表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/189

ただ、会いたくて 9



 大切な人を亡くした時の、深い悲しみはルルも痛いほど胸に染みている。


 けれど、ルルにはかろうじて、両親と交わした「約束」があった。

 辛くて、寂しくて、泣き暮れた日々もあった。それでも、歯を食いしばってここまで過ごしてこれたのは、その約束が自分を支えてくれていたからかもしれない。


 その約束を、一度は諦めてしまいそうになった時もあった。

 どんなに足掻いても、一人ではどうしようもない事態に巻き込まれてしまったけれど、それを助けてくれたのは、ルーカスだった。


 命を助けてくれただけじゃない。

 どこか森の中で、ただ生きることだけに懸命だった自分に、人と触れ合う楽しさや暖かさ、その大切さを改めて教えてくれた。


 ルルが忘れていた、幸せに生きるという事を思い出させてくれた。

 ルーカスが、ルル自身と一緒に大切な約束まで、丸ごと守ってくれたのだ。


「私は……、ルーカス様が生きていてくれて、良かったと思っています。そうでなければ、あの時私は死んでいました。ルーカス様が私を救ってくれたんです。だから……! だから、ルーカス様がいくら自分を責めていても、私はあなたが生きていることが嬉しいと、心から思っています」


 ルルが勇気を出してそう言うと、少し顔を上げてルーカスの顔を覗き込むと、目を細めた。


 ルルの慈愛に満ちた表情に、ルーカスは思わず息を呑んだ。

 自分には赦されないと、ずっと戒めてきたけれど、本当は心のどこかでずっと、欲していたのかもしれない。


 自分が生きていてもいいという、確かな言葉を……!


 ルルを最初に見た時、あまりの儚さにこの子を守ってあげたいと思った。

 けれど、再会した時の彼女はルーカスの心配に反して、森の中でも一人でたくましく、懸命に生きていた。その姿に、ルーカスは胸を打たれた。

 少しでも前を向けるように少女を支えてやりたいと思いながら、本当はルーカスの方が、彼女の芯の強さに憧れを抱いていたのかもしれない。


 これまで、幾度となく手を貸してきたが肝心なところで身を引いては、必要以上に踏み込むことはなかったはずなのに……。

 アランにも忠告された「必要以上に優しくして傷つけるな」と、自分なんかがルルのそばにずっといていいはずがない。何度もわきまえようと思ったけれど、それでも離れがたく思う気持ちが日に日に増していった。


「……だめだよ。俺が、誰かと幸せになんか……なってはいけないんだ」


 絞り出すように吐き出した言葉とは裏腹に、ルーカスは目の前のルルをまたその胸に抱き込んだ。


「俺に、そんな資格っ……」


 ルーカスには資格がないのだ。ルルの傍にいる、資格が……。けれど、相反する二つの気持ちがぶつかり合いながらも、ルルを抱き締める力は、また一段と強くなった。


 その言葉に、ルルは思わずぶんぶんと首を横に振った。

 力強く抱き締められ、ルルの心臓はそれに反応するように激しく鼓動を打ち鳴らす。


 ここにくるまでは、どこかぼんやりとしていた想いが今、ルルの中ではっきりと形になっていく。

 癒やせるのなら、少しでも救ってあげられるのなら、そんな気持ちもあった。

 しかし、もっと素直な想いがルルを突き動かした。



 ルルは、ほんの少し身を離すと、自らルーカスに口づけた。



 一瞬、時が止まる。 



 そのすぐあと、尽きることのないような幸福感がルルに押し寄せた。

 ルーカスの温度と、匂いと、感触に、胸の奥から愛しさがこみ上げてくる。


「生きて、きてっ……、よかった。あなたに巡り会うことが、出来たから……!」


「っ……!」


 突然の口づけにルーカスは咄嗟に身を引いたけれど、そんなルーカスに対して、ルルはどこまでも優しい眼差しで言葉を紡ぐ。


「ルーカス様も、生きてきてくれて……よかった。出会ってくれて、ありがとうございます」


 指先が、体が、心が、震える。

 ルーカスは、胸が詰まって、もう声が出なかった。


 躊躇いながらも涙が滲んだ瞳で、ルルの姿を捉える。

 どこか助けを求めるようなその視線を、ルルもまた自身の瞳で受け止めた。


「ルーカス様を、愛しています」


 たまらずルルを引き寄せると、彼女がなお言い募ろうとした言葉ごと奪った。

 それは、どこか戸惑いが含まれているような口づけであったが、ルルからのコツンと触れただけのとは違っていた。


「ダメだよ。俺なんかに、優しくしないで……!」


 ルーカスはうわ言のようにそう言いながらも、また交わされる。

 それだけでルルの鼓動は嵐のように激しく脈打つ。

 けれどそんなふうに翻弄されながらも、ルルは何ひとつ抵抗しなかった。


 初めてで勝手が分からず、息継ぎも満足に出来なくて、苦しくて……。

 でも、うつむくことも、ルーカスの視線から逸らすこともなかった。


 傷ついたこの人を、自分の精一杯で受け止めてあげたかった。


 だから、ほんの少し身を離した時に、ためらいの表情を浮かべたルーカスに、ルルはそっと微笑むことでそれを伝えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