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さよならの向こう側 2



 そんな、まさか……! という思いがルーカスの全身を駆け巡る。


 四年ぶりの再会に、声を詰まらせているルーカス。

 けれど、言葉を失ったのは突然の出会いのせいばかりではなかった。


「母ちゃんと父ちゃんの友だちってこと?」


「そうよ。あなたの父さんとこのお兄ちゃんはね、アルと同じくらいの歳からの友だちで、父さんと一緒に警備隊のお仕事していたのよ」


「兄ちゃん、けいびたいの人なの? すげぇ! 僕も大きくなったら、父ちゃんと同じけいびたいに入るのが夢なんだ」


 屈託のない憧れの眼差しで、ルーカスを見上げる少年。


「父親って……、アルフレッドって……。まさかっ……!?」


 瞬きも忘れるくらい呆然としながらも、親子の会話を聞いていたルーカスは確信に近い答えに辿り着いていたが、驚き戸惑うことしか出来ないでいた。

 しかし、そんなルーカスに対してセレナは静かに肯定した。


「……ええ、そうよ」


 セレナから改めて真実を知らされると、ルーカスは頭を殴られたような衝撃を受けた。まだ、とても信じられないような気持ちでいっぱいのだったのだが、いま一度アルフレッドの名前を持つ少年をじっくりと見つめる。


「何ですぐに、気づかなかったんだろう……。こんなにも目元がアイツに……そっくりじゃないか」


 くしゃりと顔を歪ませたルーカスは、おもむろに少年を抱き上げるとそのまま小さな胸に顔を埋めた。


 涙があとからあとから溢れて、とまらなかった。


 もう2度と会えないと思っていた……。

 どんなに……、どんなにもう一度会いたいと願っても!

 他の誰でもない、自分がそれを奪ってしまったのだから。


 それなのに、まさかこんな形でまた巡り会えるとは思ってもみなかった。


 そんな奇跡のような出会いに、更に自分の罪が深くなったことを思い知らされる。

 けれど、壮絶なまでの嫌悪を痛いほど突き付けられながらも、いまこの瞬間、少年から聞こえてくる力強い鼓動が耳を打った。

 その真実に、嬉しさを噛み締められずにはいられなかった。


「ルーカス、あなたまだ……。本当に、バカね」


 一瞬、切ない表情を見せたセレナだったが、そんな彼の様子にやがて穏やかな口調でそう言うとふわりと笑った。

 ルーカスが涙の向こう側で見たその笑顔は、記憶の中にある気の強かった頃のセレナの笑顔より、ずっと穏やかで優しい「母親」の顔になっていて、どこか四年前から時間が止まっていたかのようなルーカスにとって、それが時の流れを強く感じさせた。


「兄ちゃん、くるしいよぉ!」


 抱きすくめられて身を捩りながらそう言ったアルフレッドの言葉に、ルーカスはハッとなり、しばし身体を離すと少年はルーカスの顔を見て、屈託なく笑った。


「はははっ。兄ちゃんけいびたいのくせに、泣き虫なんだな。や〜い! 泣き虫」


 そのからかい方が亡くなった親友の子どもの頃とまたそっくりで、それがルーカスの目頭を更に熱くさせた。


「こら、アルッ! 失礼なこと言うんじゃありません」


「……! 母ちゃんの、怒りん坊!」


 母親に怒られても、まったく意に介さず憎まれ口を叩くその日常的なやりとりを前に、ルーカスの気持ちもやや落ち着き始めていた。


「もう、ごめんね。ルーカス。生意気盛りで、手に負えないのよ」


 苦笑いしながら、セレナはそう言うとアルフレッドに軽くげんこつを落とした。

 そうしてセレナは、ほんの少し懐かしむような感じで改めて話しかけてきた。


「久しぶりね。ルーカス」

 

 辛い過去に蓋をして、どこか4年前から取り残されたままのルーカスとは違い、セレナはちゃんと悲しみを乗り越え、息子とともにこの4年間の月日を、ちゃんと前を向いて歩いてきたように思えた。

 だからこそ、こうやって言葉を見つけられないでいるルーカスよりも先に、声を掛けてくれるほどの心の余裕を持ちあわせていたのかもしれない。


 そんな、セレナに助けられルーカスもやっとの事で、聞き返すことが出来た。


「どうして……君が、また王都に? いつからここに……」


「いまね、長年お世話になっていた知り合いの具合が悪くて、王都で治療してもらっているの。お見舞いも兼ねて、身の回りのお世話のために、ほんの数週間だけ王都に滞在しようと……」


 セレナは、現在の状況を簡単に説明してくれた。

 それも知りたかったことではあったが、それよりも前の……。そんなルーカスの表情にセレナはひとつため息をついた。


「聞きたかったのは……そういうことじゃないわよね」


「君が王都から突然いなくなって、あれから俺は……」


「そうね……。そこから、話さないといけないのでしょうね」


 セレナにとっても夫のアルフレッドの事を思い出すのは、4年経ったいまでもその悲しみに胸が苦しくなる。

 けれど、生まれてきた息子のためにも、夫が生きていた頃の話を、セレナが知っている父親の全てを息子に話してやりたかったのだ。


 だから、セレナは一度深呼吸をすることで胸の痛みをほんの少し宥めると、再び口を開いたのだった。


「あの子がお腹にいるって分かったのは、あの人のお葬式が済んでからすぐの頃だった……。正直、最初は戸惑ったわ。私だけを遺して、あの人はもうそばにいないのに、一人でどうやって育てていけばいいの? って……。ひとりで産んで育てるなんて、そんな自信あの頃の私には欠片も残っていなかった」


 あの頃、セレナは悲しみの淵で、新たな生命に対して、手放しで喜べるほどの気力が残っていなかった。


 悲しみのさなか、不安と戸惑いにさいなまれながら、答えなど見つける暇もなく押し寄せてくるつわりの日々に、正直悲鳴を上げそうになったこともあった。

 けれど、どんなに助けを求めて夫の名前を呼んでみても、もう返事が返ってくれることもない。手を引いて、導いてくれることもなかった。


 夫の写真を前に、嘆くことしか出来なかった。

 けれど、どれくらいそうしていたのか、写真のなかの夫の笑顔を見ているうちに、セレナはふと夫の最後となった言葉を思い出す。


 ――大丈夫。必ず君の元へ帰ってくるから。


「……。もしかして、帰ってきてくれたの?」


 セレナは、下腹部にそっと手を添えるとそう呟いた。

 それは、ただの自分の勝手な思い込みかもしれない。


 でも、それでもそう思った瞬間、夫が遺してくれたもの、託してくれたものを何としても守りたいと強く思えたのだった。



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