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もどかしい想い 2



 村の長の姿がなくなると、アランはやれやれと思いながら、ルルに少しでも水分を取るようにルルに果汁の入った器を渡したが、ルルはなかなか口に運ぼうとしなかった。


「どうした、ルル? しんどいなら、スプーンですくって、少しずつ……」


「いえ、そ、その……」


 果汁の入った器を手に、けれどルルは妙にそわそわとしながらあたりを見回していた。アランはその様子にはっとした。一旦話題が逸れたと思っていたが、やはり避けては通れないようだった。


 ルルが誰を探しているか察したものの、しかし、アランはあえて口を閉ざしたままでいる事しか出来なかった。

 すると、先ほどは遠慮があって言い出せなかったが、とうとう堪え切れなくなったのか、ルルはもじもじとしながらも口を開いた。


「あ、あの、その……、ルーカス様は……?」


 ルルのその質問に、アランの心臓がドクリと嫌な音を立てた。

 やっと目を覚ましたルルに、今のルーカスがどういう状態なのか、とても本当の事は言えなかった。


「っ……、ル、ルーカスもルルの事をものすごく心配していたのだが、少し仕事が立て込んでいてな……。ルルのためにアイツずいぶん張り切っていて、ヴィリーが見付けた場所の水脈の採掘の方に専念していて……」


「ヴィリーが見つけた場所を掘る事が決まったんですか? 良かったぁ! 私が眠る前に、ルーカス様がきっと水脈は見つかるから、大丈夫だって言ってくれたんです。あの場所で見つかるといいね。ヴィリー」


 苦しい言い訳だったかもしれないが、アランの言葉を特に疑う様子はなく、ルルは心底から安堵したようにそう言うと、傍らにいたヴィリーが尻尾をぶんぶんと振り回しながら、撫でろ、撫でろと主におねだりをしていた。


 ヴィリーを思う存分褒め称えながら、たわむれるルルの姿に、アランは胸を痛めながらも、ルーカスについてはしばらく誤魔化しておく事にしたのだった。

 無邪気なルルの様子に安堵しながらも、彼女に伏せておく事情は増えていき、それもいつまで保つのか考えると、アランの気は重くなった。


「ああ、大丈夫だ。ルルが目を覚ました事はしっかりルーカスに伝えておく。アイツも今はルルのために一生懸命頑張っているから、ルルも安心してゆっくりと休んで、元気になろう。それがルーカスにとって何よりの励みになるだろう」


 それは、ルルに対してなるべく嘘をつきたくはないアランが、かき集めた精一杯の言葉だった。


 ルルは目を覚ましてそばにルーカスがいない事を、少し……いや本当はかなり残念に思いながらも、アランにそう言われると仕事だから我儘を言ってはいけないと自分に言い聞かせて、アランの言葉に素直に頷いたのだった。

 それでも、しょんぼりとした表情を上手に、全て隠し切れるものではなかった。


「ルル。その……、火傷の方はどうだ? 痛むか?」


 ルルのそんな様子に、アランは話題を変えようとして、うっかり率直に聞いてしまった。そう聞かれたルルは、少しその時の事を思い出したのかうつむいてしまった。

 もっと、話の流れに沿ってさり気なく聞くはずが、自己嫌悪に陥ったアランだったが、ルルはすぐに顔をあげてアランに伝えた。


「少しピリピリするぐらいで、そんなに酷くはないように思います」


「そ、そうか。良かった。あ、えっと……」


 アランはポケットに忍ばせていた、ルーカスから受け取った火傷の薬をそっと握りしめて勇気を振り絞って切り出した。


「お、俺が、薬を塗ってやろうか?」


「え?」


「あ、いや、薬をルーカスからルルにと預かったんだ。ちゃんと傷に塗るようにって、だが、もし背中に手が届かないなら、俺が……」


 しかし、アランが言い終わらない内に、ルルに遮られてしまった。


「だ、大丈夫です。じ、自分で塗れますから……」


 差し出したのは、いつかルーカスがルルにくれたのと同じ火傷の薬だった。


 器の色と模様は少し違うが、それもとても綺麗な容器だった。

 あの夜、ルルはわがままを言ったかもしれないと少し気に病んでいたが、あの言葉をルーカスが覚えてくれていてこうやってまた薬を自分に贈ってくれたのかと思うと、嬉しさがこみ上げてきた。

 ただ、本当のところはルルの想像とは全く違う状況に陥っていたのだが、今の彼女はそれを知る由もなかった。


「そ、そうか……。じゃ、じゃあ、ちゃんと塗るように、終わるまで隣の部屋にいるから何かあったら呼んでくれ」


 あっさりルルに断られて、アランは落胆の表情を隠しそう言い残すと寝室を離れたのだった。


(やっぱり、急には……無理だよな)


 アランは自分の発言を思い出しため息をつきながら、彼女の火傷について考え込んでいた。

 これまでアランはルルの傷つく姿を見たくないばかりに、火傷の事にはあえて触れてこなかった事を、ほんの少し悔やんでいた。


 ルーカスのやり方には強引だと感じつつも、ただ単にルルに嫌われてしまうのが怖かっただけかもしれない。

 そんな自分とは違い、ルーカスはそれでも踏み込んだのだ。


 そして、今のルルを見ると、それは間違ってはいなかったかもしれない。

 ルルの家に招待された時、ルルは目を赤くして泣きはらしていたのが伺えたが、それから少しずつちゃんと前を向こうと頑張っていた。

 そんなルルの強さを、あの時のルーカスはちゃんと信じていたという事だ。


 もしも、自分がルーカスのように行動出来てきたら、今自分一人でもルルを支えてあげられたのかもしれない。


 その傷にも、触れる事が出来たのかもしれない……。



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