ただ、会いたくて 5
あれからルーカスは、がむしゃらに仕事に打ち込んでいた。
本来の仕事はもちろん、ほんの少しでも空き時間があれば村人達に混じり、率先して水脈の採掘にも尽力した。さらに王都への報告があれば、アランの当番まで代わって馬を走らせて往復を重ねていた。
誰の目から見ても、身体を壊すんじゃないかと心配になるほどの仕事ぶりに、村人達も何かと気にかけていたが……。
しかし、そんな彼らの心配にも、ただ「大丈夫」の一言で済ませるルーカスに対して、どこか線を引かれているような気がして、それ以上は誰も何も言えなくなっていた。
けれど、周りにはそう言ったものの、ルーカスは仕事が終わり部屋に籠ると、途端に塞ぎ込んでしまい、またそれを振り払うかのように、酒を口にする回数が増えていたのだった。
そうやって酔い潰れることで無理やり眠る状態を作り上げていたが、やがてそれにも段々と慣れてくると効果も薄れていき、酒の強さも飲む量も増えていく一方だった。
だから、王都に報告に帰った時は、アランやジョージの目が届かない事をいいことに浴びるように飲み歩き、すっかり酒に溺れている状態だった。
このまま飲んだくれて、何もかもがどうでも良くなってくれたら、楽になれるのだろうか……。
そんなことまで考えたりもしたが、いくら酒を煽っても心に棲みついたものを、一瞬でも完全に忘れ去ることはできなかった。
アランから、ルルが目覚めてからの様子を聞きかされていた。
彼女がどれだけ自分に会いたがっているかということを……。
ルルが目覚めてくれた事に、心の底から安堵した。
けれど、ルーカスは少女に会いに行く事が出来なかった。
ルルが自分を庇って火傷を負った場面が、頭のなかで何十回、何百回と繰り返されるたびに、なぜ彼女を守ることが出来なかったのか、あの時どうすれば良かったのかと……後悔に苛まれていた。
どんなに悔やんでいても、過去には戻れない。
大切なのはこれからだ。
ルルにそう諭したのは他の誰でもないルーカス自身なのに、いざ自分がそんな状況に陥ると罪悪感に囚われ一歩も動けず、ただただ暗い感情に飲み込まれていくだけだった。
ルルは何度も辛い目に遭いながらも、前を向こうと懸命に頑張ってきたというのに、そんな健気な少女を支えてあげたいと思っていたはずの、自分が真っ先にこうやって酒に逃げている始末……。
情けない、一体自分はどれだけ不甲斐ないのだと嘆いても、酒に逃げる自分を止められなかった。もう、それを一日たりとも手放すことが出来なくなっていたのだった。
――ルルの手は離したくせに。
酔いに任せて、自分で自分に避難を浴びせた。
――そうだ……。俺はこの手の中にあった幸せを、自ら手放したのだ。
指切りをしたあの夜、怪我を負ってもルルはルーカスに笑って見せてくれたのに。
「ルルの笑顔が見たい」それを何よりも望んでいたはずなのに、あの時のルルの笑顔は目がくらむほどに眩かった。
あまりにも眩し過ぎて、ルーカスは目を逸らしてしまったのだ。
「おい、ルーカス……。いい加減、そのくらいでやめとけよ」
「……」
「ここ最近、王都に帰ってくる度に、そんな無茶な飲み方して……もう、今日は帰れ」
「何だぁ〜……。この店は、客を追い出すのか」
仕事が終わったとはいえ、まだ日が落ちる前から店に訪れ、構うことなく飲み始めたルーカス。
そんな様子の彼を店主もさすがに心配して声を掛けると、小言が耳に痛かったのかうるさそうな感じで返事をしながらも、おぼつかない手で代金をカウンターに置いた。
やっと、そのまま大人しく店を出るのかと思ったが、カウンター横に並んでいた酒瓶の中からおもむろに1本手に取ると、また懐から硬貨を数枚取り出し、投げて寄越した。
「これ貰ってくぞ」
「お、おいっ!? ルーカス、酒も大概にしないと……」
酒瓶を持ってそのまま店を出るルーカスに、店主は再度忠告したが、彼が振り返ることはなかった。
