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印を持つ少女 2



 ルグミール村が今度こそ一丸となって、水路事業に立ち上がった。


 またもやルルの犠牲の上に成り立ったことに、やりきれない思いはあるものの、村の様子が変わった事に、安堵する村の長とジョージだった。

 村の長は一連の責任をとるため、その地位を譲ろうとしたが、いまの村の状態をまとめあげる力は、村の長以外に適任はいなかった。


 後悔しても起こった事はなくならない。それなら、全ての罪を背負い歩いていくしかない。水路事業を成功させることが、ルルのためでもありせめても罪滅ぼしなのかもしれないと思ったのだった。


 しかし、喜んでばかりはいられなかった。

 あの日から5日が経っても、ルルは目を覚まさなかったのである。


「う〜む……。今回の火傷の具合は以前に比べると軽いほうじゃし、怪我の影響で熱を出しているようでもないしのう。もしかして精神的なものじゃろうか……」


 村の長が眠り続けるルルを眺めながら、心配そうにそうぼやいたが、それを聞いたアランは少し違うと思っていた。


「しかし、ルルは儀式の時とは違って、ちゃんと自分の状況を把握していたし、混乱に陥っているという感じではなかった。確かに、精神的な負担を感じてはいるだろうが、ここまで目を覚まさないほど、影響が及んでいるとは思えないが……」


 火傷の影響ではないのなら、心の傷がルルを蝕んでいる可能性も少なくないが、5日前のルルの様子を思い出す限り、辛そうにしながらも明らかに以前のルルとは違っていた。

 むしろ、ショックを受けていたのはルーカスの方で、火傷を負った身のルルが終始、そんな彼を気遣っていたように思う。だから正直、精神的要因で目を覚まさないとは考えにくかった。


 それに、そういった意味で今一番心配なのは、ルーカスだった。


「おい、ルーカス。怪我の手当をした時のルルの様子はどうだった? ……おい、ルーカス? ルーカス!」


 アランに話し掛けられても、どこかぼんやりとしていてすぐに反応を示さなかったルーカスだが、再度名前を呼ばれてはっとすると、質問に答えた。


「あ、ああ……。以前とは違って、眠る直前まで普通に話せていたし、ほんの少し笑顔も見せていて……」


 あの夜のルルを思い出しながら話していたが、ふいに言葉が止まり押し黙ってしまった。ずっとこんな調子で、ぼんやりしていたかと思うと、何かを思い詰めたような表情をしながら、ルルの看病をしている。

 そんなルーカスの様子に、村の長がひとまず口を開いた。


「以前も、目を覚ますのに少し時間がかかったのじゃ。ここは、もうしばらく様子を見るしかないかのう……」


 村の長がそう言うと、アランも他に手立ても考えあぐねていたので、ひとまずそうするしかないかと納得せざるを得なかった。



「俺の、せいだ……!」


 アランは、ルルの事を村の長に頼み、様子のおかしいルーカスを外に連れ出すと、絞り出すような声でルーカスがそう言った。

 あんな形でルルがまた火傷を負うとは、思ってもみなかった。ルーカスが責任を感じるのは無理もない。そして、そんな彼がまた周りから距離を取って、離れていこうとする様子も容易に想像できた。

 でも、今回それだけは黙って見過ごす事の出来ないアランだった。


「ルルは大丈夫だ。火傷も軽度だったし、もうじき目も覚ます。だから……」


「そんな確証、何処にある!?」


 何とか励まそうとしたアランの言葉を、ルーカスは思わず跳ね除けるように語気を強めた。


「ルルちゃんを、またあんな目に遭わせてしまったのは、俺だ。みんなに反対されていたのに……。分かっているつもりだったのに、早く何とかしたい気持ちで先走って……。どうして、またあの子が……あんな優しい子が……」


 壁を拳でドンッと打ち付けると、そのまま顔を伏せた。


「火傷を追わせたのは、お前じゃないだろう……!」


「でも、その状況を作ったのは俺だ」


「最終的には、俺達みんなで決めた事だ。お前だけのせいじゃない!」


 そうだ。悔やんでも悔やみきれない責任を感じているのは、ルーカスだけじゃない。

 この件に最終的には納得して、行動を起こした皆が同じように思っている。ただ、いまそう嘆いても何も始まらないのだ。

 自分達が出来るのは、ルルが目を覚ますように祈る事と、そして、また以前のようなルルに戻ってくれるように尽力する事だ。


「お前の嘆きたい気持ちは、よく分かる。けれど、俺達がルルにしてやれるのはそんな事じゃないだろう? これからのルルを、精一杯支えてやる事じゃないのか?」


 その事を、最初に実行したのは他でもないルーカスだ。

 自分は見過ごしていた、ルルの本当の寂しさをルーカスだけが見つけ出したのだ。


 きっと、辛い過去を持つ彼だからこそ、ルルの心の傷に寄り添えた部分があったのだろう。


 いや、アランとて薄々気がついていた。けれど、ルーカスとは違って自分は、辛い事にはあえて触れないように、触れさせないように、囲って見守る事しか出来なかった。


 うかつに踏み込んで、傷つけてしまうのではないかと思うと怖かったのだ。

 ルーカスのように、自分には本当の意味で、ルルの痛みを分かってやれなかったから……。


 そんなルーカスが先に折れてどうするんだと、アランは激を飛ばした。


「しっかりしろよ! ルルは、またあんな目に遭っても、なお、お前に笑いかけたんだろう? 火傷の手当ても、他の誰でもなくお前に頼みたいと約束したんだ。俺じゃなくて、ルーカスお前にだ……」


「アラン……」


「ルルがお前を、選んだのなら……!」


 隠し切れない悔しい気持ちを滲ませながら、それでもアランはルーカスに懇願するように言い募った。

 何より大切に思う少女のために。目を覚ました時、今のルーカスを見たらどんなに心を痛めるか、アランとてルルの傷つく姿はもう見たくないのである。


 叶うのなら、自分が力の限り支えてやりたい。


 けれど……少女が望んでいるのは、自分ではないのだ。



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