二十話・将来の夢
「俺はまたお前らと寝るのか……」
「何その嫌そうな顔」
食後、早々に風呂と歯磨きを済ませた俺たちは二階の寝室に来ていた。というか俺に関しては三人に無理やり連れて来られたわけだが……。
「正直嫌だ」
「なんで!?」
「熱い、息苦しい、身動きが取れない、何より寝返りが打てないのが一番キツイ。お前らもいっぺん味わったら分かる。軽く拷問だから」
「そんなこと言わず一緒に寝ようよ~」
「なるべくシグレくんの睡眠を阻害しないよう努力しますから~」
「むしろヴィムたちのこと抱き枕だと思ってギュッてしていいから~」
三人に言い寄られて渋々ベッドに腰を下ろすと、先陣切ってヴィムが俺の膝の上に乗っかってきた。
「さあさあ遠慮は無用。存分にヴィムの体を堪能してください」
「そう言われてもなぁ」
上目遣いでおっとりした瞳を向けてくるヴィムの対処に迷ううち、俺の両腕はヴィムの手に導かれるまま華奢な体を抱きしめる形になっていた。仕方ない。こうなりゃテキトーに付き合ってからうまく言い訳述べ立てて下のソファで寝るか。エクレアと一緒に。
そんな作戦を頭の片隅で立てながら、俺はヴィムの体に回している腕に軽く力を込めた。
刹那、体に衝撃が走る。
ヤバい。びっくりするくらい抱き心地抜群だぞ。
手に触れる二の腕なんか肌が柔らかくてぷにぷにで、全身からほどよい温もりが伝わってきて、鼻先にある髪もふさふさでいい匂いがする。一生抱いてても飽きない。人をダメにする系のヤツだこれ。
「シグレ~、そろそろあたしに交換してもいいんだよ?」
「というかシグレくん、聞こえてます?」
遠くの方からクルシュとリヘナの声が聞こえてくる。しかし今は反応するのも億劫なほどの眠気に襲われ、もはや何も考えられない。思考停止して一点を見つめたまま、ゆったりと上体がベッドに転がる。
シーツの柔らかさと胸に抱いたヴィムの温もりが睡魔となって体から力を奪っていく。どうやら俺はとんでもない安眠グッズを発見してしまったようだ。もうヴィム無しでは生きていけないかもしれない。そう思わせるほどにヴィムの睡眠導入効果は凄まじかった。
「くー」
ちなみに当の本人はすでに寝息を立てており、俺の重いまぶたも釣られるように閉じられる。
「おやすみぃ」
「ええ、シグレこのまま寝るの!? シグレの上はあたしの定位置なのに!」
「クルシュちゃんの定位置だなんて決まってないから」
耳元でギャーギャーと喚き散らす二人分の声を無視して意識をシャットダウンする。
そうして俺の思考は真っ白な夢の中へと落ちって行った。
◆◆◆
「……またここか」
眠りについてすぐ白い空間に強制入室させられ若干苛立ちを覚える。これもしかして毎晩寝る度に連れて来られるのか。だとしたら相当鬱陶しいぞ。唯一の安息があんな何考えてるか分からん女神に妨害され続けようものなら、俺はストレスで発狂するかもしれない。
これから先の生活に不安と倦怠感を抱いて嘆息したその直後、眼前にまばゆい光とともに一人の女性が現れた。
もちろん言うまでもなく、相手は歩くストレス製造機ことセルフィエラである。
「どうも。おはようからおやすみまであなたの新生活を応援する愛と美の女神、セルフィエラです」
「よく恥ずかし気もなく平然と言えるな」
「私の辞書に羞恥心の文字はありませんから」
「その辞書今すぐ買い替えてこい」
開口一番淡々と頭のおかしい自己紹介を始める女の奇行に頭が痛くなってきた。もう帰りたい。
「今日は何の用だよ」
「えーと……あれ? 何しに来たんでしたっけ?」
「俺が知るか」
首を傾げる女神にイライラしながら素っ気なく返す。まさかこいつ用事もないのに俺を夢まで寄越したんじゃないだろうな。
「あー、思い出しました。まずは就職おめでとうございます」
「何で知ってんだよ」
「全知全能ですから」
ついさっきまでど忘れしてたようなヤツが『全知』って、開始一分で矛盾してるぞこの女神。
「まあぶっちゃけシグレさんの行動は逐一監視してるんですけどね」
