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ただ、会いたくて 6



 用意してくれた部屋のベッドにルーカスを寝かせようとしたが、ここまでルーカスの体を支えてきた力が限界に達してしまったのだろう、ルルが思わずふらついてしまうとそのまま床に倒れ込んだ。


「だ、大丈夫ですか、ルーカス様……?」


 声を掛けてみたが、返事がない。ベッドを背にしてもたれかかるように座り込んでしまったルーカス。

 もうベッドの上に引き上げるのは無理のようだったので、ルルはせめて息苦しさを軽くしようと、ルーカスの上着を脱がせ、シャツのボタンを数個外した。


 そして、サイドテーブルに用意されていた水を、コップに注ぐと飲ませた。


 冷やりとした感触が喉を通りすぎ少し落ち着くと、目の前でぼんやりとしていたルルの輪郭が徐々にはっきりとしてきた。


「どうして、ここに……ルルちゃんが?」


 内心分かっていたが、ルーカスはそう聞くことしか出来なかった。


「ルーカス様に、会いにきました」


 ルルは真っ直ぐにルーカスを見つめると、はっきりそう言った。

 その瞳と同じ真っ直ぐな想いが、ルーカスの胸に刺さった。


 また、俺のせいでこんな無茶をさせてしまった。

 自分を好きになってくれたばっかりに……。


「ごめん……ごめんね、ルルちゃん。君を守れなかったっ……! 俺が強引に計画したばっかりに、また火傷を負わせて、ごめん。もっとアランやみんなの意見を聞いて、別の方法を考えることだって出来たはずなのに……」


 酒の力を借りて、そのまま堰を切ったようにルーカスはルルに謝罪した。


「あれは、ルーカス様のせいではありません。私の方こそ、ごめんなさい。ルーカス様との約束を守れずに、こんなにルーカス様を傷つけてしまうことに……」


「違う……、違うっ!」


 ルーカスは思わず声を荒げて、ルルの言葉を否定する。

 そんなルーカスの剣幕に、ルルは一瞬息を呑んだ。


「俺のせいなんだ! あの時だって、あの時も俺が……」


 あれから、自分には人を好きになる資格もなければ、幸せになる事も許されないと、あれほど固く自分を戒めてきたはずなのに。


 けれど、ルルに惹かれていく自分が止められなかった……。

 孤独に心の傷を抱えている彼女がほっとけなかったのだ。


 もしも、自分が必要以上に優しくしなければ、彼女は自分ではなくアランを慕うようになかったかもしれない。

 アランなら、きっと最初から彼女が無茶をしないで済むように、別のもっと安全な方法を考えて、しっかりと危険から遠ざけることが出来たはずなのに……。


 自分がルルを好きにならなければ……。

 彼女への想いが先走ってしまったばかりに、リスクの大きい水脈調査を強引に進めてしまった。そのせいで、ルルがまた火傷を負うことになってしまったのだ。

 そして、今もたった一人で王都まで駆けつけるような事態も起こらなかった。


「もう、俺なんか放っておいてくれ……。こんな情けない男、君には相応しくない……だから、もう森に帰って! 帰ってくれ……」


「っ……!」


 ルルは怖かった。

 ルーカスに会いに行って、拒まれることが……。


 けれど、それでも今日思い切って、彼に会いに来て良かったと心の底から思えた。

 森で何も知らずただ大人しく過ごしていたら、こんなにも傷ついたルーカスに気づくことができなかったから。


「俺なんかが君を……なんて、許されないんだ。あれから、そんな資格がないと分かっていたはずなのに……」


 ぐったりした様子で、どこかうわ言にように呟くルーカス。

 ルーカスを苦しめているのは、たぶん今回の事だけが原因じゃないのだということが分かった。きっと自分と同じように、過去の辛い出来事に囚われているのだろう。


 ルルには、ルーカスの心の痛みを全て消し去ることはできない。

 簡単に癒せるというわけでもない。


 けれど、一人で悲しみを抱いて生きる事は辛くて寂しい事だと、ルルは身を持って知っている。彼がこんなにも苦しんでいる事に気づけたのなら、その悲しみに寄り添ってあげることくらいなら自分にもできる。


 ルーカスの心の傷と重荷を、少しでもやわらげてあげたかった。

 だから、ルルはルーカスがかつて自分に与えてくれた言葉を、今度はルーカスに贈った。


「一人で抱え込まないでください。辛い事や悲しい事があるなら、少しでも私に吐き出してくれませんか? 今度は私がルーカス様のそばにいますから、あなたの苦しみを一緒に受け止めますから」


 本当はその言葉を、ルーカスは心の奥底で、どれほど待ち続けていたのだろう。

 悲しみに押し潰され、暗闇に飲み込まれていたルーカスは、ルルから差し伸べられたその救いの手に、これ以上抗うことが出来なかった。


 ルルへと伸ばした手が震え、唇がわななく。


 おそるおそる少女の手を握ると、ぎゅっと握り返してくれた。

 夢なんかではない確かなぬくもりが、そこにはあった。


 それを、そのまま力強く自分の方へ引き寄せると、華奢な背中に手を回し、抱きしめた。

 そんなルーカスに対して、ルルもその背を優しく撫でたのだった。


「ルル」


 ルーカスが、消え入りそうな声で自分の名を呼んだ。


 ルルはそれだけで胸が苦しくなるほど、心臓が高鳴った。

 込み上げる想いに、目の奥がじわりと熱くなった。


 ルルは何も言わずルーカスの胸に額をこすりつける。

 そんなふうに自分を感じてくれている少女の姿に、ルーカスもまた胸の奥から込み上げてくるものがあった。



 やがて、ルーカスは重い口を開き、ルルに過去を語り始めたのだった。



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