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十九話・料理

「さて、晩飯にするか」


 帰宅後すぐ、俺たちはかまどの前に立って調理の準備を開始した。

 今回使用する食材はなんと鶏肉。家計が大惨事と言っているそばから散財するこの無計画っぷりに我ながら失笑がもれる。でも今日はほら、就職祝いだし多少奮発しても罰は当たらないだろう。それにクルシュたちがどうしても肉が食いたいってせがむもんだからさぁ。俺は大して興味なんてなかったんだけど、なんでもかんでも頭ごなしにダメって言うのは俺の教育方針に反するから。ホントに肉なんてこれっぽっちも食べる気なかったんだけどね。大丈夫、明日から節約するから。


 ――とまあ、一通り誰に対してか分からない言い訳を並べ立てたところで、さっそく調理に取り掛かるとしよう。


「さあ、肉を焼くぞ」

「シグレがお肉屋さんで手に入れた安物のお肉だね」

「身内なのが恥ずかしくなるくらい値切り倒して定価の半分以下で買ったお肉だね~」

「どこの部位なのか判別不能な細切れ肉ですね」

「シャラップ! そこはやりくり上手と言え」

「人喰いジョーズ?」

「言ってねぇよ、俺いつサメの話した!?」


 クルシュたちとコントみたいな会話を繰り広げてしまったが、気を取り直してクッキングに専念しよう。

 だがしかし、調理を始める上で一つ重大な問題がある。


「で、このかまどってどう使うんだ?」


 薄汚れたかまどを前にして俺たちは途方に暮れていた。


「にぃにかまど使ったことないの?」

「平成生まれ日本育ちの二十一歳がかまどの扱いに長けてるわけないだろ」

「やれやれ、これだから都会っ子は」


 肩をすくめて嘲笑の息を吐くクルシュの反応にイラッときたが、無知であることは紛れもない事実である故何も言い返せない。


「下の穴に薪を入れたら火を付けて、上のフライパンや鍋で食材を焼くんです」

「なるほど、結構単純だな」


 やり方を教わりこくり頷いて俺はリヘナを指名した。


「というわけでリヘナ、点火だ」

「了解です!」


 リヘナが火属性の能力で豪快に火を打ち出すと薪が瞬く間に燃え上がった。


「火力強すぎないかな?」

「火はこれくらい強い方がすぐ焼ける」


 懸念を示すヴィムに言い聞かせると、今度は隣からクルシュが疑わしそうな視線を向けてきた。


「シグレって料理したことあるの?」

「自炊はごく稀にしてた。できないこともない」

「……じゃあ本日の料理内容は?」

「肉に塩とコショウで味を付けて、焼く」

「え、それだけ?」

「いいか、クルシュ。肉はな、とりやえず焼いとけば食えるんだよ」

「そのアバウトな料理センス、なんかヤダ……」

「大丈夫だ。俺を信じろ」


 じっとりと突き刺さる三人分の視線を視界から外して咳払いを一つ。


「とにかく俺に任せろ。お前らはエクレアと遊んでてくれ」

「私が離れたら誰が火力の調節するんですか?」

「そうだったな、リヘナお前は残ってくれ」


 終始ぐだぐだになっている感が否めないが、まあ肉を焼くくらいならサルでもできる。


 ――そう楽観視できたのも最初のうちだけだった。



「うわっ、めっちゃ燃えてる!? リヘナ火を消せ!」

「急に言わないでください!」

「にぃに~、部屋中煙だらけで目が痛い」

『クゥ~ン』

「お前らは口元を布で押さえて床に伏せてろ」

「シグレ前見て前! 肉焦げかけてるよ!」

「ヤバい、とりあえずフライパンをどかさ――あっつ!? なんでこのフライパン取っ手まで焼けてんだよ! 不良品か! おいなんかミトン的な手袋ないか!?」

「この家にそんな用途の限られた日用品あるわけないじゃん」

「シグレくん、火は止めましたけど……多分もうご臨終です」

「諦めるな! 今救えばきっとまだ助かるはずだ! ヴィム、フライパン冷ますの手伝ってくれ」

