 4年前の親友の死から、ルーカスはひとり過去に取り残されたまま、ただ周りの時間が過ぎていっただけのように感じていた。それが、昨日ルルが会いに来てくれたことで、どこか止まっていたルーカスの時間の歯車が動き始めたようにも思えた。


 正直、目まぐるしく押し寄せてくる展開に、ルーカスとてまだ追いつくことが出来ないでいた。

 けれど、目を閉じてルーカスは今一度振り返ってみた。

 ルルの告白が、奇跡のような再会が、そして今のアランの言葉が……ルーカスの胸に次々と去来した。

 そうやって最初は揺らぎ戸惑っていた気持ちだったが、しばらくして徐々にではあるが、ある方向性をルーカス自身が示そうとしていた。


 それは、とても自分本位な考えであった。

 きっと、とても傷つけることになるのだろう……。けれど、決して早まって出したものでもなかったのだ。



 自分だって、他の誰よりもルルのそばにいられたら……と思った。

 心の底から、そうしたいと思っていた。


 けれど、ルーカスは出会ってしまったのだ。

 亡き親友が遺してくれた忘れ形見に……。


 だからこそ、過去に背を向けたままの今の自分が、アランが何よりも大事に想っているルルの手を取ることは出来なかった。


 ルルをこんな目に合わせてしまったのは、自分の心の弱さのせいだ。

 いま手をとったとしても、きっとまた……。


「今、俺がそばにいてやることは、出来ない……」


「お前っ! このごに及んで、まだ逃げ続け……」


「違うんだ。そうじゃない。もう……逃げ続けるのはやめると、誓う。だからこそなんだ」


 アランは理解出来なかった。

 逃げ続けるのはやめるとルーカスははっきりと言った。それは、ルルに向き合う覚悟をしたということではないのか。


 まだ何かぐだぐだと悩んでいるのか、一瞬まさか自分に遠慮しているのかとも思ったが、いつの間にかどこか決意を秘めたような表情に変化していたルーカスに、アランは思わず焦ってしまった。 


「……何、言ってんのか、わんねーよ。何だよ、それ……全然わかんねーよ! さっきちゃんと説明しただろ。今のルルの状況分かってて、本気でそう言ってんのか?」


「さっき、セレナに会ったんだ」


「セレナ? こんな時に、他の女の名前なんか出して、どういうつもりだよ……! セレナって誰だよ……。っ! ……おい、まさかあの、セレナか?」


「……ああ」


 アランは突然降って湧いた名前に一瞬凄まじいほどの怒りを覚えたが、すぐさまある人物に思い当たると息をのんだ。


「4歳になる子供がいた。目元がアイツにそっくりだった……」


「まさか、そんな……。でも、だからって……」


 ルーカスから知らされた驚愕の真実に、アランの怒りも急激に萎んでいく。

 しばし呆然となると、いつの間にか掴んでいた胸ぐらの手から力が抜け、ずるりと滑り落ちた。


「セレナが一人で育てている」


「それは、どういう事だ? セレナに会ったからって、今は……。まさか、お前アイツの代わりになろうなんて……」


 先程からものすごい勢いで、暴れまわる思考を何とか押しとどめながら、アランはルーカスの引き止めに努めた。


「そうじゃない、そんなこと今さら……。ただ、このまま二人を放おってルルのそばにいることは出来ない。アルフレッドは俺のせいで……」


「まだ、そんなこと言ってるのかよ……。何が逃げ続けるのはやめただ? 結局、それじゃあ過去に縛られたままと同じことなんじゃないのか?」


 ルーカスの気持ちが分からない、アランではなかった。

 小さい頃からの腐れ縁だ。何だかんだとルーカスの一番近くにいたのは、アランだったのだ。友人の死にルーカスがどんなに苦しんでいるのかも見てきた。


 だからといって、いつまでそうしているつもりなのか……。

 自分一人だけ倍の不幸を背負ったような顔をしているが、そんなルーカスを心配している周りが、どんな歯痒い思いをしながらも静かに見守ってきたのか……。


「今回のセレナとの再会が、お前にとってどれほどの事なのか、俺にだって分かる。だが、それでもあんなにお前を慕っているルルこそ、これからのお前にとってかけがえのない存在なんじゃないのか!?」


 ルーカスを想ってたった一人で王都まで来たルルを思うと、納得などしたくない。


「ルルちゃんが会いに来てくれたからなんだ。昨夜彼女に会えたから、今朝俺はアルフレッドの息子と巡り合うことが出来た。ルルちゃんが俺の心を救い上げてくれたから、今度こそ向き合おうと思えたんだ」


