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二十一話・アイシャのお悩み

◆アイシャの日記


 はあ……まさか、シグレさんとクルシュちゃんたちがあんな関係だったなんて、私はこれからどう接していけばいいのかしら。

 他人の恋愛にとやかく干渉するのはいけないことだって分かってるけど、でもやっぱりクルシュちゃんたちはまだ小さい女の子なんだから止めるべきだと思うの。

 シグレさんにはどうか真人間として生きてもらいたい、せっかく出会えた初めてのお隣さんなんだからこれからも友好的な関係を築いていかなきゃ。

でもそのためにはどうすれば、どうやればシグレさんを心変わりさせることができるんだろ……やっぱり私が頑張るしかないの、かな?

 私がシグレさんの気を引くことができれば、シグレさんも真人間に戻れてクルシュちゃんたちも平和に過ごせて皆幸せになれるかもしれない。ううん、してみせる!

 こ、これは別に、自分がシグレさんと仲良くしたいとかそう言う私利私欲があるわけじゃなく……いや、ほんのちょっとくらいはないこともないけど、だからこそシグレさんと接点を持ちたいと考えてるわけだし、でもそれは二の次で私の目的はシグレさんとクルシュちゃんたちを守ること! これが最優先事項!

 そうと決まれば明日から作戦決行。私が必ずシグレさんを救ってみせる!


◆◆◆


 次の日目が覚めると、昨日とは異なってヴィムが俺の腹の上で寝ていた。両サイドにはリヘナと所定位置を奪われたクルシュがいる。そういや、昨日はヴィムを抱いたら睡魔に襲われてそのまま寝落ちしたんだっけ?


 曖昧な記憶を辿りつつも、とりあえず起き上がる為ヴィムを起こす。


「おいヴィム、起きろ、朝だぞ?」

「う~ん、あと五ヵ月……」

「なげぇよ! 冬眠中の熊か!」


 腹の上で丸まって起床を渋るヴィムを揺すってみるが変化がない。この分だと当分起きそうもないなぁ……あそうだ。迷った俺は、ふと名案を思い付いて試しに仕掛けることにした。

 確かこいつの弱点は……。


「ほら、とっとと起きろ」

「んっ、あ……!? ひゃぅ……」


 昨日の鑑定で見たこいつのステータスに弱点『へそ』と書かれていたので試しに指で撫でてみたところ、効果は覿面だった。ヴィムはいつになく感情豊かに頬を紅潮させ、身をよじろうとする。しかしここで見逃す俺ではない。


「シグレ、そこ……指入れちゃダメ……! あっ……!?」

「起きたら解放してやるから、とりあえずそのちっこい体をどけろ」


 へその穴に指を差し込むとくすぐったそうに俺の腕をどかそうとしてくるが、いつものように力が入らないようで抵抗も意味を成していない。この調子ならあと数分もすれば陥落するだろうと勝利を確信し俺は何の気なしに横を向く。

 そこでこちらをガン見しているクルシュと目が合った。あれ……?

 逆方向を向く。同じくこちらをガン見するリヘナと目が合った。


「……変態だ」

「変態です」

「ちょっとお前ら何か誤解してないか!?」

「この状況の何が誤解だというんですか!?」

「あたしたちが寝てる間にヴィムにイタズラするなんて変態の所業だよ!」

「お前ら大声で叫ぶなぁ! 近所に聞こえるだろうが!」


 弁明を図ろうと思わず声を荒げるがクルシュとリヘナも対抗するように大声を出すものだから、こっちは隣家のアイシャさんに聞かれるんじゃないかと気が気でない。

 ここはヴィムに誤解を解いてもらった方が早い。


「なぁヴィム、この二人になんとか言ってくれ。俺は無実だ」

「……」


 腹の上のヴィムに声をかけるが反応がない。不安になって恐る恐る顔を覗き込んでみると、彼女はよだれを垂らしてぐったりと脱力し切っていた。

 しまった、完全に逆効果だった。


「おい起きろ! 頼むから起きてくれ!」


 このあとしばらくヴィムが目を覚ますまで、俺は両隣から非難の視線を浴び続けることとなった。


◆◆◆


「まさかシグレがあんな変態だったなんて」

「シグレくんはそんなことしない人だって信じてたのに、ショックです」

「にぃににお嫁に行けない体にされたから、とりあえず責任をとってもらう」

「何でへそくすぐっただけでここまで言われなきゃならないんだ」


 朝食と言う名の家族会議で俺は幼女二人から散々な発言を受けていた。ヴィムに関しては大袈裟な供述をしている。

 余談だが今日の朝食は歯ごたえのいいクソ硬いパンが一個のみ。激安だから買ってみたが、これを毎朝食べると思うと食欲が減退する。これならアイシャさんの作ったパンの方が数段うまい。


