森に暮らす少女 1
森の生活は、朝が早い。
薄っすら夜が明け始めた頃、ルルはひとりでに目を覚ますと、すぐさま身支度に取り掛かる。
少女には、朝ごはんを作ってくれる母も、おはようのキスで起こしてくれる父もすでにいなかった。
けれど、両親が遺してくれたこの森の家で暮らしていると、柱や家具についた傷を見るたびに部屋の隅々に両親と楽しく過ごした記憶の欠片が刻まれているような気がした。
簡単に着替えると一旦外に出て家の裏手にある、これまた両親お手製の手押しポンプ式の井戸へ向かう。
とても小さなものだけど、ルルが一人で暮らすには充分な水量はまかなえていた。
その冷たい井戸水でルルは顔を洗いスッキリした気分で再び部屋に戻ると、さらに長袖、長ズボン、ブーツに帽子といった万全の出で立ちに着替える。
この森では毒性を持つ植物も多いので、服装にも気を遣わなければいけない。
ルルはこの森で、薬師として日々勉強や研究に励んでいた。
腕の良い薬師だった両親が遺してくれた膨大な資料を参考に、独学で勉強しながらこうやって森で採取した薬草を調合していた。
そんなふうにして調合した薬を売ったり物々交換をしたりしながら、細々とではあるが何とか生計を立てることが出来ていた。
「ヴィリー!」
ルルは庭に出ると、すうっと息を吸い込むと大きな声でその名を呼んだ。
すると、後ろの茂みの方からガサガサという物音とともに、ひょっこりとヴィリーが顔を出した。
この森に暮らす人間はルルひとりだが、しかし彼女には何より心強い存在がいた。
それがこの愛犬「ヴィリー」である。
ルルが両手を広げると、ヴィリーは尻尾をふりふり少女に駆け寄ると、なでろ、なでろと言わんばかりに擦り寄ってくる。
じゃれついてくる大きな身体とふわふわとした毛並みに埋もれながらも、甘えてくる愛犬をルルはこれでもかというくらい、くまなくなでまくってやる。
これが、ルルとヴィリーのいつもの朝の挨拶であった。
「さぁ、薬草摘みに行くよ」
ぞんぶんになでなでされてご満悦の様子の愛犬に、ルルがそう声を掛けるとヴィリーはまるで彼女の騎士よろしく、周囲に警戒を巡らせながら少女の少し前を歩き先導役を務める。
そんな相棒がいてくれるおかけでルルは森の中で、これまで危険な獣に遭うこともなく無事に薬草を採取することが出来ていた。
そして朝露の乾く前に、十分な成果を得るとルルは家に戻り、採取した中からいくつか選別した薬草を裏庭の薬草畑に植え替えた。
ルルは調合だけではなく、自分でいちから耕した畑で薬草の栽培にも精を出していたのだ。
すでに育てている他の薬草の生育状態も確認しながら、ひととおり作業が終わると思わず「ふぅ」と息をついた。
「そろそろ、朝ご飯にしようか? ヴィリー」
かたわらで番犬を努めていたヴィリーにそう声をかけると、返事の代わりにその尻尾を大きく振ったのだった。