 セレナに対して自分の思いは、自己満足にうつっているかもしれない。

 けれど決して、自分の贖罪の気持ちばかりを押し付けて、困らせたいわけではない。

 俺が、あの親子にとって何かしてやれることがあるのか、それともないのかセレナとアルフレッドに向き合いながら探したいと思った。


「その答えが見つからないままの俺が、今ルルちゃんのそばにいたとしても、きっとその先でだめになる。それじゃ、だめなんだ」


 今、セレナとアルフレッドに背を向けて、重いしこりを抱えた弱い心のままでは、ただルルの優しさに縋ってしまいそうになる。

 人にすがれば弱くなる。だからこそ、誰かに救ってもらうのをただ暗闇の中で待ってしまうような自分では、誰かを支えることは出来ないのだ。


「愛してる、と言ってくれたんだ……」


「っ!」


「あんなに情けない姿を晒したにも関わらず、こんな俺を……ルルは愛してると……。生きていてくれて良かったと、自分と巡り会ってくれてありがとうと……」


 ルルが愛しているの言葉を告げたことに、ルーカスが初めてルルと呼んだことに、アランの胸が痛んだ。


「愛してくれたルルに、恥じないような自分になりたいと思った。アランの言う通り、俺にとってかけがえのない存在だ。だからこそ、これからの事を考えようと思えたんだ。きっとそうやって生きて欲しいと思ってくれたからこそ……」


 この先ルルとの道が別れることになったとしても、たとえそばにいられなくてもルルの与えてくれた「愛」が、ルーカスの中にちゃんとある。それにすがるのではなく支えとすることで、今より強くなれるような気がした。

 自分ひとりでも生きて行けるようになれば、きっとそれが本当の意味で「守る」ことに繋がるのではないかと信じたい。


 そして、ルルにもまたそうなって欲しいと思う。

 そのひたむきな想いに、ルーカスは救われた。けれど大切に思う気持ちが強すぎて時にルルは、自身を顧みない行動をとってしまう。


 もちろん、そうさせてしまった自分が悪い。でも、相手が大切に思っている自分を、自分自身が守ろうとしないかぎり、これからも繰り返し傷つき合ってしまうことになるのかもしれない。


「そんなの、お前の勝手な言い分で、ルルが一番辛い時に、お前、そんな……」


「そばにいられないからといって、彼女を大事に思う気持ちは変わらない。ルルの身体のことは俺も出来る限りで解決策を探したいと思っている」


「そんなの、勝手過ぎるだろ?」


「ああ……」


 返す言葉もなかった。

 本当に、自分勝手な理屈だ。


「じゃあ何だ? あとになってやっぱりルルのそばにいたいって答えが出たとしたら、散々傷つけたルルの前に、またのこのこ戻ってくるって言うのかよ」


 お互いが、自分ひとりでも生きていけるようになれば……二人でいられる未来があるのかもしれない。けれど、それはあまりにも自分にとって虫の良すぎる考えだという事は、ルーカスにも分かっていた。


 ルルが目を覚ました時、とても傷つくのだろう……。自分がそうさせてしまうのだ。

 だから……。


「俺から戻ることはない。でも、ルルの幸せを誰よりも祈っている」


 自分がどんなにずるい事を言っているのか、自覚している。

 この先、どんな道へと繋がっているのか、今はまったく分からない。

 けれど、それでも未来を見つめて自分の考えた道を行こうと決めたのだ。


 そう思えたのは……ルルのおかげだけじゃない。


「お前がルルのそばにいてくれているから、俺も自分の思う道を歩いていけると思えた。アランがいなければ、もしかしたら俺はルルについてやっていたかもしれない。けれど、それではきっとまたどこかで行き詰まって、お互いを傷つけ合ってしまったのかもしれない……」


 俺が逃げ続けていた時も、ルルのそばにいてくれた。

 それにルルだけじゃない、アランはこれまでこんな自分すら見捨てずにいてくれたのだ。


「アラン、ありがとう」


「ひとり悟ったような顔をして、自分勝手に決めて、お前は本当に、残酷だ……。言われなくても、俺は常にルルのそばにいる。けど、ルルを傷つける罰は受けて貰う」


 アランはそう言うと渾身の力を込めて、ルーカスの頬を拳で殴った。

 一度だけではなく何発も……。

 そして、それに対して何の抵抗もしないルーカスに、また腹が立った。


 やがて、アランの拳にも血が滲み、じんじんと痛みが走るようになって、やっと殴る手を止めた。


「……はぁ、はぁ。どこへでも好き勝手行けよ! お前の顔なんか、見たくもない……」



 少なくとも、その顔のアザが消えるまでは……。



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