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水脈を求めて 12



 薄暗い中、ルルの火傷がどれほどかは今の段階では分からない。

 ここから一番近くて、どこか休める場所へいち早く連れ帰るのが先決だと、頭では分かっている。

 一連の騒動にショックを受けて、いまだ茫然自失しているルーカスの代わりに、ここは自分が率先してルルの手当をしなければと考えているのに、込み上げてくる怒りにアランは我慢出来なかった。


「お前たち……!」


 いま村人達を責めても何も解決しない……。

 それでも、ここまでルルが傷つかねばならない道理が分からなかった。誰を恨む事もなく、ルグミール村のために、自分のこれからのために前を向いて、立ち上がった少女に何故こんなにまで酷いことが出来るのか!


 アランがルルへの仕打ちに怒りを露わにすると、心配して少女の傍らに寄り添っていたヴィリーも再度視線を村人達へと戻した。けれど、ふいにルルがそんなヴィリーをいさめるように声を掛けた。


「だめよ、ヴィリー。私は大丈夫。だから、お願い……ヴィリー?」


 優しい声音で何度も言い聞かせるルルに、最初こそ危害を加えた者達を睨みグルルと唸っていたばかりだったが、やがて視線を外すとルルのそばで大人しく座った。

 その様子に、言葉も発さずに張り詰めていた村人達も、少しずつ落ち着いてくると、震える声でそれでも言い訳をし始めたのだった。


「お、俺は、悪くない……。さ、先に、オオカミ何かを、けしかけたルルが……ルルが……」


「そ、そうだ! 凶暴な獣を手懐けるなんて……」


「魔女だっ……。あの子は、悪い魔女なんだ!」


 誰ひとり少女を心配する事のない村人達に、やりきれない思いのアラン。


 そんな時だった。


「皆の者、落ち着け!!!」


 びりびりと空気を震わすような村の長の声がその場に響いた。

 一体この老人のどこからそんなに大きな声が出るのか、不思議なくらい力強い声であった。しかし、その一言でざわめいていたその場に沈黙が降りた。


「もう、これ以上ルルを責めるのはやめよ。ルルは何一つ悪くないのじゃ。違うのじゃよ……。悪いのすべて儂等のほうだったのじゃ」


「おじいちゃん……、それは、駄目だよ」


 村の長の沈痛な面持ちに、ルルはまさかと心配して声を掛けたが、村の長は力なく首を横に降った。


「……いいんじゃ、ルル。もっと早く真実を明かせば良かったのじゃ。ルルのためと言いながら、村を混乱させるわけにはいかないと、どこかで保身の気持ちがあったのに変わりなかったのじゃ。すまん、そのせいで、またお前を……こんな、こんな目に遭わせてしまって、すまなかった。ルル!」


 長のその言葉に、村人達の間には戸惑いが広がっていった。


「どういう事なんですか? 長殿!」


「そうだ、ルルが裏で王都の奴等と手を組んで、わざと儀式を失敗させたんだろ?」


「水路事業を受け入れさせるために……」


 人の噂とは誠に恐ろしいものだと、身に染みる村の長だった。

 なんの根拠もないのに、人は不安に陥るとここまで妄想を膨らませてしまうのだろうか、改めて聞かされた村人達のその言葉に、アランやジョージはもちろん、村の長でさえ、ただ愕然とするしかなかった。


「儀式に失敗したのは、ルルのせいではない。……あの雨乞いの儀式には、ある供物が必要と伝えられていた」


 村の長は、これまでルルの好意に甘え村のためを思い頑なに噤んできたが、今こそルルの潔白を晴らすためだと意を決して、真実を語る事にした。

 自分達の愚かさがどれだけルルに対して酷い行いをしたのか、その罪を告白しようとしていた。


「供物……? それなら食物や酒を出し合って……」


 当初、村人達は残り少ない備蓄のなか、それでも儀式のために何とか供物を捻出していたはずだ。


「違うのじゃよ……。あれは目眩ましのために一時的に集めただけで、あとで理由をつけて返そうと思っておった。本当に必要だったのは『生け贄』だったんじゃよ」


「っ……!」


 その言葉に、村人達は一斉に息を飲んだ。


「そ、そんな、まさか……」


「そうじゃ。儂はその生け贄の役目をルルに背負わせた……」


 ずんっと何か重しを背負わされたような、息苦しい空気とともに再びその場が沈黙に包まれた。そして、村の長は重い口を開き、静かに続きを話し始めた。


「悪しき伝承に縋り付き、ルルの命と引換えにしようとしたのじゃ……。村を救うためにと、村の命の恩人たる娘に、儂らは死んでくれと懇願したのじゃ。ルルを縛り上げ、高台の祭壇に連れて行き、崖の淵までルルを追い詰めて……」