「コワッ!? ずっと見てるのか!?」
ストーカーにつけ狙われている感覚に身の毛がよだち、無駄と思いつつも頭上に監視カメラが無いか確認してみるが、それらしい物は見当たらない。
直接ストーカーに犯行の動機を問い質した方が早そうだ。
「そんなにクルシュたちのことが心配なのか?」
「いえ、暇なんで見てるだけです」
「他人の私生活を暇つぶしで覗くな!」
なんとも自分勝手な理由に憤慨するが、眼前の女に反省の色は微塵も感じられない。
「創造神は下界の民を見守り管理するのが仕事ですから、嫌がらせで天罰下そうが邪に覗きを働こうが罪には問われません」
「ここまでひどい職権乱用初めて聞いた……」
怒りすら通り越して呆れてくる。俺はこんな無駄話を聞かされるためだけにわざわざ呼び出されたのか。げんなりして脱力しながら、そうそう会話を切り上げようと俺は軽く手を振った。
「とりあえず祝辞は受け取ってやるから、もう疲れたし今日はこの辺でお開きと言うことで――」
「ダメです、まだ話は終わってません」
「ええ……」
昨日とは打って変わってすぐ解放してくれない。
「私の餞別はどうでしたか?」
「餞別? ああ、あのクルシュに渡したって言う調味料とか銀貨のことか。女神なのに随分ケチくさいよな。銀貨三十枚ってどう足掻いても破産するぞ」
「そこは知恵と努力でやりくりしてください。あ、ちなみにお金を支給するのは今回が最後になりますのであしからず」
「ええ!? なんでだよ!」
突然告げられた事実に目を剥いて詰め寄るが、結界越しの女神は泰然として声の抑揚を変えることなく話を続ける。
「シグレさんも収入源が確保できましたから、私の援助はもう不要でしょう」
「いやいや俺の収入でガキ三人を養うのは無理があるぞ」
「大丈夫です。シグレさんは必ずやり遂げる男だと信じてます」
「相変わらず何の根拠もなく無責任に信じるよなあんた……」
「愛さえあれば不可能なんてありません」
「愛って……」
愛想のない女の口から出たとは思えないロマンチックなワードに、思わずシニカルな失笑がもれる。
「シグレさんはあの子たちのこと、好きですか?」
唐突に思ってもみないことを投げかけられ、一瞬答えに窮した。
「そうだな……鬱陶しいしやかましいし少しませてて腹立つこともあるけど、基本嫌いじゃない」
「なるほどなるほど、では恋愛対象としてはどうですか? アリですか?」
「ナシに決まってんだろ」
いきなりまた何を言い出すかと思えば、あのちんちくりんズに恋愛感情なんて湧くわけないだろ。というか湧いたらまずいだろ。
「えー、それじゃあ困ります。シグレくんにはあの子たちと将来的に結婚してもらうつもりなんですから。今すぐ性癖変えてください」
ハハハ、話が無茶苦茶過ぎてついていけない。将来? 結婚? 性癖を変えろ? 何をのたまってるんだこいつは。
「ちょっと待て、何で俺があいつらと結婚しなきゃならないんだ?」
「それが彼女たちの夢だからです」
そう述べると女神はどこに隠し持っていたのか、一枚のパネルを背中から出した。
「まずはこちらをご覧ください。彼女たち三人が天界にいるときにちょっとしたアンケートを取りました。内容はズバリ『あなたの将来の夢』についてです」
「ほう」
あの三人の夢と言われて少し興味が出てきた。ドラゴン三人組がいったいどんな夢を抱いているのか、預かる身としても今後知っておいて損はないだろう。
「三人に第三希望まで書いてもらいました。気になる結果がこちらです。ジャジャン」
クルシュ――『三位・勇者』『二位・魔王』『一位・お嫁さん』
ヴィム――『三位・小石』『二位・雲』『一位・お嫁さん』
リヘナ――『三位・お花屋さん』『二位・パン屋さん』『一位・お嫁さん』
「どうですか?」
「どうって……」
リヘナ以外ツッコミどころありすぎてどっから指摘していいのか分かんねぇ。
まずクルシュ、お前それ三位と二位立場正反対だぞ。警察とヤクザだぞ。どっちかはっきりしろよ。あれか、三位は滑り止めか? 順位上だからやっぱ魔王がいいのか?
