印を持つ少女 3
「肝心のお前が、そんな情けない顔してんじゃねーよ。しっかりしろよ! してくれよ……」
アランは自分の想いを押し込めて、ただひたすらルルのために、自信を喪失しているルーカスを奮い立たせようと言葉を尽くした。
「俺は、俺には……そんな資格はない」
けれど、ここまで言っても、今のルーカスにはアランの声は届かなかった。
込み上げてくる、虚しさと歯がゆさに、無性に腹が立ってきたアラン。
「っ……! 逃げるのか? それがルルを余計に泣かせる事になるのと、なぜ分からない! 途中で逃げ出すなら最初からやめておけと、言ったはずだ。泣かすような事はするなと……」
ルーカスの胸ぐらを掴み上げ、壁に叩きつけながらそう怒鳴ったが、ルーカスの瞳は暗く淀んだままだった。
ここに来て、過去に逆戻りしたかのようなルーカスの表情に、アランは失望せずにはいられなかった。
「すまない。けれど、俺じゃ……俺なんかじゃ、やっぱり駄目だったんだ」
「お前の気持ちなんか知らねーよ! 大事なのはルルがどう思うかだ! 駄目でも何でも、ルルはお前を……」
「……アラン。これを……」
必至で繋ぎとめようとしてくれるアランに対して、けれどルーカスがふいに差し出したのは、ルルに送った物と同じ火傷の薬だった。
いつでも塗ってあげられるようにと、自分でも用意していたもので、ずっと持ち歩いていたのだ。
「は? 何だ、これ……何だよ、これは!?」
「……頼む。アラン」
「お前っ……、本当にその意味を分かって、言ってるのか!」
なにが頼むだ! 自分では……。いや、ルルにとってそれは他の誰でも駄目な事くらい、ルーカス自身も分かっているはずだ。
それでも、差し出してくるというのか……!
「っ……! ばかやろう……。お前は、大馬鹿者だっ!」
アランは吐き捨てるようにそう言うと、項垂れたままのルーカスから、火傷の薬をひったくるように奪い取ると、その場を離れルルのもとへと向かったのだった。
◇◆◇
残されたルーカスは、頭を抱え込みながらその場に項垂れていた。
アランに何を言われても、自分のせいだという気持ちに絡め取られ、ぬけ出す事が出来なかった。
最初、皆は自分の計画に難色を示していた。
ルルの事を考えると、慎重になるのも無理はない。自分だってそれは分かっていたはずなのに、なぜ皆の言う事をよく聞いて、もっと時間を掛けてより安全な計画を模索しなかったのか……。
自分の気持ちを優先させて、なかば強引に説得したのに、なんてザマだ。
リスクを考えなかったわけではない。
けれど、まさかここまで最悪な展開になるとは予想もしていたなかった。
逸る気持ちが、どこか自分をを楽観視させていたのか、いくら考えても答えは出て来ない。
あの時、ああしていれば、こうしなければ……。
そんな思いに囚われ、変えられない過去を悔やみ、堕ちる事しか出来ない。
しかし、ルーカスを蝕んでいたのは、後悔の念だけではなかった。
自分の代わりに誰かが傷つく姿など、もう見たくはなかった。
だからこそ、ルルの自分を特別に慕ってくれる気持ちが、死ぬほど怖かったのである。
自惚れた考えかもしれない。
けれど、俺の事を想ってくれたばかりに……。
自分さえいなければ、ルルは……こんな無茶をしなくてすんだのではないだろうか。
自分と同じように想ってくれていた事に、言葉に出来ないほどの喜びを感じていた。
ルルと一緒にいる幸せを、自分も確かに望んでいた。
けれど、どんなにルルを心配して約束をしたところで、自分がそばにいることで、ルルのその想いの強さから、またいつかその身を簡単に危険に晒すのではないのかと、思うと怖くてたまらなかった。
そして何より、自分が支えてあげたいと思っていた少女が、自分よりもはるかに芯が強かったことを思い知らされた。
二度も辛い目にあったのに、自分を庇い火傷を負ったルルの方が、終始気を遣ってくれていた。それが余計に、自分を情けなく思わせ、ルーカスを苦しめた。
手を引いてあげていたはずの少女が、いつの間にか前へ踏み出して、自分は取り残されたままだ。
それでも、優しい彼女は、振り返って今度は自分に手を差し伸べてくれていた。
それなのに、自分にとって希望の光でもあったルルは、気がつけば眩し過ぎるほど成長をしていて、思わず目を逸らしてしまったのである。
そんな自分が、もう一度などと誓えるはずもなく、ルルの真っ直ぐなその想いを受け止めるほどの心の余裕もなかった。




