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十八話・仕立て屋

 片開きの扉を開けて中に入るとすでに三人は店の服を選んでいる最中だった。

 狭い店内は左右に衣服が並べられ奥にカウンターがある。店に置いてある服の種類が少ないのは、田舎だからか繁盛していないからか閉店セールだからなのか。まあ、仕立て屋というくらいだから本来は注文を受けてから作るものなのだろう、と勝手に解釈し店の中を探索する。

 すると店の奥から白いあご髭を蓄えたおじいさんが顔を出した。矮躯わいくながら厳めしい面構えをしていて、一目で職人と分かる。


「いらっしゃい。何かお探しか?」


 ぶっきらぼうな口調から接客が苦手なのがよく伝わってくる。


「ちょっとあのチビどもに新しい服を買ってやろうと思って」

「うちは子供用の服はほとんどないぞ。仕立てるかね?」

「あ~、その……」


 俺は視線をさまよわせてちらりと背後を振り返り、チビたちが服に夢中なのを確認してから店長に小声で尋ねた。


「一つ訊きたいんですけど、市販品と特注品ってどっちのが安いですか?」

「特注に決まっとるじゃろ。店に置いてる商品はだいたい余った布から作っておるからな」

「ですよねー」


 清々しいまでの即答に乾いた笑いが出る。

 その反応に店主は大方事情を察したのか、呆れた顔であご髭を撫でる。


「オーダーメイドは物にもよるが、まあ一着銀貨三枚ってところじゃ。陳列してる服は一着銀貨一枚くらいかの」

「それでも銀貨一枚か……」


 ジャガイモ九個分と考えるとバカにできない値段だ。

 渋面でしばし黙考。それから俺は渾身のスマイルで店主に頼んだ。


「おじいさん、物は相談なんですがね?」

「無理じゃ」

「まだなんも言ってねぇよ!」

「どうせまけてくれとか言うんじゃろ。無理じゃ。これがベストプライスじゃ」


 思わず声を荒げる俺に店主が淡々と告げる。くっ、この顔はもうテコでも動きそうにないな、頑固ジジイめ!

 内心で暴言を吐きながら、それでも生活が懸かっている俺は声音を和らげて食い下がった。


「そこをなんとかできませんか? よく見てくださいあの純真な心で目を輝かせる少女たちの姿を。あんな可愛い子たちが自分の店で作った商品を着てくれたらさぞ嬉しいでしょうね。職人冥利に尽きると思いますよ? それだけじゃない、あの子たちが店の服を着て町を歩いていたら宣伝効果も期待できます。きっと明日には注文が殺到して閑古鳥が鳴く暇もありません。どうですか?」


 熱心に訴えかけて店主の顔色を伺うも、じいさんの表情に変化はない。


「というかそもそもワシ、子供嫌いじゃからの」

「何だよ先に言えよ。慣れないプレゼンして損したわ」

「気持ちいいくらい一瞬で化けの皮が剥がれたの、おヌシ」


 感心してるのか呆れてるのか判然としない中途半端なじいさんはもう放っておこう。

 この人をほだすのはやっぱり無理と早々に見切りをつけて、俺は再びクルシュたちを見つめた。


「で、どうするんじゃ?」

「決まってるだろ、こうなったら説得する相手を変えるまでだ。じいさん、この店で一番安い子供用の服はどれだ?」

「ほれ、あそこの一番隅っこに掛けられておるじゃろ」


 じいさんの指差す方向を目線で辿ると、大人用の衣類に埋もれて目立たないが確かにサイズの小さい洋服が掛けられている。


「あれは一着銅貨五枚くらいじゃ」

「よし、それにしよう。ありがとうじいさん」

「決まったらもってこい。わしゃそれまで寝てる」


 そう言うとじいさんは職務放棄してカウンターの椅子で寝始めた。まだ夕方だぞ、ホント年寄りは寝るの早いな。


「おう、お前ら。順調か?」

「全然決まんなーい」


 そばに寄るとクルシュが両手に服を二着持って二者択一を迫られていた。


「シグレはこれとこれ、どっちがいいと思う?」


 そう言って見せられたのはフリルが付いたピンクの洋服と落ち着いた水色の洋服だった。

 正直なところどっちでもいいというのが男としての率直な感想だ。てか、これいくらすんの?