そしてヴィム、お前はなぜ無機物を目指す。二位と一位の乖離が激しすぎて最初別人が書いたのかと思ったぞ。
最後にリヘナ、お前に言うことは何もない。完璧だ。小さい女の子の模範解答みたいな夢だ。だがそれがいい。ほかの二人が奇抜だから余計輝いて見える。
「そうです。見ての通り三人とも一位がお嫁さんなんです」
「リヘナは分かるが、ほかの二人だけ一位が浮いて見えるぞ。あんたこっそり改ざんしてないか?」
「いいえ、これは三人の本心です。そもそも女神が改ざんなんてするわけないじゃないですか」
しそうに見えるから言ってんだよ。
「とまれ結婚が彼女たちの最終目標なのは間違いありません。なのでシグレさんには是非三人を娶っていただきたく思います」
「だからなんで俺なんだよ!」
「子供の夢を叶える手伝いをするのが大人の義務というものです」
「もっともらしい大義名分作りやがって……あいつらの意思はどうなんだ」
「無問題です。シグレさん十二分に好かれてますから」
「そうか……?」
まあ、露骨に嫌われてはいないけどさ、でも恋愛対象となったら話は別だろ。
「それにシグレさんはスキルの恩恵もありますから」
「スキル?」
「あら、ご存知なかったのですか? シグレさんのスキル:幸運カッコ小の【小】は小さい女の子に犯罪的に好かれるの略です」
「あの一文字にそんな意味がこもってたのか!?」
道理で俺の幸運スキルだけABC評価じゃないと思った。
「というわけなのでどうか彼女たちを幸せにしてあげてください」
「どういうわけだよ……。幸せにしろって言われたって貧乏な時点でどうにもならないぞ?」
「逆境があった方が恋は燃えるじゃないですか」
「いや、だから、燃えるっていうか別の意味で燃えてんだけど。火の車なんだけどうち」
「逆境を生む意味では作戦大成功ですね」
「しばくぞ放火魔」
真顔でガッツポーズを決める女に軽く苛立ちが募る。
「仕方がありません、では特別に十品までなら私が必要なものを仕送りしましょう」
「何でもいいのか?」
「はい。よほどの重量物かあの子たちに悪影響を及ぼす品でなければ何でも構いません」
いきなり何でもいいと言われると悩むな。数にも限りがあるし、ここは慎重に選ぶべきだろう。
「まあ、しばらく考える時間を差し上げますので、次会う時までに決めておいてください」
「え、俺またお前と会うの……?」
「ええ、これからも定期的に会うと思います」
今日聞いた中で一番の悲報だった。
「なんだか通い妻みたいですね」
無理やり夢に入り込んでくるようなヤツを通い妻とは言わん。エルム街の悪夢だ。
「それではまた次回お会いしましょう。さようなら~」
「おう」
とりあえずおざなりに手を振って光へ消える女神を見送り、俺もまた夢の世界から意識が離れた。




