ただ、会いたくて 8
「……向かった先で急な悪天候に見舞われ、混乱する村人達の誘導や救助にあたっていた。その最中に起こった土砂崩れに巻き込まれて……アルフレッドは死んだ」
親友の死を口にした時、少し震えたような気がしたルーカスの肩に、ルルはそっと手を添えて静かに話を聞いていた。
「結婚したばかりで、セレナとこれから幸せになるはずだったのにっ……! 俺の、俺がつまらない感傷なんかに浸って、怪我をしなければ。何であいつが……俺のかわりに、俺なんかの……」
新婚生活は、たったの5日間だった。
――いや……。嫌よ、ねぇ。
どうしたの? 目を開けて。名前を……私の、名前を呼んで?
ねぇ、アルフレッド……。お願い、お願いよ……!
無事に、帰るって……約束したじゃない。
ねぇ、約束したのに、どうして……。どうして……!
アルフレッドの変わり果てた姿を前にした、あの時のセレナの悲痛な叫び声が、いまでも忘れられない。
「あの時、死ぬはずだったのは、俺のほうなんだ……」
苦痛に満ちた声を上げ、頭を抱えながら項垂れたルーカス。
「俺が、死ぬべきだったんだ……」
今まで、ルーカスはその言葉を誰にも打ち明ける事が出来なかった。セレナやアルフレッドの両親を前にして、そんな事口が裂けても言えなかった。
いくらルーカスがそう言ったところで、アルフレッドが戻ってくるわけでもない。
周りの他の人達はアルフレッドの死を悼みながら、ルーカスを気遣った。
あれは誰のせいでもない。仕方のないことだったのだと。
アルフレッドとルーカスの判断は間違っていなかった。もしあのまま怪我をしたルーカスが行ったとして、荒天のなかそれが悪化してしまえば、そもそも救助に当たれなかったのかもしれない。
そのくらいのことは、ルーカスも本当は分かっていた。
不幸な偶然が重なってしまい、最悪の結果になってしまったけれど、アルフレッドが懸命に尽力したことで、被害も最小限に抑える事が出来たのも事実。それはまぎれもなく彼が残した功績だった。
そう割り切れたら、どんなに楽だったことだろう。けれど……。
そんなふうに冷静になれるはずもなく、もはや自分ではどうすればいいのか分からなかった。
それから、ルーカスはセレナの元へと通った。
彼女にルーカスから掛けられる言葉など何一つなかった。自分の姿を見るだけで苦痛を与えてしまうかもしれない。
けれど、それでも何もせずに過ごすことは出来なかった。
詰ってくれてもいい、罵ってくれてもいい、せめて彼女の行き場のない怒りや嘆きの捌け口くらいにはなりたかった。この時の自分に出来るのは、それくらいしか思いつかなかった。
けれど、それはただの建前で、自分の中で罪の意識が渦巻いていて、悔やんでも、足掻いてもそれは大きくなるばかりで押し潰されそうになっていた。だからこそ、そうやって自分を責めてもらうことで、どこか心の均衡を保とうとしていたのかもしれない。
一番辛い思いをしているのはセレナの方なのに、自分が楽になりたいがためにずるい方へ逃げてしまう自分が止められなかった。
けれど、彼女は何一つルーカスに言葉を浴びせぬまま、王都から消えた。
しかも、彼女だけではなくその家族も一緒にいなくなって、ルーカスはすぐに行方を探そうとしたが、周りの人たちも急なことだったのか、いなくなった事すら知らない人がほとんどで、中には何か知っていそうな人もいたが、それをルーカスに告げることはなかった。
それから間もなく、今度はアルフレッドの家族も王都を離れてしまい、誰も自分を責めることもなく、また贖罪すら受けとってくれることもなく、ルーカスの目の前から突然いなくなってしまったことで、彼は生きる意味を見出せないでいた。
けれど、このまま自分を責め続けて引きこもったまま朽ちてしまっては、自分のかわりとなったアルフレッドの死が無駄になってしまう。
自分が幸せに……なんてとんでもない。
親友の未来を奪い、他人の幸せを壊した自分が出来るのは、宛もない贖罪のみ。
ほんの一瞬でも気を抜けば、暗い感情に蝕まれて一歩も動けなくなる。だから、ルーカスは過去から目を背けることで、それまで思い詰めていた様子から一転、仕事に打ち込むようになった。そんな姿に周りも一時は安堵したものの、中身はがらりと変わってしまったように思った。
表面上は笑顔も戻り、元の飄々としたルーカスが帰って来たように思えた。そしてこれまで以上に、困っている人がいれば、職務の範囲を超えてまで手助けをしてやる姿がしばしば見受けられた。アルフレッドの事を思えば、ルーカスがそうなっても仕方ないと思った。
それで少しでもルーカスが前向きになれればと考えていたが、どこか自分の事はまるで気にかけない部分も出て来て、近くにいる者達にとってはどこか不安定にも見えた。
しかもルーカスのそれは正直、年頃の異性にとっては時に質の悪い優しさでもあった。これまで、ルーカスが親身になってやった者のなかには、気持ちを向けてくれる異性も少なからずいた。
けれどルーカスは、望めばそのぶん優しさを与えてくれるけれど、こちらから差し伸べた手を取ることは絶対になかった。必要以上に踏み込ませない彼の態度が、相手からすればとても寂しくて、いつのまにか心が離れていくのだ。
たぶん、ルーカスが無意識のうちにそうさせていたのかもしれない。
ルーカスの献身ぶりは一見素晴らしく見えるが、自分にとってその行為は、ただ単に本来の行き場をなくしてしまった、贖罪の気持ちの捌け口だったのかもしれない。
大層な思いなんてものはなく、ただセレナやアルフレッドの両親の身代わりとして、自己満足で偽りの優しさを振り撒いている、心のどこかでそんなふうに思えてならなかった。
だからだろうか……。今まで立ち直っていく姿を見て、素直に良かったと喜ぶ気持ちはちゃんとあっても、自分の心まで晴れることはなかった。
全てを吐露し終わって憔悴したルーカスの姿に、ルルは掛ける言葉が見つからなかった。
きっと、罪の意識に囚われたままのルーカスに、今どんな言葉を掛けたとしても届くことはないのかもしれない。
だから、言葉の代わりにルルは、両手いっぱいにルーカスの身体をぎゅっと抱きしめた。一人じゃないよと、そばにいるよと伝えるように、強く、強く抱きしめた。
分け与えられた体温に、ルーカスは自分が生きていることを、否応なく思い知らされているような気がしてたまらなくなった。
――あいつを死なせて……。
――自分がのうのうと生き残っているなんて……。
そんな思いが絶えず駆け巡る。
けれど、その暖かさをどうしようもなく愛しく感じてしまう自分も、そこにいた。