ため息をつきながら困ったもんだと考えていると、しばらくしてカランと扉に取り付けている鐘の音がしたので「いらっしゃい」と声を掛けたが、およそこんな場所には縁がなさそうな少女が、おそるおそる中へ入ってきた。
「お嬢ちゃん悪いけど、ここは子どもがくるところじゃないよ」
「す、すみません。あの、人を探していまして……。こちらに警備隊のルーカス様という方が来ていませんか?」
「ルーカス? アイツなら、ついさっき店から出て行ったけど……」
「あ、ありがとうございます」
店主の言葉に、少女はお礼を言うと入ってきたばかりの店を飛び出していった。
「ルーカス様! どこですか!?」
ルルは店主の話を聞いて、ルーカスがまだ近くにいるのではと考え、周辺をくまなく探し回っていた。
すると、少し先の路地裏からドサリと大きな物音がしたので覗いてみると、ルーカスが酒瓶片手に、壁にもたれかかるようにして座り込んでいた。
「ルーカス様!? だ、大丈夫ですか?」
「あれ、ルルちゃん? ……ハハッ、まさかね。夢か……」
目の前に突然現れたルル。
小さな肩を大きく上下させながら、息を切らせている姿に、ルーカスは一瞬目を瞠ったものの、すぐにこれは夢だと思った。
ルルが一人で王都まで来れるはずがない。
そこまでして、王都にくる理由もないはず……そう思おうとしたけれど、何のためにと問われれば、嫌でも思い知らされる。
――俺のために……。
だから、これは夢なのだと無理にでも思い込みたかった。
「ルーカス様……。お酒、どれくらい飲んだんですか?」
いつものルーカスからは想像も出来ないような、そのやさぐれた様子にルルは心配しながら声を掛けた。
「う〜ん。自分でも分からないくらい……かな」
「こんなになるまで飲むなんて……」
「……俺って、本当に駄目な大人だね」
そうは言いながらもルーカスは悪びれた様子もなく、ルルの目の前で手に持っていた酒瓶をそのまま煽る。
そんなルーカスの姿に、ルルは内心驚いた。
正直、ルル自身まだお酒を飲んだこともないので詳しくないのだが、匂いからしてとても強いお酒だということは何となく気がついた。
彼の顔をよく見ると、顔色も全体的に悪く、目が窪んでいるようにも見え、くっきりと出来た隈に眠れていないことが容易にうかがえた。
ルーカスの飲み方が良くない事は一目で分かったが、きっと彼の不調はお酒のせいだけではないのだろう。こんなになるまでお酒に頼らざるを得なかった原因が、自分のあの行動のせいなのだろうと考えると、ルルの胸は酷く痛んだ。
けれど、日も暮れ始めてきたので、とにかくこのままここでルーカスと話をするわけにもいかない。
「ルーカス様、ひとまず宿舎に帰りましょう」
「え〜、帰りたくない。ほら、まだ酒もこんなに残ってるし……」
酔ったふりをして大げさに駄々をこねながらも、心の中では頼むから目の前のルルの姿が夢であって欲しい。
現実を突き付けられる前に、早く、早く酔いつぶれなければと、ルーカスはまた酒の入った瓶を煽った。
一方ルルは、この状態のルーカスを、自分ひとりでは宿舎まで連れて帰ることが出来ないかもしれないと困っていたが、ふと以前王都で泊った宿屋を思いだした。
あそこなら、ここから近い場所にあったはずだ。
「ルーカス様。お酒を置いて、私の肩につかまってください」
ルーカスの手からルルが無理やり酒瓶を取り上げると、最初は抵抗したが酔って力が入らないのか、若干ふてくされた表情を浮かべたものの、やがて諦めたのかルルに言われるがまま、その華奢な肩につかまった。
「さぁ、立ち上がって下さい。大丈夫ですか? 行きますよ」
ルルがそう声を掛けると、ルーカスはおぼつかないながらも何とか歩き始めてくれたので、宿屋に向かうことができた。
何とか目的地につくと、店主がルルの事を覚えてくれていて、ルーカスの姿を見ると、こころよく部屋を用意してくれたのだった。