「ヴィムなら床で寝てるよ」

「よくこの大惨事に寝られるなあいつ!?」

「それよりこの焦げ臭い煙なんとかしてください」


 ――こうして、三十分に及ぶかまどとの死闘は幕を閉じた。

 そして、


「……なにこれ?」


 食卓に並べられた皿の中身を確認してクルシュが眉根を寄せた。ほかの二人と床に座るエクレアも似たような表情をしている。


「見れば分かるだろ。焼き鳥だよ」

「これ焼き鳥って言うの? 鳥の焼死体って言うんじゃないの?」

「かなり焦げてるね」

「肉はな、ちょっと焦げてるくらいがうまいんだよ」

「ちょっとってレベルじゃないですよ? ほぼ真っ黒に全焼してますよ?」


 懸命に追及をかわして肉のフォローに回ってみたが、そろそろ言い逃れるのも限界みたいだ。


「そもそも救出が遅れた最大の原因はフライパンの取っ手が熱かったからなんだ。あれさえすぐ取れてればこんな悲劇を招くこともなかった。まったく、あとでフライパンのメーカーにクレーム入れないとな」

「「「ほかに言いたいことは?」」」

「すいませんでした」


 三人の冷ややかな一言でついに頭を垂れて謝罪した。原因は何であれ、責任者が俺であることに変わりはない。計画性皆無で料理すると悲惨な結末にしかならないことを今回は痛感させられた。

 というかそもそもな、普段料理しないヤツがいきなりかまどで調理ってのが土台無理な話だったんだ。ペーパードライバーがいきなり首都高走るようなもんだよ。


「まあ今回はシグレも初めてみたいだったから大目に見るけどさ、今度は気をつけてよね」

「善処しよう」

「ところでこれ、食べられるの?」


 ヴィムがフォークで突き刺した黒い肉をまじまじと観察して首を傾げる。


「意外にいけるんじゃないか? こういうのは見た目が悪くても食ってみたらそうでもない――」


 そう言って俺は試しに自分の肉を一つ口に含んだ。


 ジャリ。


「今ジャリって言ったよ。およそ鶏肉から想定されないような効果音鳴ったよ」

「落ち着け、今のは鶏の断末魔だ」

「余計ヤダよ」

「お味はどう?」


 感想を求めるヴィムに返答できず、しばしガリガリと噛み続ける。

 塩の味もコショウの味も鶏肉本来の旨みもすべて淘汰されて、焦げた苦味だけが口の中を我が物顔で蹂躙してくる。しかも肉の歯ごたえに便乗して黒焦げの部分が噛めば噛むほどジャリジャリ言うもんだから不快感が凄まじい。

 その肉をどうにか咀嚼して呑み込み、ありったけの笑顔を湛えてみたが、ただ顔の筋肉が痙攣しただけだった。


「味の世紀末だな」

「うん、絶対褒めてない」


 ヴィムが頷いて俺の心を見透かし、クルシュとリヘナが呆れた視線を飛ばしてくる。


「いいよ、俺が責任もって食うから」


 わざわざ食べたくもない料理を食わせるのも悪いと思い三人の皿をひったくろうとしたのだが、クルシュたちは自分たちの皿を持って俺の手を軽くいなした。


「せっかくシグレくんが作ってくれましたから、私たちも食べますよ」

「結果はともかく努力は認めてあげる」

「にぃに、ありがとう」


 急に感謝と優しさを送られてむず痒い気分になり、俺は視線を逸らして頭をかいた。

 その間に三人とエクレアが意を決したように鶏肉を口に含む。


「苦い」

「まずい」

「おいしくない」

『ガウ』

「食レポじゃないんだから律儀に感想伝えなくていい」


 歯に衣着せぬ感想が胸に刺さったものの、クルシュたちはそれ以上文句を言うことなく食べ進めていく。だから俺もそれに倣い眼前の自分の皿と相対して食事を再開した。


 ジャリ、ザクッ、ガリッ、ボリッ。


 静かな食卓に濁音まみれの咀嚼音だけが鳴り響く。

 懸命に焦げ肉と格闘する俺たちの目は苦味で終始涙目だった。

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