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水脈を求めて 11



「うわぁぁっ! オ、オオカミッ!?」


 いきなり現れたオオカミの姿に、一人の村人が声を上げると、あちこちから悲鳴が上がりはじめ、少女に詰め寄っていた人々は慌てて後ずさった。


「な、何で、こんなところに、オオカミなんかが……」


「こっ、こっちに、来るなぁ!」


 威嚇するヴィリーの姿に、パニックを起こした男性が、追い払おうとぶんぶんと松明を振り回した。その行為に、ヴィリーも警戒を強める。

 このままでは、村人達との関係が取り返しのつかないところまで行き着いてしまうかもしれない。


 少し前のルルなら、もしそうなっても一生森の中でヴィリーと暮らしていければと考えてもいた。

 けれど、今は違う。

 ルルはようやく、出会えたのだ。自分の進む道を照らしてくれる温かな光の欠片に。

 これから先、前を向いて日向の道を並んで歩きたいと思える存在に。

 だからこそ、諦めたくなかった。


「やめて! ヴィリーは人を襲ったりしないから」


 ルルは力の限りそう叫んだが、突然目の前に現れた狼の姿を見た村人達がその言葉を大人しく聞き入れるわけもなく、逆にルルが疑われてしまうことになった。


「お、お前、まさかこのオオカミを使って、俺達に仕返しを……」


「そ、そんな……。私はそんな事しない。ヴィリーだって……」


「そ、そんなの、分かるもんかっ!」


「お前が、儀式を失敗したから……俺たちは悪くねぇ!」


「オオカミなんかを操って、卑怯だぞ」


 一度は怯んだ村人達だったが、遠巻きに口々に声を荒げはじめると、やがてまたじわじわとルルを追い詰めていく。

 その様子にルーカスやアランは、ルルを庇いながら村人達から距離を取るためじりじりと後退していった。その攻防に、そのうちの一人の男性が焦れたのか思わず一歩踏み出して近づこうとすると、ヴィリーが牽制するように鋭く吠えた。


「こ、このぉっー!」


 オオカミに吠えられた事で、恐怖とルルへの疑心に包まれたその男性はぶるぶると震えながらも、あろうことか手に持っていた松明を、ヴィリーにめがけて投げつけたのだった。


「っ……。ヴィリー!」


 咄嗟に動いたのはルーカスだった。

 一瞬の判断で、ルルをアランの方へ突き飛ばすと、ヴィリーを庇うように抱きかかえ、その衝撃に備えた。


 しかし、ルーカスに突き飛ばされたルルは、傾ぐ視界の端に松明の炎を捉えると、あの日の記憶がどっ押し寄せるようにして蘇り、支えてくれたアランの手を振りほどき無我夢中でルーカスへと駆け寄った。


 ルーカス様……! 嫌! 嫌よ!


「だめぇっー!」


 ルルの悲鳴が響いたと同時に、ルーカスは背中に当たった感触が、予想していたものとは違った事に違和感を覚えた。


「っ……」


 そして、耳元に飛び込んできたうめき声にルーカスは、はっとしてすぐさま振り返ると、ルルがルーカスの肩にもたれかかるようにして、痛みを堪えるように顔をしかめていた。


 瞬時に状況を把握すると、ルーカスの身体から血の気が引いた。


「ル、ルルちゃん……。そんな、何で、君が……」


 ヴィリーを庇った自分を、ルルがさらに身を滑り込ませて庇ったのだ。

 ルーカスの背中を抱きしめるように、投げつけられた松明の炎を、小さなその背中で受け止めたのだった。

 ルルの肩の辺りの服が焦げていた。しかも、それがまだじりじりと広がっていくのが見えたが、ルーカスはあまりの衝撃に、うわ言のようにそう呟くと呆然として指一本動かせずにいた。


「うっ……」


「ルル!」


 アランはすかさず自分の上着を脱いで、ルルの服に燃え移った炎を消した。

 あたりには服の焦げた嫌な匂いが漂った。


「ルル、大丈夫か?」


 火を消したあと、自分の持っていた水筒の水をルルの背中にかけながら、アランはルーカスに声をかけた。


「おい、ルーカスお前の水筒も貸せ! おい? ルーカスしっかりしろよ!」


 アランの言葉に、早く手当をしないと、と頭では分かっているが、体が動かない。


「何で、どうして、君がまたこんな目に……」


「ルーカス、そんなのは後だ! 今はルルの手当が先だ」


「俺が……、君も、ヴィリーも守るって……誓ったのに」


「ちっ……。おい、誰か水を持っていないか?」


 アランは、いまだ呆然としているルーカスを諦め、村の長やその場にいた村人達にも声を掛けたが、先ほどの光景に動揺して、誰一人声を上げるものはいなかった。

 しかし、そんなアランの呼び掛けに、いち早く反応したジョージが自身の水筒を差し出すと、アランは着ていたシャツの袖をちぎり、水を含ませると、患部へと優しく押し当てた。


 そんなアランとは対象に、目の前が真っ暗になったルーカス。

 自分の代わりに、誰かが傷つくのはもう見たくない。だから、今度こそ自分が守ってやりたいと、ルルと自身の心に誓ったはずなのに……。


 まさかルルが自分を庇うなんて、予想もしていたなかったのだ。

 だって、ルルには無茶はしないで欲しいと、約束したはずなのだ。

 彼女は多少無理をしてしまう節はあったが、普段は、素直で聞き分けも良すぎるくらいで、誓いまで立てて結んだ約束を破ってまで、こんな無茶をする子ではないはずだ。


 なのに、何故……!? 守ると誓ったはずの自分が逆に守られて、しかもまたルルがこんな目に遭って火傷を……。


 なぜ? どうして……と、暗闇の中にぐるぐると堕ちていくような感覚に襲われたルーカスだったが、そんな自分の頬にふいに暖かいものが触れた。


「ルーカス様、大丈夫です。私は、大丈夫ですから、そんな顔しないでください……」


「ルルちゃん……?」


「良かった。ルーカス様が無事で……」


「っ……」


 痛むのか少し眉を潜めながら、それでもルルは安心させようと、ルーカスに微笑んでみせたのだった。


 この時、ルーカスはルルの想いに初めて気がついたのだった。

 まさかと思ったが、けれど今回の件を思い返してみると、不思議に思っていた事に合点がいく。

 なぜルルはあんなにも、この計画をすんなり受け入れてくれたのか。その時は、ただ単に前向きになってくれたとばかり思っていたが、いま目の前で、自分に向けられているルルの視線に、それだけではなかった事を思い知らされたような気がした。


 少女が慕ってくれているのは気づいてはいたが、けれどまさかルルの中で、自分に対してこんな無茶をしてしまうくらいの想いが育まれていたとは、思いもよらなかったのだ。


 自分がどんな事があってもルルを守りたいと強く思ったように、ルルもまた同じようにルーカスが傷つく姿を見たくないと、咄嗟に自分を庇うほどの強い想いを寄せられていた事に、この時までルーカスは本当に、気がつかなかったのである。



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