「どっちも銀貨二枚じゃの」


 まるで俺の心を見透かしたかのようなタイミングでじいさんが寝言っぽく助言してきた。

 銀貨二枚、高い高い! 絶対買えない、一人銀貨二枚なんて使ってたら破産する。


「ク、クルシュ。どっちもよく似合うと思うけど、俺はお前らにこっちの服とかも着てほしいなぁ~、なんて」


 冷や汗を垂れ流して店内の隅に駆け寄り、じいさんの言っていた一番安い品物を引っ張り出す。


「ほら、これなんてどうだ?」


 必死に笑みを作って三人に見せた三着は、それぞれ白地に黄色とオレンジと水色がアクセントになった洋服スカート上下セットの一品だ。

 しかし、それを見た少女たちの反応はすこぶる微妙だった。


「なんか地味」

「ちょっと安っぽすぎます」

「却下」


 三人に酷評されてあやうく笑みが崩れかける。

 いいじゃん地味で。お前ら元の性格と容姿が濃すぎるくらい濃厚なんだから、衣服はこれくらい地味な方が釣り合うだろ。逆に見た目も完璧で服のセンスも完璧だったら俺の存在感が消滅するだろうが。人間ちょっと欠点があるくらいが親しみやすいんだよ。分かったらつべこべ言わずこれを着ろ。

 と、言ってやりたいのはやまやまだったが、悔しいことに今は下手な発言をしてこいつらの機嫌を損ねるわけにはいかない。

 俺はどうにか本音を押し殺して深く息を吐き出した。


「まあそう言わず、試しに一度着てみろ。ほかを選ぶのはそれからでも遅くないだろ?」

「ほかのって言われても」

「そもそもここ、服の種類少ない」

「ああそれはな、店員の接客態度が最悪で値段もぼったくりだから客が来な――て」


 クルシュとヴィムにこの店の経営実態を説明しようとしたところで側頭部に衝撃を喰らう。床に転がったものを確認するとミシン糸だった。

 ギロリと糸が投げられた方向を睨む。そこには中折れ帽を顔に被せて狸寝入りするじいさんがいた。

 この野郎、客に暴力振るうか普通。クレームを入れてやろうかとも思うが今はジジイに構っている余裕はない。そこへリヘナが手を挙げて尋ねる。


「服は仕立ててもらえないんですか?」

「ああ、たった今じいさんが商売道具を捨てた」


 じいさんへのささやかな意趣返しを含んで宣告し、半ば強引に三人に服を手渡す。


「頼む一回でいいから着てくれ。マジで!」

「う~ん、シグレがそこまで言うなら」


 三人は顔を見合わせると渋々聞き入れて更衣室へと向かってくれた。

 よし、第一関門は突破した。あとはどうあいつらの気分を変えて購入意欲を湧かせるかが勝負の決め手になってくるだろう。

 試合前のボクサーのように闘志を滾らせ集中する。しかしそこでふと視界の端に映ったじいさんを思い出し、ちょうどいいやと仕返しにミシン糸を軽く投げ返す。

 だがじいさんは顔に帽子を乗せたまま事もなげに片手でそれをキャッチしてみせた。


「うそぉ!?」

「ホッホッホ、まだまだじゃの」


 勝ち誇った笑い声を上げて再びじいさんが眠りにつく。このじいさん何者だよ……。

 驚愕してしばし目を見張っていた俺であったが、そこでカーテンの開く音が聞こえた。


「おお、よく似合ってるぞ」

「シグレ今見ないで言ったでしょ?」


 フライングだった。とにかく褒めようとするあまり気がいて振り向くより先に口が動いてしまった。

 初っ端からけつまづいて胸中に動揺が走る。


「いやいやそんなことないぞ!? ホントに可愛いから!」

「そうかなぁ~?」

「マジマジ! 目に入れても痛くないくらい、ていうかむしろ気持ちいいかも?」

「シグレくん、それはさすがにキモいです」

「だよな。俺も言ってておんなじこと思った」


 ヴィムとリヘナに懐疑的な目で見られ、途中から自分でも何を口走っているのか分からなくなってきた。


「そろそろこれ、脱いでいい?」


 次の誉め言葉を思案しているところで、まさかのクルシュからの脱衣宣言。

 ここで今着ている服を脱がれるともうその服を選ばせるチャンスは永遠に失われてしまう。意地でも阻止しなくては……!


「待ってくれ! その服は気に入らないのか!?」

「「「うん」」」

「即答するなっ! 自分たちの姿をよく見てみろ、十二分に愛らしいと俺は思うぞ?」


 懸命に説得を試みてはいるが、依然として三人の反応は芳しくない。


「いいよもうほかの選ぶから」


 挙句とうとうクルシュたちが背を向けて更衣室に歩き出してしまった。

 オーマイゴッド……! あ、いやダメだ。このセリフだと俺の場合セルフィエラが出てくる。ありゃダメだ、使い物にならん。

 神頼みなんかしてる暇はない。

 気づくと俺は半ば無意識にクルシュの手首を掴んで叫びを上げていた。


「俺は今のお前らが好きなんだ!」


 俺の一言に三人とも目を丸くして振り返っていた。畳みかけるなら今しかない。眼前のクルシュの両肩をガシリと鷲掴みして至近距離で唱える。


「……本当に?」

「ああ、本当だ。嘘偽りのない本音だ。クルシュもヴィムもリヘナも、今着ている服が一番可愛い。三人の個性がよく引き出されていていつも以上に魅力的だ。可憐さと華やかさを併せ持ち、繊細で容易く手折れてしまいそうな儚い印象を与えながら、それでいて芯の太い真夏のひまわりのような輝きを感じる。そう、その服を着ているお前たちは世界中で誰よりも素敵な女の子だ。だから――どうかその服を選んでくれ!」


