さよならの向こう側 7
扉を控えめに叩く音がした。
それが、眠っている少女への配慮からなのか、それともためらいからなのかは、分からない。
けれど、それでも今のルルに必要なのはその男以外いないのだと言い聞かせて、アランは静かに扉を開けた。
「……アラン」
「ルーカス……」
ここ最近の彼の様子からすれば、幾分マシな面構えにはなっていた。
ルルが……。
ルルがどんな思いで、ひとり森を抜け出してルーカスに会いに行ったのか。
長年引きずっていた憂いが、たった一日で全て取り払われるわけではないことも重々承知している。目の前の男の瞳には、未だに戸惑いやためらいの表情が混じっているのも見て取れた。
けれど、アランの視線から目を逸らさずにいるルーカスに、ひたむきな少女の行動が決して無駄ではなかったと、せめてもの救いがあったのだと思いたかった。
もし、ルルがそこまでしてもなお以前のままのルーカスだったら、アランは完全に失望してしまったのかもしれない。
「ルルちゃんの容態は?」
「今は落ち着いた様子で、眠っている」
「そうか。……良かった」
ルーカスがルルの寝顔を見やって、小さく息をついた。
けれど、アランはかろうじて見限らずにいられただけで、ルーカスへの憤りが消えるわけがない。
アランは容赦なくルーカスを責めた。
「良かっただ? お前がルルから逃げ続けていたせいで、こんな事になったんだろ? 昨日、ルルと会ってたんだろう? 何でひとりにしたんだっ!?」
昨夜、二人の間でどういったやりとりがあったのかは知らない。
聞きたくもない。
彼がルルの身体の事情をまだ知らないことも分かっている。それでも、どんな状況や心境であったとしても、ルルをひとりにした事だけは許せなかった。
「来る日も来る日も、お前の心配ばかりしてて……。俺の前では元気な素振りをしていたが、いつも寂しそうにしてたんだぞ! そんなルルの気持ちが、分からなかったとは言わせない! お前だって気がついていたはずだ!」
ルルの書き置きを読んでから、王都に着いてライアンからの報せを聞くまで、何度も、何度も最悪な状況を思い浮かべてしまった。
青白い顔をしてベッドに横たわる少女の顔を見つめながら、もし倒れたルルを運良くライアンがすぐに見つけてくれなかったらと考えると、アランの胸は張り裂けそうになった。
「それなのに、お前はいつまでたってもルルを避けて……。それでも、ルルはお前に会いたい一心で、自分の身体のことは顧みずに……」
「どういう事だ?」
ルーカスはアランからの非難をただ黙って受けていたが、最後の言葉が引っ掛かり、聞き返すと、アランがぐっと唇を噛み締めた。
いずれ近いうちにルルにも話さなければいけないと思っていたが、体調が悪い時に耳に入れたくはなかった。まだ意識は戻っていないが、万が一を危惧してルーカスを廊下へと連れ出すと、アランは村の長の話を聞かせたのだった。
「何だって!? そんな……ルルちゃんが森から離れると体調が……」
アランの話にルーカスは、思わず絶句した。
「まだそうだという確証はないが、けれど急激な体調悪化を考えると、思うところはある。だから、お前が下を向いている暇はないんだ」
最初こそルーカスに怒りをぶつけていたアランだったが、なりふり構っていられなかった。また、自分のせいだとルーカスに堕ちられては困るのだ。
何よりもルルのために。
だから、アランは自分の気持ちを抑え、必至にルーカスに訴えかけたのだった。
「ルーカス。俺だって、お前が自分を責め続ける気持ちは知っている。だが、ルルのそばにいてやってくれないか。そうでないと、ルルはまたお前を心配して、こんな行動を繰り返してしまうかもしれない」
「アラン……」
「俺じゃ、駄目なんだ。お前じゃないと……! その意味が、分かるだろう? 頼むから、ルーカス!」
アランが端正なその顔を悔しそうに歪ませて、声を絞り出すようにルーカスに懇願した。
アランとて彼なりにルルを支えてあげられることは、他にも色々とあるのかもしれない。
けれど、ルルが心から支えて欲しいと思っているのは……。
誰かではなく、ただひとりなのだ。