 仕事初日から先行きが不安になってついついため息がこぼれる。

 と、そこへ、


「ごめんくださーい」


 聞き慣れた声に俺は脊髄反射で立ち上がった。その素早い反応が気に食わなかったのか三人からジト目を向けられるが、そこは咳払いで誤魔化し平然を装ってドアを開ける。


「おはようございます、シグレさん」


 そこにはいつもと変わらぬ笑みを湛えたラミナさんが立っていた。


「おはようございます、アイシャさん。今日はどうしました?」

「えっと、その……よければ一緒に、朝食でもどうかと思いまして」


 もじもじと頬を染めて上目遣いで問われ、なんだかこちらも変に意識してしまう。


「もしかしてもう、朝食を済ませてしまいましたか?」

「いえいえ、ちょうどこれから食べようと思ってたところです」


 あのまずいパン一個を俺は朝食と認識することをやめた。四捨五入したら無に等しい。

 俺がそう言うとアイシャさんは嬉しそうに微笑んだ。


「良かったぁ、じゃあうちへ来てもらえますか?」

「よろこんで――というわけで行くぞお前ら」


 二つ返事で了承を伝え、家の中のクルシュたちを呼び出す。すると三人は食卓で顔を見合わせた。


「どうしよっか?」

「シグレがノリノリなのがすっごい腹立つけど……」

「おいしいご飯が食べられるなら、行く」


 三人は感情より空腹を優先したようで、渋々椅子から下りて玄関にやって来る。

 こうして俺たち四人は二日連続でアイシャさんの家で食事をいただくことになった。なんかもう、アイシャさんに頼り切って申し訳ない気分でいっぱいだ。


 それはそうと、昨日アイシャさん帰る間際に情緒不安定になっていた様子だったが、今は平気な顔してるな。いったい何だったんだあれは?


 アイシャさんのお宅へお邪魔するかたわら、唐突に浮かんだ疑問に首を傾げ考えてみたものの、やはり思い当たる節が浮かばず俺はすぐその思考を切り捨てた。


 今日もアイシャ家の食事はうちからすれば豪華の一言だった。ジャガイモのスープにチーズ、そしてアイシャさん手製のふわふわパン。どれ一つとってもうまい。さっきの土壁のようなパンは何だったんだと思えるほど美味だ。


「お味の方はどうですか?」


 舌鼓を打っていると隣からアイシャさんが聞いてきた。今日は彼女も一緒に食事を取るらしく横の席に座っている。妙に間隔が近い気がするのは俺の心に邪な感情があるからだろうか……。


「はい、とてもおいしいですよ。毎日こんな食事が食べられたら幸せだろうなぁ」


 ありのままに感想を口にするとアイシャさんが顔を真っ赤にする。


「そ、それってもしかして……プロポーズですか!?」

「え……!?」


 思わぬアイシャさんの返答に俺まで驚く。いったい今の発言のどこに告白の要素があったのか、自分のセリフをよく思い出してみる。


『毎日こんな食事が食べられたら幸せだろうなぁ』…………あ、確かにニュアンスが完全にプロポーズだこれ。俺は自分の失言を今更ながら自覚した。

 それからふと視線を感じて正面を向くと、三人の幼女がもの言いたげな顔でこちらを睨んでいる。早急に事態を鎮静化させないと俺はあいつらに殺されるかもしれない。


「す、すみませんアイシャさん! 誤解を与えるような発言をしてしまいました!」

「ご、誤解ですか……? そ、そうですよね、誤解ですよね……私こそ早とちりしてすみません」


 俺が謝罪するとどうにかアイシャさんを納得させることに成功した。乾いた笑みが少し気がかりだが。


「それより、今日はアイシャさんもお仕事ですか?」

「は、はい。朝食を片付けたら出勤しようと思ってます」

「そうですか。あの、よければ一緒に行きませんか?」

「いいんですか!? よろこんで!」


 ダメもとで誘うと以外にもあっさりと了承してくれた。本音を言えば、知り合いと一緒にいることで初出勤の緊張を和らげる算段です。アイシャさんを利用してるみたいで申し訳ない。

 喜色満面のアイシャさんの顔が直視できず、俺は粛々と目を逸らしながら心の中で謝った。


◆◆◆


◆アイシャの心の声

 やりました! シグレさんからご一緒できるチャンスです!

 もしかしてこれは毎日一緒に通勤できたりするのかな? 今までずっと一人出勤だったから、話し相手ができるのってなんだか新鮮。グレーネとは家や仕事場で会話はできても、家が逆方向だからできないんだよねぇ。

 やっぱり朝食に呼んで良かったぁ。本当は私から誘うつもりだったけど、まさかシグレさんから誘って貰えるなんて先行きいいかも。

 この機会にシグレさんとの距離をぐっと縮めるべきだよね。

 よし、アイシャ頑張ります!


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