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さよならの向こう側 4



 鳥のさえずりで、ふと目を覚ましたルル。


 最初はどこかぼんやりとしていたが、ハッとするとすぐさまベッドから起き上がり、部屋を見回したがルーカスの姿はどこにもなかった。

 代わりに、サイドテーブルに残されていたメモを見つけた。



  『 ごめんね。  ルーカス 』



 「ごめん」の一言に一瞬、ルルの胸がチクリと痛んだ。

 けれど、ルルは後悔していなかった。

 ほんの少しはルーカスの心を癒やしてあげられたのだろうか……。

 きっと、親友の時も、ルルの時も、自分のせいで、周りの誰かが身代わりとして傷ついてしまったと、ずっと自分を責め続けてきたのだろう。


 ルーカスが何故ルルに対して、あんなにも胸に残る火傷のことに踏み込んできたのか、分かったような気がした。

 ただ単に、傷のことだけを言っていたわけではなかった。きっと自分と同じように辛い過去に囚われたまま生きて欲しくないと、ルーカスはそう思ったのだろう。


 今のルルもルーカスに対して同じ事を思っている。

 だから、後悔なんてしていないし、来て良かったと思っていた。


 けれど、目覚めてルーカスの姿がないことに、ルルの心配は晴れなかった。

 ひとまず、ルルは着替えると、どうしようかと考えていた。

 森の家にメモを残してきたものの、アランには何も言わずに来てしまっている。そろそろアランが森の家に来る時間帯だ。もうあのメモを見つけただろうか……。

 仕事もあるだろうし、今すぐ迎えに来るかどうかは分からない。


 このままここで待っていたとして、ルーカスはもどって来てくれるのだろうか……。

 一応、ニックの配慮でルル一人でもルグミール村に帰ることができる手立ては確保してもらっている。

 けれど、帰るにしてもこのままの状態ではルーカスが心配でたまらない。


 誰かに彼の様子を見てもらえるようにお願いしたかったのだが、頼みのサマンサはあいにく留守にしているし……。ルルがしばらく考えあぐねていると、ある人物を思い出した。


 ライアンだ。


「とりあえず、警備隊の宿舎訪ねてみようかな……」


 彼なら協力してくれるかもしれないと思ったルルは、ライアンが王都にいることを祈りながら、頼みに行こうと部屋を出た。



◇◆◇



 ルーカスが泣いていた。


 ライアンを探しに警備隊の宿舎を目指していたルルは、ふと角を曲がろうとしてその先にルーカスの姿を見つけた。


 けれど、想い人のその様子に、ルルの心臓がどくりと嫌な音を立てた。


 昨夜、ルルを抱きしめながら絞り出すように過去を告白した時も、縋るような眼差しで口づけを交わした時でさえ、目の端を赤く滲ませながらも、最後まで頬を濡らすことのなかった涙。


 それが今、小さな男の子を抱きしめながら、ルーカスの瞳からとめどなく溢れている。

 その傍らには、同じように涙ぐみつつ、でも優しく愛おしそうに微笑みながらその様子を見守っている女性が立っていた。


 ルルには何ひとつ事情が分からなかったけれど、たまらないほど胸が苦しくなった。

 

 自分には見せてくれなかった姿を、見せられる存在がいたことに良かったと思うより切なさが募ってしまった。


 先程まで、ルーカスを心配して、少しでもルーカスの傷ついた心が晴れればいいのにと願っていた気持ちが萎んでいくのを感じた。

 それは自分だけがそうしてやることが出来るのだと、ルーカスの寂しさに触れられるのは自分だけだと、どこかで自惚れてしまっていたのだろうか。


 そんな、身勝手な考えをしていた自分に対して、ルルは愕然としていた。


 自分以外にも、ルーカスにはいたのだ……涙を流せる相手が。

 あの子は誰だろう、側にいた女性とどんな関係なんだろう。けれど、声を掛けたくても、目の前の光景に自分は触れられないような感じがして、掛けることが出来なかった。


 そして、そのままくるりと踵を返して、ルルはその場を離れた。

 締め付けるような胸の痛みと、激しく脈打つ鼓動を抱え、ひたすら走った。

 

 おぼろげにしか分からない通りをずんずん進んでいくと、あっという間に道に迷ってしまった。朝日が登り始めて、人通りも多くなったので、ルルは走るのをやめて、とりあえず警備隊の宿舎に行ってライアンに会おうと、歩き始めたが何だかやけに息苦しかった。

 走ってきたせいだけではないその息切れに、ルルはふらふらとしながら通りを歩く。


「おい、アンタ大丈夫かい?」


「は、はい。すみません」


 そんな少女を、周りの人達も心配してくれて、声を掛けてくれた。

 ルルは何とか頑張ろうとしたが、視界はぐにゃりと歪み、とても立ってはいられない状態になってしまった。


 そんな時だった。


「やだぁ! もしかして、ルル? あなた、どうしてここにって……どうしたの? ちょっと、ルル? ルル……!」


 不意に後ろから、聞き覚えのある声で呼びかけられて、ルルは振り向くことすらできなかったが、その声に安心したのかそのまま意識を手放した。


 一方、ライアンは市場への通りの途中に人だかりが出来ていたので、何か揉め事が起こったのかと思い覗いてみると、唯一の女の子の友人とも呼べる少女が、血の気が失せたように白い顔をしてへたり込んでいたので、驚いて人混みをかき分けてルルを抱き起こした。


「ちょっ……大丈夫? ルル? アランとルーカスは一緒じゃないの? ……仕方ないわねぇ。ねぇ、誰か!? 警備隊の宿舎に行って、アランかルーカスって人を呼んできてくれるかしら」


 ライアンはひとまず周りにいた一人にそう頼むと、このままにしておくのはまずいと思い、ひょいとルルを抱きかかえると、取り敢えず休ませるために、近くの宿屋に運びこんだのだった。




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