「……」


「そこに止めに入ってくれたのが、警備隊のルーカス殿とアラン殿じゃった。ルルを助けてくれて儂等の目を覚まさせてくださったのじゃ……。あのままだったら、自分達は取り返しのつかない事をしでかしていた……。全部、全部この儂が悪かったのじゃ! すまん、皆の者。そして、本当にすまなかった、ルル!」


 村の長はそう言って、額を地面に擦り付けんばかりにルルに謝罪した。


 儀式失敗に隠されていた真実を聞かされた村人達は、誰一人言葉を発する事が出来なかった。

 まさか、そんな酷いことがこの村で行われようとしていたなどと、夢にも思っていなかった。じゃあ……自分達は、今まで何の罪もない、それどころか酷い目に遭った少女を厭い、村から追い出した挙句、上手く行かない事を全部押し付けていたということか……!


「そんな……、俺達は、なん、て、事を……」


 後悔しても罪悪感に襲われても、もう遅かった。

 起こった事は事実で、なかった事には出来ない。謝ろうにも自分達のしでかした事の大きさに、詫びようもなかった。


「皆の衆よ、今ルルとここにいるヴィリーには水脈を探して貰っておる。酷い仕打ちをしたというのに、ルルは今回の計画を引き受けてくれたのじゃ……。だが、これからは自分達で根気よく探そう。水脈さえ見つかれば、揉めることもないし、生け贄が必要な儀式などもう必要なくなるのじゃ。それから、ルルに対して自分達がどうするべきか一緒に考えてくれんか」


 先程まで、負の感情が渦巻いていた村人達は、どこか気が抜けたように村の長の話を静かに聞いていた。


「お、おじいちゃん……」


 ついに、真実を明かしてしまった。

 この先ルグミール村がどうなるのかと思うとルルは心配になり、たまらず村の長に声を掛けたが、長は思いの外しっかりとした感じでルルに答えた。


「あとの事は心配するな。儂は、今しばらくここに残って皆に今迄の経緯を順を追って詳しく説明しようと思う。今度こそ儂が何とかするから大丈夫じゃ。それがお前への償いの一歩じゃ。だから、ルルはもう何も気にせんと、一刻も早く傷の手当を……」


「ううん……。このまま、候補地に行くわ」


「な、何じゃと! いや、もうルルはこれ以上何もせずとも良いのじゃ。水脈調査は俺等が引き継ぐから……」


 けれど、ルルの決意は固かった。

 ルルは、もうこんなふうに揉めるルグミール村は見たくなかった。一刻も早く水脈を見つけたかった、そうすれば、きっと全てが良い方向へ進んでいくはずだ。


「もう、いい……。もう、いいんだ! ルル! これ以上お前だけがそこまで無理をしなくてもいい!」


 思わず声を荒げてルルを制止するアランだったが、そんな彼に対して少女は静かに笑みを返した。


「アラン様……。心配してくれてありがとうございます。でも……」


「ルル……」


 そして、ルルはアランの手を借りてヴィリーに向き直ると、改めて懇願した。


「ヴィリー、お願いがあるの。私は絶対大丈夫だから。だから、このまま水脈を探して……お願い!」


 すると、ヴィリーはルルの言葉に呼応するように立ち上がると颯爽と駆け出した。


「アラン様、ジョージ様、ヴィリーを……」


「よし、じゃあ行くぞルーカス! ルルはお前が……、ルーカス? おい、ルーカス!?」


「あ、ああ……水脈、ヴィリーを……」


 本当は火傷の手当をしたかったが、ヴィリーのためにもルルをここに置いておくわけにはいかず、連れて行こうとして、ルーカスにルルを委ねるつもりのアランだったが、いまだ様子のおかしいルーカスにこれ以上構っている時間はなかった。


「ルルは、俺が運ぶ! ルーカスはせめて、死ぬ気でついてこい!」


 アランはそう言い捨てると、ルルをおぶって走りだした。

 ルルもルーカスが心配だったが、ずきずきと痛む肩と段々息苦しくなっていく自分の容体に、咄嗟に声をかけることが出来なかったが、アランの言葉によろよろと立ち上がり何とか後を追ってくるルーカスの姿に、ひとまず安堵したのだった。


 そして、村の長はヴィリーのあとに続いて走り去る姿を静かに見送ると、静まり返って眺めていた村人達に向き直って、一連の事情を包み隠さず話し始めたのだった。



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