ただ、会いたくて 9
大切な人を亡くした時の、深い悲しみはルルも痛いほど胸に染みている。
けれど、ルルにはかろうじて、両親と交わした「約束」があった。
辛くて、寂しくて、泣き暮れた日々もあった。それでも、歯を食いしばってここまで過ごしてこれたのは、その約束が自分を支えてくれていたからかもしれない。
その約束を、一度は諦めてしまいそうになった時もあった。
どんなに足掻いても、一人ではどうしようもない事態に巻き込まれてしまったけれど、それを助けてくれたのは、ルーカスだった。
命を助けてくれただけじゃない。
どこか森の中で、ただ生きることだけに懸命だった自分に、人と触れ合う楽しさや暖かさ、その大切さを改めて教えてくれた。
ルルが忘れていた、幸せに生きるという事を思い出させてくれた。
ルーカスが、ルル自身と一緒に大切な約束まで、丸ごと守ってくれたのだ。
「私は……、ルーカス様が生きていてくれて、良かったと思っています。そうでなければ、あの時私は死んでいました。ルーカス様が私を救ってくれたんです。だから……! だから、ルーカス様がいくら自分を責めていても、私はあなたが生きていることが嬉しいと、心から思っています」
ルルが勇気を出してそう言うと、少し顔を上げてルーカスの顔を覗き込むと、目を細めた。
ルルの慈愛に満ちた表情に、ルーカスは思わず息を呑んだ。
自分には赦されないと、ずっと戒めてきたけれど、本当は心のどこかでずっと、欲していたのかもしれない。
自分が生きていてもいいという、確かな言葉を……!
ルルを最初に見た時、あまりの儚さにこの子を守ってあげたいと思った。
けれど、再会した時の彼女はルーカスの心配に反して、森の中でも一人でたくましく、懸命に生きていた。その姿に、ルーカスは胸を打たれた。
少しでも前を向けるように少女を支えてやりたいと思いながら、本当はルーカスの方が、彼女の芯の強さに憧れを抱いていたのかもしれない。
これまで、幾度となく手を貸してきたが肝心なところで身を引いては、必要以上に踏み込むことはなかったはずなのに……。
アランにも忠告された「必要以上に優しくして傷つけるな」と、自分なんかがルルのそばにずっといていいはずがない。何度もわきまえようと思ったけれど、それでも離れがたく思う気持ちが日に日に増していった。
「……だめだよ。俺が、誰かと幸せになんか……なってはいけないんだ」
絞り出すように吐き出した言葉とは裏腹に、ルーカスは目の前のルルをまたその胸に抱き込んだ。
「俺に、そんな資格っ……」
ルーカスには資格がないのだ。ルルの傍にいる、資格が……。けれど、相反する二つの気持ちがぶつかり合いながらも、ルルを抱き締める力は、また一段と強くなった。
その言葉に、ルルは思わずぶんぶんと首を横に振った。
力強く抱き締められ、ルルの心臓はそれに反応するように激しく鼓動を打ち鳴らす。
ここにくるまでは、どこかぼんやりとしていた想いが今、ルルの中ではっきりと形になっていく。
癒やせるのなら、少しでも救ってあげられるのなら、そんな気持ちもあった。
しかし、もっと素直な想いがルルを突き動かした。
ルルは、ほんの少し身を離すと、自らルーカスに口づけた。
一瞬、時が止まる。
そのすぐあと、尽きることのないような幸福感がルルに押し寄せた。
ルーカスの温度と、匂いと、感触に、胸の奥から愛しさがこみ上げてくる。
「生きて、きてっ……、よかった。あなたに巡り会うことが、出来たから……!」
「っ……!」
突然の口づけにルーカスは咄嗟に身を引いたけれど、そんなルーカスに対して、ルルはどこまでも優しい眼差しで言葉を紡ぐ。
「ルーカス様も、生きてきてくれて……よかった。出会ってくれて、ありがとうございます」
指先が、体が、心が、震える。
ルーカスは、胸が詰まって、もう声が出なかった。
躊躇いながらも涙が滲んだ瞳で、ルルの姿を捉える。
どこか助けを求めるようなその視線を、ルルもまた自身の瞳で受け止めた。
「ルーカス様を、愛しています」
たまらずルルを引き寄せると、彼女がなお言い募ろうとした言葉ごと奪った。
それは、どこか戸惑いが含まれているような口づけであったが、ルルからのコツンと触れただけのとは違っていた。
「ダメだよ。俺なんかに、優しくしないで……!」
ルーカスはうわ言のようにそう言いながらも、また交わされる。
それだけでルルの鼓動は嵐のように激しく脈打つ。
けれどそんなふうに翻弄されながらも、ルルは何ひとつ抵抗しなかった。
初めてで勝手が分からず、息継ぎも満足に出来なくて、苦しくて……。
でも、うつむくことも、ルーカスの視線から逸らすこともなかった。
傷ついたこの人を、自分の精一杯で受け止めてあげたかった。
だから、ほんの少し身を離した時に、ためらいの表情を浮かべたルーカスに、ルルはそっと微笑むことでそれを伝えた。




