ただ、会いたくて 4
行商のニックのツテを頼り、ルルは夕刻には何とか王都へと辿り着いた。
ニックはルルが帰る時は、ルルを王都まで運んでくれた知人に話せば、ルグミール村まで送ってもらえるようにも頼んでくれた。
そして、少女に少しばかりの硬貨まで手渡した。
「ニックおじさんには迷惑をかけてばかりで、これ以上は受け取れないよ……」
「いいから、持っていけ。あって困る事はないから」
「……ありがとう」
「王都は人も多いから、充分気をつけるんだぞ」
ニックは心配しながらも、ルルを送り出してくれた。
そして、王都で一人のルルは、おぼろげな記憶を頼りにサマンサへの店へと向かった。
ルルが王都で頼れるとしたら、そこくらいしかなかったが、そこが一番確実に早くルーカスに会う事が出来るとそう思っていた。
「……うそ。お休み?」
しかし、サマンサの店の「CLOSE」の札がかかっていた。それでも、もしかしたら中にいるのかもしれないと扉を叩いて何度か訪ねてみたが、返答はなかった。
すると、その音を聞きつけて隣の家から出てきた人が、店の者は仕入れのために2、3日留守にしているから、帰って来るのは早くても明日の夕方になるんじゃないか、と教えてくれた。
いきなり頼みの綱が切れて、出鼻をくじかれてしまったルルだが、たった一人でここまで来たのだ。すぐに諦める事はわけには行かなかった。
それから少しの間サマンサの店の前で考えた末、警備隊の宿舎に行くことにした。
確かここから近いと言っていのをルルは覚えていた。宿舎内には一般人は入れないと聞いたが、運良くルーカスがいたら守衛に頼んで呼んでもらう事も出来るかもしれない。
さすがのルーカスも王都まで一人で来たルルを、そのまま追い返すことはないだろう。もし本人がいなくても、どこにいるかおよその場所くらいは分かるかもしれないと思ったのだった。
「あの、ここにルーカス様という方はいらっしゃいますか?」
警備隊宿舎の入り口の受付に、およそこの場所に似つかわしくない可愛らしい少女が訪ねてきたので、守衛は一瞬とまどった。
「お嬢ちゃん、お使いかい? ん〜、ルーカスって名前は何人かいるけれど、どんな感じの人か分るかい?」
まだ幼さの残る顔立ちに、守衛は一層親切に話を聞き出してやる。
「えっと、アラン様やライアン様と仲の良い……」
「あぁ!? あのルーカス……。お嬢ちゃんアイツに何か用かい?」
良くも悪くも注目を浴びている三人である。度々、彼らの騒動が噂で耳に入ってくるので、まさかこんな純朴そうな少女が、あの三人の関係者だとは考えられなかった。
彼奴等は、今度は一体何をやらかしたのか……。そう思って守衛が聞いてみたが、少女は真剣な眼差しで答えた。
「どうしても、ルーカス様にお会いして話さないといけない用事があるのです」
「せっかくだけど、ルーカスは今いないんだ」
「え!? まだお仕事中なのでしょうか?」
「いや〜、仕事は終わってるけど、それが……」
守衛はここ最近報告に戻ってくるルーカスの様子に、困惑していた。
以前は、飄々としながらも器用に仕事をこなし、地方の村で水路事業に関わるようになってからは、見違えるように熱心に働いている様子だった。しかも、その表情はどこか晴れやかな感じがしていたのである。
そんなルーカスが、ここ最近はやけに沈んだ様子で戻ってくるたびに、仕事をさっさと済ませるとふらっと酒場に出掛けて行くのだ。
久しぶりの王都。多少の羽目を外すくらいは大目に見るが、ルーカスの泥酔具合は飲んでいる所を見ていなくても、無茶な飲み方をしていると判断できるほどだった。
何かあったのに違いないが、聞いてもはぐらかされてばかりで周りの者たちも困っていた。
けれど、それを外部の人間に漏らすわけにもいかない。
「もし困り事があるなら、ルーカスでなくても話を聞いてくれるところに案内しようか?」
「い、いえ……。その困り事というか、ルーカス様でなくてはいけない用なので……」
「それなら伝言でも預かろうか? ここで待っていてもいいが、たぶんルーカスは夜遅くまで帰ってこないと思うよ」
「あ、あの、それなら、せめてどちらにいらっしゃるかわかりませんか? 私、探しに行きますから!」
それでも食い下がる少女に、急ぎの事情というよりは、ルーカス自身に関係ある用事なのかもしれないと思った。そこで、ふと守衛は思い出した。
「お嬢ちゃん、もしかしてルグミール村の子かい?」
「は、はい。ルグミール村のルルと言います」
「そうか、お嬢ちゃんがあの……」
ルグミール村の一件から、すっかり雰囲気が変わったルーカスとアランに皆が驚き、そしてあのライアンまでもが友好的な関係を築いているとの噂で、警備隊で秘かに話題になっていた少女である。
そんな少女が、どうしてもルーカスに会いたいというのだから、ひょっとして今回ルーカスの様子が変わってしまった事を何か知っているのだろうか……。そして、この子はそれを心配してここまで来たのかもしれない。
別の用件、例えば村の水路事業に関することだったら、何も絶対ルーカスじゃないといけないという事ではないのだから……。
それならば……。
今はまだかろうじて仕事だけはちゃんとやれているが、誰の目から見てもぎりぎりのところにいるルーカスがこのまま荒んでいく一方だと、そのうち仕事にも悪影響が出てくるかもしれない。
そうなると、謹慎処分も免れなくなる。
もしかしたら、この子と会うことでルーカスがまた良い方向に戻ってくれればと思ったりもした。守衛は逡巡したあと、思い切って口を開いた。
「実は……最近ルーカスは飲んだくれてばかりで、たぶん酒場に行ってると思うが……」
「お酒、ですか?」
「ああ、何があったか分からないけど、浴びるように無茶な飲み方をしてるみたいで、しかも遅くまで飲み歩いててな……。酒場に行けば会えると思うけれど、お嬢ちゃんが一人で行くような……」
「酒場ですね! ありがとうございました」
「お、おいっ! お嬢ちゃん!? ちょ、ちょっと、待っ……」
少女が一人で行くような場所じゃないので、警備隊の誰かを案内につけるから、ルーカスに会ったら少し喝を入れてくれと言おうとしたが、少女はあっという間に駆け出して行った。
ルルはルーカスがいると思われる場所を聞くやいなや、守衛にお礼を言い残すと考えるより先に体が勝手に動いていた。
確か、前に王都に来た時、夕飯を食べたお店がある通りに酒場もあったから、まずそこに行ってみようと思ったのだ。記憶を頼りに、迷ったら行き交う人々に臆せず道を聞きながら、ルルはやっと酒場のある通りに辿り着いた。
けれど、店は数件建ち並んでおり、ルーカスがどのお店にいるかは外からうかがうことは出来なかったので、ルルは片っ端から訪ねる事にした。
突然、酒場に現れた少女の姿に、酔っぱらい達は囃し立て、絡んだりと、大変だったが、ルルはひたすらルーカスを探し歩いたのだった。




