ただ、会いたくて 3
ルルは森を出るとフードを目深にかぶり、ある人物の姿を探すことにした。
いくら人目につかないように行動しても、村人は余所者に目ざとい。
このままの格好で村の中を、うろうろとルーカスを探していては嫌でも目立ってしまうだろう。村人達のルルへの誤解は溶け始めたとは言え、まだ渦中の人物である。
だから、ルーカスの居場所をピンポイントで聞き出す必要があった。
そうすれば、ルルとて勝手知ったるルグミール村である。まだ、アランや村の長に見つかる前にルーカスの元へいける可能性は高い。
本当は呼び出して貰おうかと思ったけれど、自分の名を出すときっと来てはくれない……。だからといって、嘘をついて誘い出すのは気が引けた。
そして、ルルはやっとある人物の姿を見つけると声を掛けた。
「おじさん、おじさん」
「?」
どこからか女の子の声が聞こえたので、行商のニックはキョロキョロと辺りを見回してみると、茂みの中からひょっこり顔を出した姿に、思わず飛び上がってしまいそうなほど驚いた。
「ル、ルル!?」
「しーっ!」
ニックが思わず大きな声を上げてしまい、ルルは慌てて口の前に人差し指を立てた。 するとニックは、口に手を当てキョロキョロと周りを見渡し、近くに誰かいないか確認をすると小声で、話し掛けた。
「ルル、お前さんには悪いが、村にはまだ……」
全ての事情を知り、村人達のルルへの誹謗中傷はピタリと止んだ。
しかし、自分たちの行動で一人の少女を村から追い出したことに後悔を滲ませながらも、心の整理がついていなかった。もうルルが村に来ても誰も咎めたりはしないだろうが、逆にこれまでの自分の行いを自身で受け入れるには、いましばらくの時間が必要だった。
ルルにそう話したが、どうやらルルはルグミール村訪問が目的ではないようだった。
「ニックおじさん、お仕事の邪魔してごめんなさい。あの……、ちょっと聞きたいことがあって……」
ルルが行商のニックに声を掛けたのは、彼が荷馬車の用意をするため、人通りの少ない馬小屋の裏手のちょっとした空き地で、作業をしているのを知っていたからだ。
人目につきにくく、街に出なければならない仕事なので、出発の直前に話しかければ例えルルと話した後でも、誰かと会話する可能性も低いので、村でルルの目撃話が広まるのが遅くなるかもしれないと思ったからだ。
「俺に分ることならいいけど……何だい?」
「あ、あの……今朝、ル、ルーカス様を見掛けませんでした? その、いま村のどこにいるとか、分かりますか?」
「警備隊のルーカスさんかい? あの人なら確か、昨日の昼に王都へ報告に行って三日くらいここを留守にするって聞いたけど……」
「え!? そ、そうなんですか……」
ルーカスの不在をうっかり想定していなかったので、ルルはこれからどうしようか戸惑ってしまった。一旦、出直したほうが良かったかもしれないが、ルルも意を決してここまで来たのだ、そう簡単には諦めきれなかった。
「ニックおじさんは、今日これから王都に行くんですよね?」
「いんや、王都のひとつ手前にある街まで……。ひょっとして薬を売って欲しいとかかい? それならその街に知り合いがいるから、責任持って王都まで届けてもらうように頼んでやるが……」
「っ! あの、その方に私を王都まで連れて行ってくれるように、頼んで貰えませんか?」
「な、何だって!」
「し〜! おじさん、声が大きいです」
ルルにそう言われて、またもや手で口を抑えたニック。
しかし、いきなり王都に連れていって欲しいといわれても、返答に困るニックだった。知人に頼んでやる事は容易だが、少女一人で行かせるには少し心配がある。
そこで、ルルに王都へ行った事があるのかと聞けば、一度だけだと答えた。不安過ぎる……。
自分では判断出来なかったので、村の長に相談しようとしたが、ルルはそれを制止した。いよいよ怪しいのだが、そんなニックにルルは懇願した。
「おじさん、一生のお願いです。このまま私を王都に連れて行ってくれるようにしてください! お願いします」
今日は、アランが森に来たのは朝早く、ルルが森から出たのもまだ村でも朝食が終わり仕事を始めようかとするぐらいの時間帯なので、今出発すれば充分明るいうちに王都へ着けるはずだ。
アランが次に来るのは、仕事の関係で明日の昼になると聞いた。書き置きを見つけるまで今日一晩の猶予があると考えたのだった。
「どうしても、今王都へ行かなければならないんです。ニックおじさんに、迷惑かけちゃうかもしれないけれど、そしたら皆には私があとで一生懸命謝るから、だから……!」
そんなルルの必至な様子に、自分達のしてきた事への罪悪感からか、少女の頼みをすぐに断る事も出来なった。
それに、きっと自分が断ったとしても、ルルは何としてでも王都へ向かうに違いない。
それほどの決意に満ちた目をしていた。
詳しい事情はニックには分からなかったが、そこまでの想いを見せられたら、手を貸してやりたいと思っても仕方なかった。
「分かった。馬車に乗りな」
ルルだけではなく自分もあとで一緒に謝ろうと心に決めたニックは、少女にそう言ったのだった。
こうして、ルルは王都へと向かうことになった。
ルーカスに会いたい、その一心を胸に。
荷馬車に揺られながら、ルルはいつか村の長が言っていた言葉を思い出していた。
母のリリィは大胆で、父のロイがしょっちゅう大変な目に遭っていたと……。
確かに、いつも何かを始める時は、母が言い出すことがほとんどだった。父はそんな母をたしなめながらも、結局は実現に向け協力を惜しまなかった。
きっと、そんな母の血がルルにもしっかり受け継がれているのかもしれない。
幼い頃のルルは、時にはロッティよりもおてんばな部分があったが、子どもでいられる時間が少なかったため、年齢の割には大人びてしまっていた。
だから、これはわがままな行動だと咎められるかもしれないが、久しぶりに自分の思いのままに動くことに後悔はなかった。
天国の父と母も、今のルルの行動にきっと困った顔をしているだろう……。それでも、二人とも見守ってくれるに違いないと、そんなふうに思ったりもしたのだった。