さよならの向こう側 5
ルルが王都で倒れてから、時は少し遡る。
その日の朝、アランは何時もより早く森の入口に着いた。
それでも、待ちわびたようにすでに迎えに来ていたヴィリーの姿に、かすかな異変を感じてはいた。そして急かされるように森の家へと誘導され、ルルの置き手紙を読むなり血相を変えて、王都へ馬を全速力で走らせた。
彼女が誰を思っているかなど、すでに分かりきっていた。
だがまさか、ルルが一番近くにいた自分や村の長に一言も相談もせずに、黙ったままここまで大胆な行動に出るとは、正直あなどっていた。
けれど、少し考えれば想像くらいついたはずだ。
自らルーカスを庇い火傷を負っても厭わないほどの想いを持っていたのなら、こんな行動に出てもおかしくない。
それでもやはりルルを傷つけたくなくて、ルーカスの現状をそのまま伝えることが出来ずに言葉を濁していた。それが、ルルにこんな行動に駆り立てるほどの不安を与えてしまっていたのだろう。
結局自分もルーカスと似たように、ひたむきなルルの気持ちから目を逸らして、同じような後悔を繰り返していることに気付かされた。
そして、改めてルルがルーカスに対して、どれほどの想いを持っているか嫌というほど思い知らされた。
しかし、いまはそんな事よりもルルの身体が心配だった。
もしも、村の長の推測が正しければ、森から出たルルは以前王都に行った時のように体調を崩して倒れてしまっているのかもしれない。
ルーカスに無事に会えていれば、さすがに今のルーカスでもちゃんとルルを介抱することぐらい出来るだろう。
しかし、もし会えていなかったとしたら……?
見知らぬ場所でルルが一人倒れていたらと思うと、胸が押し潰されそうだった。
◇◆◇
そんな、アランが王都の警備隊の宿舎に着くと、絶妙なタイミングでライアンからの知らせを受け、休む間もなくルルのもとへと向かった。
「ライアン! ルルは? 大丈夫なのか? 怪我は? 医者は呼んだのか?」
ルルが運び込まれた宿屋の一室へ駆け込むなり、矢継ぎ早にルルの容体を聞いてきたアランに驚きながらも、冷静にルルの様子を伝えるライアン。
「怪我はしてないわ。さっきまで息苦しそうにしていたけど、今は落ち着いたみたい。医者は呼んだほうがいい?」
「いや。それより連れて帰ったほうが……」
「もう一体どうしたのよ? ルルが街道でひとり倒れてて、アタシびっくりしちゃってあんた達一緒じゃなかったの?」
「今朝、森の家に行ったらルルの書き置きがあって……。一人で王都にルーカスに会いに行くと……」
アランは水脈探索からの一連の事情をライアンに話した。
そして、もしかしたら贄の証である火傷の跡のせいで、ルルが森から離れられない体になってしまったために、こうやって体調を崩してしまうかもしれないという事と、ルルの許可もなくルーカスに対する彼女の想いも、何もかも全て打ち明けてしまった。
ルーカスがいないことでアランも相談する者が少ないなか、ひとりで背負い込んで無理を重ねてしまっていたのかものかもしれない。
すると、ライアンはしばらく考え込んでいたが、やがて大きなため息を吐きながら口を開いた。
「そう。そうだったの……。アタシもね、ルルに初めて会ったときの二人の様子を見て、もしかしたらルルならあのルーカスを救い上げられるんじゃないかって思ってたんだけど……。ルーカスの気持ちも分らなくはないけれど、いつまでもあのままなんて、いけないのにね……」
「そういえば、ルーカスは、あいつは今どこだ?」
アランにそう聞かれて、ライアンの表情が少し曇る。
「昨夜会えていたかどうかわからないけれど。アタシが見つけた時は、ルル一人だったわ……」
「……そうか」
部屋に沈黙が落ちた。けれど、いつまでもそうしてはいられない。
「じゃあ、ルルの体調は森に帰ればとりあえず回復するって事なのよね?」
「まだ何の確証はないけれど……たぶん」
「じゃあ、アタシとりあえず急ぎルーカスを探してくるから。ルルの様子見ててよ、アラン!」
「ああ。頼む」
ライアンがそう言って部屋をあとにすると、アランはルルの眠るベッドの傍らに膝をついて、ひとまずルルの姿を確認できたことに安堵のため息をついた。
そっと重ねた少女の小さな手は、ひやりとしていた。
ルルはまだ自分の身体の事を知らない。けれどもし知っていたとしても、ルルは今回きっと森を出たのだろうと、アランは思った。そこまでして、ルーカスに会いたかったということだ。
「ルル……。そんなに、ルーカスが好きか?」
眠る少女から返事をもらえるはずもなく、けれどルルの行動がその想いを物語っていた。
「俺ならあいつの代わりに、いくらでも側にいてやるのに……」
そのまま手をとると、まるで祈るようにルルの手を自分の額にくっつけて、アランはそっと呟いた。