 のべつ幕なしで言い終える頃には、俺は肩で息をしていた。後半から自分が何を言っていたのか記憶が曖昧だが、持てるすべての称賛は吐き出したはずだ。

 緊張の面持ちでちらりとクルシュたちの様子を窺う。

 三人は一様にうつむいて顔を紅潮させ、頭から白い煙を噴き上げていた。なんだこの反応……。


「もしもし、クルシュさん?」

「……いいよ」

「はい?」


 うつむいたままぼそりと呟かれ聞き返す。


「シグレがそこまで言うならこれにする!」

「マジで!?」


 勢いよく顔を上げて伝えられた承諾に俺は思わずガッツポーズを決めそうになった。

 やった……やったぞ。どうにか家計の危機は乗り越えた。三着で銀貨一枚銅貨五枚で抑えられた。


「やっぱりシグレはこういう子供っぽい服が好みなんだよ」

「なんだかんだ言ってシグレくんも私たちにメロメロだったんだね」

「うんうん、可愛い連呼してたし、それにはっきりヴィムたちのこと『好き』って言った。間違いない」

「これはもうあたしたちが花嫁になるのも秒読みね!」


 内心涙を流して小躍りする俺のそばで、三人が何やらひそひそ話をしている。まあいいや。

 俺は安堵の息を吐いてから三人に声をかけた。


「よし、じゃあ会計するか。早くしないとじいさんが永眠しそうだからな」

「先にお前を永眠させたろか小僧」


 俺の発言を聞き咎めてタヌキじじいが仏頂面でむくりと起き上がった。年を取ると悪口がよく聞こえるらしい。

 やれやれと俺が苦笑を浮かべるとじいさんもニヤリと不敵な笑みを返してきた。いつの間にかすっかりここのじいさんと意気投合して、嬉しいやらあんまり嬉しくないやら複雑な気分だ。

 そんな俺の心中などお構いなしで唐突に三人が俺の腰に抱き着いてきた。


「ありがとうシグレ、服買ってくれて」

「気にするな」

「ヴィムたち、これで魅力的な女の子?」

「まあ、そんなこと言ったかもな」

「世界で一番お前だけを愛してるって言ってくれましたよね?」

「それは言ってない。人のセリフを捏造するな」


 なんかよく分からんがさらに懐かれたような気がする。こうも安物で純粋に喜ばれると胸が痛いな……。


「お前さんら、惚気のろけならとっとと代金払って店の外でやってくれんかの?」


 罪悪感に苛まれていると、じいさんが人差し指で机を叩きながら辟易へきえきした様子で催促してきた。


「なんでこの年齢差で惚気てるように見えるんだよ。普通子供と戯れてるって言わね?」

「なんとなくお前さんからは犯罪のにおいがする」

「ひどい偏見だ」


 じいさんの発言は冗談なのか本気なのか、頼むから冗談であってほしいと願いながら俺はなけなしの代金を払う。


「またのご来店は待っとらんからな」

「そうか、じゃあ今度冷やかしに来るよ」


 お互いに憎まれ口を叩いて店の外に出る。このまま二度と顔を見せないのはなんか負けた気がして癪に障るので必ず次も来よう。ただ明日は仕事だから行けるかは怪しいところだが。


「まあいいや、帰るか」


 俺が声をかけると嬉々としてリヘナが肩車されようと腕を伸ばす。だが、俺とリヘナの間にクルシュとヴィムが両手を広げて割り込んできた。

「あなたがさっき降ろしたのは金の幼女ですか?」

「それとも銀の幼女ですか?」


 なんだこれ、俺はいつから木こりにジョブチェンジしたんだ。


「俺が降ろしたのはリヘナだ」

「ふむふむ、よろしい。では正直者のあなたには金の幼女と」

「銀の幼女を抱く権利を与えます。というわけでにぃに抱いて~」


 泉の精ってこんな押しつけがましかったか?

 上目遣いで腕を伸ばしてくるクルシュとヴィムをどうあしらおうか思案するそばで、リヘナが顔を真っ赤にして怒りだす。


「二人とも、今は私の番だよ!」

「一度降車しますと権利が無効になります」

「あ、ズルい!」

「まあまあ二人とも、ケンカはよくない」

「そういうあんたはちゃっかりシグレに抱き着くなぁ!」


 がやがやと喚き散らす三人に呆れて、気分転換に空を見上げる。ちょうど夕陽が山の稜線に隠れる間際で、その空を茜色に染めるありふれた景色がきれいに見えて俺はしばらく夕焼けに魅入った。

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