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さよならの向こう側 1



 ルーカスは、まだ薄暗い部屋で目を覚ました。


 いつの間に眠ってしまったのか……。

 昨夜、ルルと交わした口づけは、ためらいながらも一度だけではどうしようもなく離れがたく、きっと初めての口づけだっただろうに、そんなルルに気遣う余裕もなかった。


 何度目かのキスのあと、ふと我に返った時は、息継ぎが上手く出来ずにいたのか、顔を上気させ息も絶え絶えのルルが、くったりとしていた。


 そんな様子のルルを見てハッとしたルーカスは、おもむろに身を離そうとしたが彼女の小さな手が自分のシャツを握って離さないでいた。

 それがまたルーカスをたまらない想いにさせる。そして、そのままルルの体を引き寄せると、落ち着かせるように背中を優しくぽんぽんと撫でる。


 それから、しばらくすると、自分にもたれかかってくる重さが増したように感じた。

 ルルの体から余分な力が抜けて、規則正しい呼吸音に変わったことに、眠ってしまったのがうかがえた。

 ルーカスは、起こさないようにルルの手から自分のシャツを剥がすと、ベッドに寝かせ布団を被せると、ルーカスもそのままベッドに脇で寄り掛かるようにして、ルルの寝顔を眺めているうちに、眠ってしまったようだった。


 そんな体勢で眠ってしまったからか、目を覚ましたルーカスが身じろぎすると、体の節々が少し痛んだ。


 ゆっくり体を解すように伸ばしていくと、スムーズに動かせるようになったところで、ふとベッドで布団に包まれながら、ぐっすり眠っているルルの顔を見ると、正直胸が痛んだ。


 ルルからの告白。そして、口づけ……。

 こんな自分を追って王都まで来てくれたルルのひたむきな想いに、その深い優しさに抗えなかった。救って欲しいと思ってしまった。


 事実、ルーカスの押し寄せるドロドロとした暗い感情の波は、幾分か引いていた。


 けれど、ルルに対する、覚悟なんてひとつもないまま。

 なかば流されるように……。

 そんなふうに、手折っていいはずの「花」ではなかったのに……。


 

「ごめんね」


 まだ、ありがとうと言えるほど、心の整理はつかないままだった。ルーカスは小声でぽつんとそう呟くと、ずるいと思いながらも、目を覚ましたルルとどう顔を合わせて良いか分からず、メモを残し部屋を後にした。


 ルーカスは、早朝の街中をあてもなく歩いていた。

 酔いは残っているものの、思考はしっかりとしていた。だからこそ、ひたむきに自分を慕ってくれるルルと向き合わなければと考えながらも、そんな順番をすっ飛ばしてしまった昨夜の口づけに、罪悪感を抱いていた。


 アルフレッドはもちろん、セレナの幸せを奪った自分が。

 少女ひとりを守れも出来ないくせに、その優しさだけを奪った自分が。


 このままルルのそばに寄り添って向き合っていくうちに、本当に幸せなんかになれるのだろうか。そうなりたいと思う一方で、まだわだかまりを抱えたままの自分では、一緒にいてもいつかきっとまた苦しくなって、ダメになってしまいそうな気がした。


 ルルの優しさにルーカスの心は救われかけているかもしれないが、本当の意味で過去を乗り越えたわけではないのだから。


 そんなことばかり考えながら歩いていると、建物の角から急に飛び出してきた子どもとぶつかってしまった。


「痛っ!」


「あ、わ、悪い。大丈夫か?」


 小さな男の子だった。

 ぶつかって思わずその場で尻もちをついた彼を慌てて抱き起こして、ズボンについた土埃を払ってやる。


「どこか、怪我や痛むところはないか?」


「うん! 男はこんくらいのこと、平気だよ!」


 自慢気にそう言い切った男の子に、ルーカスは思わず懐かしい笑みがこぼれた。

 見た目の年齢からして、早朝の手伝いかなんかでおつかいに走っていたのだろうか。ルーカスもこのくらいの歳には、よく早朝にパンを受け取りにいって、駄賃をもらっていたりしたのだった。


 最近は、酒が手放せず二日酔いを抱えながら、仕事の時間ぎりぎりに駆け込むことがざらだったので、こんな早朝に出歩くこともなかったから、どこか新鮮な出会いにも感じた。


「おっ、偉いな。おつかいの途中か?」


「おう! (かぁ)ちゃんに頼まれた、パンが……あぁぁっ!」


 またもや自慢するようにそう言った途端、キョロキョロと回りを見渡した男の子の顔がさっと青くなった。転んだすぐ近くで、紙袋が破けて泥まみれになったパンを見つけて叫び声を上げた。


「悪かった。俺が考え事してて、よく前を見てなかったからな……。よし! お詫びに俺が買い替えよう」


「本当か? 兄ちゃん。助かった、母ちゃん怒ると怖いからさ〜」


 そう言って素直に喜ぶ少年の姿が、ルーカスの気分を幾分か明るく変えてくれた。


「俺は、ルーカス。お前の名まえ……」


 ルーカスが自分から名乗り、少年の名前を聞こうとしたその時、通りの向こうから名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。


「アル〜!?」


「あ、母ちゃんだ。母ちゃーん!」


「もう、どこまで買いに行ってたの? 遅いから心配したでしょ?」


「ごめん。ちょっと転んじゃって」


「大丈夫なの?」


 アルと呼ばれた少年が遠くで名前を呼んでいた母親に駆け寄ると、コツンとげんこつを食らったあとお説教がはじまりそうだったが、転んだと聞くと母親が心配するように、息子の様子を見ている。


 すると、少年はルーカスにしたように、まず泣かなかったことをやたら母親に自慢したあと、ルーカスの方を指差してきたから、事情を話しているのだろう。

 やがて、親子でルーカスに方へ向かって歩いて来た。


「この兄ちゃんが、ぶつかってきたんだ。けど、パン買い換えてくれるって……」


「こらっ! どうせあんたがよそ見しながら走ってたんでしょ? ……まあ、すみません。うちのアルフレッドがご迷惑かけて……」


 偶然に重なった名前が、ルーカスの胸を突き刺した。


 けれど……。それは、偶然ではなかった。


 何故、今ここで出会ったのだろう。


 きっと、ルルが昨夜ルーカスに会いに来てくれなければ。

 あの話を、ルルに打ち明けなかったら。


 いまこの時間、この場所に、いることはなかった。

 この少年に、出会うことはなかった。


 いや、少年だけに出会っただけでは、気が付かなかったかもしれない。

 呆然としたように、少年の母親を見つめていると、それに気がついた彼女が一瞬怪訝そうな表情を浮かべたものの、面と向かってルーカスの顔を見て、一度ぱちくりと瞬きさせると、驚いたように声を上げた。


「もしかして、ルーカス? ルーカスよね……」


 目の前の人物に愕然としているルーカスとは違い、その女性は何の憂いもないかのように、いとも簡単にルーカスの名を呼んだ。


「あれ? 母ちゃん、この兄ちゃんの事知ってるの?」


「……ええ、そうよ。母さんと父さんの、昔からの知り合いなのよ」


「へぇ! そうなんだ。父ちゃんの事も知ってるんだ?」


 親子のやりとりを聞きながら、声も出せずにいたルーカスだったが……。

 やがて、震える唇でその名を呼んだ。


「セレナ……」


 まだ、何ひとつ覚悟も出来ないまま、答えも見つけられずにいるルーカス。

 ただ自分を取り巻く運命だけが、次から次へと押し寄せてきた。



 けれど、これではっきりとしたことがひとつだけある。



 このまま、ルルの手を取ることは出来ないのだと……。





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