ただ、会いたくて 1
目を覚ましてからのルルは、一日ゆっくり休んだだけで、翌日から薬草畑の世話に勉強や採取に精を出していた。
眠り続けて体力が落ちていたのがウソのように、体が軽く不調は微塵も感じられなかった。おかげで数日間、手付かずだった仕事の遅れを取り戻すかのように、忙しい毎日を送っていたのだった。
けれど、忙しくしているのには、もう一つ理由があった。
実はそうでもしないと落ち着かなくて、ルルはそれを紛らわすように働いていたのだ。
少しでも手が止まれば、考えてしまうから……。
そして、その人の事を考えれば考えるほど、無性に寂しくなってしまうのがたまらなくて、ルルは体を動かしていた。
あれから……。
あの指切りをした夜以来、ルーカスはルルに会いに来てくれなかった。
そのかわりアランが、毎日ルルの様子を見に来てくれるようになったのだが、そんなアランに対してルルは、来てくれるたびに同じ事を聞かずにはいられなかったのだ。
「おはようございます……。あの……」
ここ数日、アランが森に来てくれるたびに、開口一番聞いている事があった。
自分でもしつこいなと心配するほどだった。けれどやっぱり気になって仕方がなかったのだ。ただ流石に自分の質問が、アランを困らせていると思うとつい口ごもってしまった。
けれど、アランはそんなルルの様子を見て、何を言いたいのか察してくれたのだろう。
「元気でやってる。大丈夫だ」
「……それなら、良かったです」
お互い名前こそ出さなかったが、いつも同じやりとりをしていたので、それで話は通じていた。
「今は……その、どんなお仕事をしているんでしょうか?」
勇気を出して、もう一頑張りしてみたルル。
「ヴィリーが見つけてくれた場所を、村人達に混じって掘ったり、王都への報告で行ったり来たりしている……。今は何かと忙しくて、もう少ししたら落ち着くと思う」
「……」
「……」
けれど、本当にいつもと何ら変わりないアランの言葉に、ルルはそれ以上何も聞けなくなってしまい、思わず沈黙してしまった。
そして、アランも苦しい言い訳と自分でも分かっていながら、ルルの気持ちを考えるとそう言う事しか出来ず、秘かに胸を痛めていた。
正直、ルルも自分があの夜からルーカスに避けられていることを、薄々感づきはじめていた。
ルーカスとの約束を破って、危険な行動に出たことを怒っているのだろうか。
薬を塗って欲しいだなんて、甘えすぎてしまったのだろうか。
指切りなんて子どもみたいなわがままに、呆れてしまったのだろうか。
もしかしたら、それとは別に何か気に障る事をしてしまったのだろうか。
色々考えていると、胸がぎゅっと押し潰されそうになった。
何か見落としている事がないか、避けられている理由を必至に探そうと、ルルは怪我をしたあの夜のルーカスの様子を思い出してみる。
あの時ルーカスは、どこか思いつめたように謝っていた。
けれど、その後は自分を安心させるように優しい口調に戻っていたし、指切りもしてくれた。だからルルも安心しルーカスの言う事を大人しく聞いて、眠りに入ったのだった。
でも、ルルは自分の事ばかりで、ルーカスが傷ついている事に気づけなかったのではないだろうか。
そして、ルルはもうひとつ思い当たることがあった。
サマンサに会った時に、彼女がルーカスについてほんの少し話してくれた。
――孫のルーカスは何年か前、いろいろあって……。
確かそう言っていた。
あの時はピンと来なかったが、今ならすこし分かるような気がした。
きっと、ルーカスにもルルと同じように、何かとても辛い事があったのかもしれない。
だからこそ、ルルが辛い過去を思い出す事になろうとも、あんなにも強引に心の傷と向き合うように諭してくれたのだ。
そして、一人では抱えきれない悲しみを、側にいて受けとめてくれた。
親身になって、支えてくれたのだ。
けれど、それは同時にルーカスも、諭される前のルルのように、辛い過去に蓋をして、まだ心の傷が開いたままなのを、見て見ぬふりをして過ごしてきたのではないだろうか。
だからこそ、あの時サマンサはルーカスの変化に驚いていたのだ。
もしかしたら、今回の怪我をルル以上に、ルーカスは気に病んでいるのかもしれない。
勝手なこじつけかもしれない。
自惚れかもしれない。
けれど、もしそれが本当だとしたら、ルーカスは会いに来れないほどの、苦しみを抱えているということではないだろうか。
とても優しい人だから、自分のせいだと責任を感じて……。
――ああ、本当に私は自分の事ばっかりだった。
儀式の後、みんなも辛かったのだと分かったような事を口にしていたが、自分が一番悲しくて酷い目にあったのだと、心の中ではずっとそう思っていた事に気づかされた。
だから、みんなが心配してくれていたにも関わらず、心の傷を免罪符にして森で生活するという自分の考えを押し通して、無茶な事をしてきたのかもしれない。
今回の件もそうだ。
自分が怪我を負う事で、自分を大切に思ってくれている周りの人も傷つくことをルルは身を持って知ったはずなのに、咄嗟の出来事とは言え、無茶な行動に出たことを深く反省していた。
もしルルの考えた通りなら、ちゃんとルーカスに会って謝りたかった。
どこか頑なだったルルを、ルーカスがほぐしてくれた。
だったら、今度は自分がそうしてあげたい。
そう思うとルルはいてもたってもいられなかった。
けれど、ルルはアランから森から出るのを、やんわりと止められていた。
そして、村の長からの手紙にも同じような事が書かれてあった。村のルルへの誤解は解けつつあったが、まだ村の様子も安定していないと言われると、ルルも強く言い出せないでいた。
ルーカスが会いに来てくれないことには、今のルルにはどうする事も出来ない。
だから、ついアランが森に来た時に毎回ルーカスの様子を聞いてしまうのだが、アランはルルを心配させないように「元気にしている」とか「大丈夫だ」の繰り返しだった。
ただ、ルルの質問が続くうちに、アランの歯切れが悪くなっていったので、ルルは不安を募らせていた。
もしかしたら、ルーカスはものすごく無理をしているのではないかと……。
だって、今の自分もどこか気を紛らわせる様に働いているから。
ちゃんとご飯は食べているのだろうか。
夜はぐっすり眠れているのだろうか。
会えない日が続くと、些細な事まで心配してしまうようになった。
顔を合わせていた時は、顔色や口調、仕草から様子は伺えたのに……。
――会いたい。
無理だと分かっていても、その想いはルルの胸のなかであふれんばかりに膨らんでいった。




