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印を持つ少女 5



「う〜む。入り口手前の郵便箱に手紙等を入れには来ていたが、いざ入ってみると……」


 森の入り口の鬱蒼とした茂み、それを抜け出た時の、木々の様子や、獣道とも呼べぬ道をヴィリーの案内で進みながら、村の長は驚きの連続だった。


 ルルの手紙で暮らしぶりを少なからず知ってはいた。それから、アランやルーカスが何度となく通うようになって何となく認識が緩んでいたのかもしれない。

 けれど、初めて見る森の中の様子は、村の長にとっては想像以上に厳しい環境に見えたのだ。まず方向感覚もわからず、周りの光景に目印になるようなものはなく、ヴィリーの案内なしでは数歩で迷ってしまいそうだった。


 こんなところで、16歳の少女が今まで生活していたなどと、にわかには信じがたかった。

 しかし、しばらくすると急に開けた場所に出て、小さな家が見えた。


「あれが、リリィとロイが建てた家か……」


 慣れた様子のアランが家の扉を開けると、それに続いて中に入った。

 部屋のあちこちを見回し、小さいながらも想像以上にしっかりとした造りに、ルルの両親を思い出す。二人とも何かと器用だったが、大胆で行動力にあふれていたリリィに対して、慎重な性格のロイが上手くフォローしていたから成せたのかもしれない。

 そんな二人が力を合わせてコツコツと造ったこの家を、ルルが気に入るのも無理はなかったのかもしれない。


 村にあるルルの店とて両親との思い出はいっぱいあっただろうに、森で暮らしたいとルルから懇願された時は、寂しいひとりの生活にずいぶん心配したことだった。

 しかし、居心地の悪くなった場所でうつむいて暮らし続けるより、よっぽど心は穏やかに暮らせていたのかもしれない。

 部屋の様子を見ながら、村の長はそんな事を感じ取っていた。


 そして、アランはルルの寝室に入り、火傷にさわらないよう注意を払いながらルルを寝かせると、村の長とともに様子を見守っていた。


「しかし、森に戻ってから、ルルが目を覚ます事となると……」


 ルルの寝顔を見ながら、村の長がふとそう呟いた。


「それが、何か?」


 アランは聞き返してみたが、村の長はすぐには答えず表情を固くしながら、しばらく何やら考え込んでいたが、やがて話し始めた。


「いや、確証があるわけではなのじゃが……。確か、以前王都に行った時も体調を崩したと聞いたのじゃが……」


「はい。医者にも診てもらいましたが、慣れない場所と人混みに疲れが出たんじゃないかと」


「ふむ、その可能性もあるじゃろうが……。ルルは、森に近づくにつれて体調が戻ってきたと?」


「ええ……」


 あの時は、かなり信用ならぬ医者ではあったが貰った薬が効いてきて、見慣れた風景にルル自身も安心したからだと思っていた。


「たまたまかも知れんが、儀式で助けてられてからもルルはしばらく眠り続け、目覚めてからも長らく体調が悪かったのじゃ。あの時の事情を考えれば、無理もない事だと……。じゃが、あの子が森へと出入りをするようになってから、調子が良くなったように見えて、暮らし始めてからは、手紙ではいつも元気そうで……」


 村の長はそこまで言うと一旦話を切り、その表情を曇らせた。


「そんなルルが、急激に体調を崩したり、ここまで一度も目を覚まさずに眠り続けるとは、ちぃとばかし不思議に思っておった。もちろんルルには苦労をかけ、怪我を負ってしまった心労もあるじゃろう……。けれど、今回も森に入ってから、ルルが目を覚ますとなると……」


「それは……」


「年寄りの世迷言かもしれんが……。しかし、偶然にしてはやはりおかしいとは思いませんか?」


 言われてみれば確かに、王都から森へと戻るうちにルルの体調はぐんぐんと良くなって、その回復の速さにはアランも少し驚いたものだった。


「何か、他に理由があるとお考えなのですか?」


 アランが問うと、長も戸惑うように自分の考えを口にした。


「ルルがなかなか目を覚まさんもんで、儂も色々と考えておったのですが……。アラン殿、あの雨乞いの儀式が関係しておるとは考えられませんか?」


「儀式が?」


「はい……。儀式では『贄の印をもった少女を森に捧げることによって、願いが届く』という伝承でした。あの時は、失敗になったとばかり思っておったのじゃが。しかし、色々な事情が重なった事も原因ではありますが、その後、結局ルルは引き寄せられるように森へ入り、そして暮らすようになった……。これは、ただの偶然じゃろうか?」


「まさか……」


 村の長もアランの言葉通り、まさかと思っていた。自分達が追い出したという罪の意識から逃れようと、無理矢理こじつけているのではという思いもあった。

 けれど、ルルの昏睡を目の前に、突拍子のない仮説を一蹴されてもいい、今はどんな事でもいいから、原因解明の糸口へと繋がらないかと、ここ最近ずっと村の長なりに考えを巡らせていたのである。


「もしも『贄の印をもった少女』が……。もしかしたら、ルルが森で暮ら始めたのが、森に捧げられたと同じ事になっておるとしたら、ルルはすでに森の供物という事ではないのではないじゃろうか? それが勝手に、森から離れたりすると……」


「ルルは、森から出ると体調が悪くなる……という事ですか?」


「すぐにというわけではないでしょうが……。ただの儂の思い過ごしならいいのじゃが。しかし、ルルの身に起る不可解な体調不良を考えると、辻褄があうというか……。もしもそうだとしたら、何ということじゃ……」


 村の長の仮説に対して、アランは王都へ行った時や水脈調査の時、元気そうにしていたルルの姿を思い出すと、にわかには信じられなかった。


「まだ、そうと決まった訳じゃありません」


 しかし、そうは言ったものの、確かに何がここまでの昏睡状態を引き起こしているのかと問われれば、これだと言える他の要因を上げられずにいるのも現状だった。


 それに、何度となく通ってきたはずのこの森の家にいまだ案内なしでは辿り着けない事に、森に対してどことなく得体の知れなさみたいなものを感じてはいた。一見突拍子もない話だが、妙に腑に落ちてしまったような感じもするアランでもあった。


「しかし、アラン殿……。うむ、そうじゃのう……、正直まだ何とも言えない状態ですし、とにかく今はルルの回復を祈りましょう。どれ、儂は果物でも絞ってこようかのう」


 村の長はアランに言いかけたが、今のところ自分自身何の確証があるわけでもなく、何とも言えないところでもあったので、ひとまず今はルルのために出来る事をしようと立ち上がった。


「お願いします。とりあえず、まだ確かな事は何も分からない状況ですし、この事はルルにはしばらく伏せておいたほうがいいでしょう」


 まだ確かな事は何も分からない状態だったが、アランは「なぜルルばかりが、こんな目に……」という思いが後から、後から込み上げてくるのを止める事は出来なかった。


 本当にルルは贄としての役目を負ってしまったのだろうか、もしも村の長の仮説どおりだとしたら、ルルは森の中でしか元気に暮らせないという事だろうか……。


 そんな不安に襲われるアランだったが、いまルーカスがあんな状態である以上、ルルに付き添って支えてやれるのは自分しかいないと思い、水に浸したタオルを手に取ると、眠り続けるルルの顔や手を、優しく拭ってやるのだった。



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