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約束を胸に 1

たとえ会えなくても、両親に愛された記憶と約束は、いつも胸の中に。



 両親を立て続けに亡くし、しばらく姿を見せないルルを一番心配したのは、近くに住む食堂の娘ロッティだった。


 彼女は、ルルの幼馴染で親友だった。


 両親からは子どもは大人しくしていなさいと言われ、我慢していたがついに忙しい大人達には任せておけないとばかりに、料理を持って親友の家に押し掛けたロッティ。


 しかし、ふと、ルルの家に看板が出ているのを見つける。

 ルルの両親が営んでいた薬師の看板だ。亡くなってから仕舞い込まれてあったはずなのに……。

 それを見たロッティが、あわてて店の中に飛び込んだ。


「いらっしゃいませ」


 すると、そこにはだいぶやせ細ってはいたが、思ったより元気な声で挨拶をするルルの姿があった。


「ルル! あなたちっとも姿を見せないで……心配したんだからね」


「ごめんね。ロッティ、ちょっと勉強してたの」


「ああ、もうこんなに痩せちゃって。勉強って何の? それに、いらっしゃいませって……」


「あのねロッティ、色々考えてみたんだけど、私……両親と同じ薬師になろうと思うんだ。まだ、両親みたいに上手くないけど、これね、両親が遺してくれたノートや本を見ながら、作ってみたの……」


 そう言って、ルルが差し出したのは何かの薬だった。


「ルル……! てっきり塞ぎ込んでばかりいるとばかり思ってたのに……一人で頑張ってたのね」


 その言葉に、感極(かんきわ)まった様子のロッティは、思わずルルをぎゅうぎゅうに抱きしめる。

 親友のやや力強いその抱擁に、少し息切れを起こしそうになりながらも、ルルはそんな彼女の気持ちが嬉しかった。


 そうして、ルルはやがて今日に至るまでの事情を、ぽつぽつと話しはじめたのだった。



◇◆◇



 母が亡くなってから誰にも会おうとせず、しばらく(ふさ)ぎ込んでいたルル……。


 朝から晩までひたすら泣き続け、ろくに食事をとることも眠ることも出来ずに、ぼーっといつまでもうずくまってばかりだった。

 時折、様子を見に来てくれている人もいたが、よく覚えていなかった。


 どれくらいそうしていたのか、ふと視線をめぐらせると鏡の中の自分と目が合った。


 ――ひどい顔……。


 けれど、仕方ないじゃないかとルルは思った。

 もう泣き虫の自分を慰めてくれる父はいないし、励ましてくれる母もいないのだから。


 けれど、ぼんやりと鏡を眺めながら、今の自分をみて両親はどう思うのだろうと考えた。

 きっと泣いてばかりの自分を心配しているだろう。

 その瞬間、脳裏(のうり)に両親の悲しそうな顔が浮かんだ。


 ――嫌、そんな顔しないで。


 止ったはずの涙がまた(あふ)れて、両親の顔が余計に(ゆが)んでいく。

 このままではいけないと自分でも分かっていた。でも、悲しくて、寂しくてどうしようもないのだ。


 そんな時、ルルのお腹がギュルルと物凄(ものすご)い音を鳴らした。

 最後に食べ物を口にしたのはいつだったのか、思い出せないかった。

 独りで食べていると、なんだか自分だけが生きてて両親が死んだという事を、どうしようもなく実感させられてしまうような気がして、段々と食べること自体が嫌になっていたのだ。


 ――ルル! 好き嫌いしないで、たくさん食べないとダメだよ!


 ふいに、父の声が聞こえたような気がした。小さい頃、ニンジンが嫌いだったルルに父が言った言葉だ。


 ――えらいわ、ルル! 全部飲んだのね。そのスープね、ニンジンがたっぷり入っているのよ。


 そのあとルルが食べられるように、工夫して作ってくれたニンジンスープを全部食べた時、母はそう褒めてくれたのを思い出す。


 ――(とう)さま、(かあ)さまは、私が食べたらまた()めてくれのかな?


 ふと、心の中でぽつりとそんなことを呟いたルルは、やがてしばらくすると、なけなしの力を振り絞って立ち上がったのである。

 重い体を引きずりながらキッチンに向かむと、おもむろに包丁を握りしめた。


 やせ細ったその手では、野菜を切るのに苦労した。

 けれど母が作ってくれたニンジンスープの味を思い出しながら、途中また涙がどうしようもなくこぼれたりもしたけれど、切り方や味付けの仕方を教えてくれながら母と一緒に作った記憶を頼りに、それでもルルは最後まで一生懸命それを作ったのだった。


 母にはまだまだ(およ)ばない出来栄えだったけれど、やっとの思いで作ったスープを一口飲むと、温かくてじんわりとした優しい味に、お腹がホッとすると同時に、脳裏(のうり)に浮かぶ両親の顔もホッとしたような気がした。


 ――私が泣いてばかりじゃ、二人とも心配するのは当たり前だよね。私がいつも笑っていたら、心の中の二人も笑ってくれるのかな。


 何も食べていなかったから、少しむせてしまったけれど、ルルはそう考えながらスープを全部飲み干した。

 そして、空っぽになったお皿をしばらく見つめていたが、やがてゴシゴシと目をこすり、両手でペチンと(ほほ)を叩くと、ぐっと足に力をいれると、さっきよりもほんの少し力強く立ち上がれた気がした。


 それから、ルルは両親の遺してくれた本やノートを読み(あさ)り、両親の手伝いをしていた時の事を思い出しながら、独学で薬作りの勉強をはじめた。


 けれど、母に褒められた事もあったが、やっぱり一人っきりでの調合は上手くいかなくて、体力もずいぶん落ちているのもあり、最初は薬と呼べる物ではなかった。

 何度も失敗を繰り返し、落ち込んだりもしたけれど、両親との約束が折れそうなルルの心を支えていた。



 ――指切りしたもんね。だから、父さま、母さま、私を見守っていてね。





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