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印を持つ少女 4



 その翌日の朝になっても、ルルは目を覚まさなかった。


 さすがに、これはおかしいと思いつつも、為す術もなくアランはルルの看病をしながら、ただ祈る事しかなかった。

 眠っている間はご飯も食べることは出来ないので、どことなくルルの頬がこけてきたようにも思える。水だけではなく、果汁なども定期的に口に含ませてやると、少しずつ嚥下しているが、このままではやせ細ってしまいそうで心配だった。


 しかし、目覚めて欲しいと願いつつも、一方では、今現在のルーカスをルルにだけは、見せたくないという複雑な思いも抱いていた。


 昨日から仕事は、頼んでもいないのにルーカスがアランの分まで請け負っていた。

 何かに打ち込んでないと、どうしようもなくなっているのだろう。

 夜も眠れず酒に手を出しているようだった。


 ただ、正直アランとてルルの事で手いっぱいで、今のルーカスに構っている余裕もなかったのだ。

 ルルがこんなにも頑張ったのに、リスクも厭わず前へと踏み出したというのに、ルーカスだけまた自分の殻に閉じこもった事に、どうしようもない苛立ちが募っていた。

 ルルに前を向かせた本人が、下を向いてどうする。

 そんなルーカスを、目を覚ましたルルが知った時、どう思うかと想像するだけで胸が痛かった。


 しかし、今の彼に何を言っても仕方ない事は身に沁みていた。

 あのままの状態で部屋に()もって塞ぎ込んでいたのなら、また口も手も出していたかもしれないが、彼なりに藻掻きながらも動いているのであれば、ひとまず黙って様子を見ることにしていた。


 そんな憂いを紛らわすように、ふと、傍らに寝そべっていたヴィリーに話し掛けてみた。

 ヴィリーの存在は、すでに村全体に知らされていた。けれどやはり、人の目に触れてしまうと無闇に刺激しかねないので、ヴィリーはあれから一旦森にかえそうかと思ったが、ルルが心配なのか片時も離れようとはしなかったのだ。

 ルルが休んでいる部屋で一緒に過ごせるように、村の長に頼んだ。


「ヴィリー、どうしたらルルは早く目を覚ますんだろうな……」


 アランに話し掛けられると、ヴィリーはアランの言葉にピクリと反応を示した。

 ヴィリーが立ち上がりアランへにじり寄ると何かを訴えるように、グルルと唸ってみたがアランにはその意図がよくわからなかった。


 そんなアランの様子に、ヴィリーはしびれを切らしたのか、ベッドに飛び乗るとおもむろに眠っているルルの服を咥え、ずるりと少女の体をずらしたのだ。


「お、おいっ!? ヴィリー危ないだろ、どうした?」


 ベッドからずり落ちそうになったルルを、アランが慌てて受け止めると、すばやく傷に触らないように抱きかかえなおした。そして、ヴィリーはそんなアランに体当たりをしながら、ぐいぐいとその体を部屋の扉へと押し始めたのだ。


「ん? どこかに連れて行けっていうのか……」


 そこまで言って、はっとしたようにアランは思い出した。

 確か、王都で体調が悪くなった時も、森の家に着くと嘘みたいにルルは元気になっていた。


「まさか……、ルルを森の家に連れて行けと?」


 そう口にすると、ヴィリーは肯定するように吠えた。

 半信半疑ながらも、そんなヴィリーをじっと見つめたアランはしばらくして考えこんでいたが、「分かった。ちょっと待ってろ」とヴィリーに言い聞かせると、一旦ルルをベッドに寝かせ、村の長に事情を説明しに行ったのだった。


「すまない。長殿、ルルを森の家に連れて帰りたいのですが」


「なんじゃと。しかし、ルルが目を覚まさんうちに動かすというのは……」


 村の長の言う事ももっともだが、アランは先程の出来事を話すと、いつの間にか傍らにヴィリーもやってきて、村の長を見つめる。短い間ながらヴィリーの賢さに一目置いていた長も、その眼差しに何かを感じ取ったのだろう。

 やがて、静かに口を開くと、驚きの返答をした。


「ふむ。ヴィリーがのう……。それなら、儂も共に行こう」


「えっ、長殿が? しかし、あの森は神聖な場所であり、村の者が足を踏み入れるとなると……。それに今あなたが村を離れるのは……」


 まだ、今回の騒動が落ち着き始めたばかりの村の心配をしたが、村の長は引かなかった。


「確かに村はまだ完全に安心出来る状況とは言いがたいが……。仕方ないと思いながら今まで、ルルの大丈夫という事に甘えておった。しかし、儂とてルルが心配なのじゃ。今度こそルルのために何かしたい。それに、少し気になる事もある……」


「気になる事? それは……」


「話はあとじゃ。何を言われてもついて行くからな、待っておれ! 置いて行ったら承知せんぞ。今、代わりの者に留守を頼んでくるからの」


 そうと決まるやいなや出発準備にと飛び出していった村の長の姿に、アランは呆気にとられながら、思わず隣にいたヴィリーに呟いた。


「はぁ。あれは何を言っても、絶対ついてくる気だな」


 村の長が戻り、森へ行く準備を進めた。

 ヴィリーの存在はすでに明るみに出たが、目立たないようフード付きのマントを被せた。ルーカスにもこの事を伝言してもらうように一応頼んでいたが、彼を待つつもりはなかった。


 そして、眠るルルをアランがおんぶすると、ヴィリーを先頭に村の長を伴い、目立たないように出発したのだった。



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