第六・幼女の嫉妬
「おーい、風呂入るぞー」
「「「……」」」
手早くパンを食べ終え、風呂の準備をしようと三人に呼びかける。だが、ソファに寝転ぶクルシュも、テーブル席に座るリヘナも、階段の隅でうずくまるヴィムも、誰一人として俺の声に応答しない。
みんなひどくご機嫌斜めだ。急性反抗期か。
「おーい、クルシュさん?」
「……ふん」
ソファに近づいて横になるクルシュの頬を突いても、鬱陶し気に手を払いのけて顔を背けられてしまう。
「なあ、なんで不機嫌なんだ? パンあげなかったくらいでそこまで怒るか?」
思い当たる動機を口に出すと、ものすごい冷ややかな目で睨まれた。どうやら違ったらしい。
「……乙女心の理解できないシグレくんとは、もう一生口利きません」
「乙女心?」
途方に暮れるすぐそばから、リヘナの声がかかった。ドラゴンのお前らに乙女心があったのか、と軽率な言葉が口から衝いて出かかり慌てて口を塞ぐ。
きっとこういうのが乙女心が理解できないということなのだろう……。
なんかもう理由は不明だが、ここはとにかく謝罪するのが吉だ。
「悪かったよ。だから機嫌直せ。どうやったら許してくれる?」
「……お風呂で体洗ってくれたら、許してあげる」
また七面倒な注文がきたな。
「何で俺が?」
「私たちお風呂入ったことないもん」
あー、なるほど。なら無理もないか。
深いため息をつき、残る二人に視線を飛ばす。
「お前らもか?」
リヘナとヴィムが同時に首肯する。
「分かったよ。全員洗ってやる」
観念して言いなりになると三人が一斉に抱き着いてきた。
「さすがシグレ、話が分かる!」
「シグレくんのそういうところ、私好きです」
「ヴィムも大好きぃ」
「……現金なヤツら」
なんかまんまと乗せられた気がして釈然としないが、まあ機嫌が直っただけ良しとしておこう。
のしかかってくる幼女三人分の重量に辟易し、一人二人と引き剥がす。
「洗ってほしかったら風呂の用意手伝え。ヴィム、掃除の時みたいに水出してくれ」
「合点承知」
二つ返事で了承し、ヴィムがトテトテと浴室に向かう。
掃除の際判明したことだが、どうやら彼女は自在に水を出す能力を持っているようだ。さすがドラゴンというだけあって不思議な力を備えている。
風呂場に向かうと、すでに彼女は手から水を出現させて浴槽に注いでいる最中だった。
「それにしても、さすがに暗いな……」
日が没した屋内は暗くて周囲がよく見えない。電光の発達がいかに偉大であるかを、俺は今さら痛感させられた。
「光なら出せるよ」
暗闇で声が聞こえたのとまばゆい光が出現したのはほぼ同時だった。
突然の発光に最初は直視できなかったが、次第に目が慣れると天井に浮かぶ光球を捉えることができた。
電球ほどの小さく淡い光であるが、浴室全体を照らせるほどの光量を含んでいる。
「驚いた?」
驚嘆する俺のそばでクルシュが得意げに胸を張る。あの光を生み出したのはこいつらしい。
「あ、ああ、驚いた……すごいな、お前ら」
「ふっふーん。これくらいの光なら五時間は維持できるよ」
「それだけできれば十分だ。助かる」
改めてこいつらがドラゴンであると認識させられた。やっぱりこいつら、本当に伝説のドラゴンなんだなぁ。
軽く感動を覚えまじまじと光を眺める。そこへリヘナの声が割り込んだ。
「あぅ……私だけ何もできてません。どうしましょう……」
一人だけ役に立たないのがもどかしいのか、少しかわいそうなくらい右往左往している。
「リヘナは、どんな力が使えるんだ?」
「私ですか? 私は火が出せたりしますけど……」
ほう、そりゃすごい。
「ちょうどよかった。ならヴィムが出した水を沸かしてくれないか? このままだと水風呂に入る羽目になるからな。お前の助けが必要なんだ。手伝ってくれるか?」
そう問いかけるとリヘナが嬉しそうに破顔する。
「もちろんです! 全力で沸かします!」
「お、おう……意気込みは認めるが、加減はしてくれよ……?」
逆に不安を覚えるほど熱意を見せてくれるリヘナに顔を引き攣らせる。
このあと、風呂は問題なくお湯を張ることができたのであったが、入浴中にリヘナがのぼせて気を失ってしまい、軽く大惨事に見舞われてしまうことをこの時の俺は知る由もなかった。




